Trois sage

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§智紗希、案を図する
 相変わらず埃と黴臭い部屋だったが、智紗希のおかげか少しだけ明るく、お茶がすぐに飲めるようにと用意しているだけあって、ほのかにお茶の匂いがする。
「おい、樋口!」
 征紘が声をかける。本の隙間、そこいらの影へと見渡すが智紗希の姿はない。
「何?」
 声は頭上からした。智紗希は梯子の上に器用に座って征紘たちを見下ろしていた。
「ちょっと、相談」
「何?」
「降りて来いよ、首がいてぇだろ」
「わがままな奴め」
 智紗希はうるさそうに梯子を降りる。
「にしても、その恰好……」
 征紘が絶句するのも無理はない。上のローブを腰紐でむずぶと、上半身はそれを脱いでまるで滑稽なピエロが履くえらく腰の太い恰好をしている。
 智紗希はおずおずとそれを着なおし、
「下着なんだって、動きやすいけど、そう言われちゃこっちにだって羞恥心が芽生えるから、誰かが来た時ように咄嗟に羽織れるようにしてるの。で、何?」
 智紗希は人数分のお茶を入れ始めた。
「内緒、何だけど、俺じゃ、いい案とか浮かばなくて、なんか、ないかと思って」
 智紗希は黙ってサラのほうを見た。
「あんた、前置き長すぎ」
 智紗希はそう言うと、椅子に座るように指を差す。
 だが、征紘と、シーマ候は座ったものの、サラはそばに丁寧に立ったまま俯いていた。
「座ったら?」
 そう言った征紘に智紗希は手を上げて止め、
「優秀な侍女は、主が座っているところでは決して座らないものよ。よほどの命令がない限り。だから彼女はすばらしくよく出来た侍女だと言うこと。その誇りを奪うような強制はしないこと。さて、どうしたって?」
 征紘はシーマ候のほうをちらりと見た。
「エドがマジメで優秀だと言うのは凄いと思う」
「それは核心?」
「前置き」
 智紗希は嫌そうに顔を背ける。
「だけど、今回ばかりはエドの意見を聞くのはなんか、嫌と言うか、何と言うか」
 智紗希は肩をすくめ、黙って征紘を見た。
「……、さっき―と言ってもすでに半日は過ぎているけど―散歩してて―今日は筋肉痛で乗馬はしなかったんだよ―そん時林で、サラと―ってこの子だけど、知ってた? ああ、知らない? じゃぁ、この子はサラって言うんだけどさ―この子の幼馴染と言うか、親友と言うか、ベラと言うんだけど―正確にはとっても長いんで覚えてない。え? エリザベート? 何でベラなわけ? まぁ、いいけども―そのベラとがまぁ、何と言うか、会ってて、そこへ俺が行って、ベラって言うのは、なんか変な体質を持ってて、それでその仲間みたいなのが貴族殺しの犯人らしくって、見つかったらと言うかすでにシーマ候は知ってるんで、手回ししたかもしれないけども、それで、助けたいんだよ」
 征紘の言葉を黙って聞いていたが智紗希は眉を一度歪めた後、シーマ候のほうを見、サラの方を見て、征紘へと再び目線を戻すと、
「そのベラと言うのは非常に注意すべき人物だと言うことね? えっと、この世界には、狩りの腕のいいカロア人とか、体に鱗があり、海の側に住んでいる人魚族に、そうそう、赤毛紅眼のホロス族が居る。そのベラはホロスなのね。では、去年一年間に起きた連続貴族殺人事件の重要参考人としてホロス族の数名が連行され、いずれもが現在所在不明となっている事件に関わりがあると、そしてその彼女に一目惚れした弱み、もしくはサラ、いいや、ベラのほうね。その弱みで何とかしたいけど、どう貴族であるシーマ候に相談すれば、出頭し無実を晴らすことを勧められるだろうけど、向こうの世界でもよくある話、同族はいくら無実でも犯人に仕立て上げられる。そう考えて、とりあえず少しは理路整然とものを考えられるであろうあたしのところへ来た。と言うこと?」
「すげぇ」
 智紗希は軽蔑のまなざしを征紘に向けたが、腕組をして天井を仰いだ。
「でも、あたしには何もできないわよ。あたしがこの世界で賢者様だと言われていようと、いいえ、得意な能力を持っていてこの城に遣えている者だとしても、いや、遣えていればなおさら、ベラを放っておくことは出来ない。と言うよりも、ベラの姿を今までよく隠し通せたとしか言えない。もし仮に、ホロスの特徴が普段は目にする機会がないとしても、所詮ホロス族の娘であるならば、そう言った人が見ればわかるだろうし」
 智紗希はそう言って立ち上がると、本棚を撫でながら暫く歩き、とあるファイルを取って戻って来た。
「去年おきた事件の調書。そういうのが警察署に無くここにあることが驚きなんだけど、殺されたのは合計で七人。いずれもホロス原産のベラドンナの根っこを煎じて作られた毒薬。この点でホロス族のものの仕業だと解かるのだけど、ホロスは遡ること五年前に村内で上がった出火が原因で滅んでいるのよ。盆地で、特に乾燥していたときの山火事で逃げ場を失ったと言うのが書かれているのよ。滅んだはずのホロスの生き残りが点在していて、それらを全て重要参考人として連行。かなり遠くの国まで手配書を出している辺り、完全に相手がホロスの者の犯行だと解かってやっている。それって解せないんだけどね」
 智紗希はそう言って頁をめくり、頬杖をついて征紘のほうを見た。
「一時しのぎなら何とかなるだろうし、この事件を解明するという手で助かるかもしれないけど、それはそれは大きな賭けよ。どうする?」
「な、何だよ、それ」
「聞いて、やるの?」
「やれるかどうかわかんねぇだろ」
 智紗希は頷き、
「いいねぇ、惚れた弱みって言うのは」
 と茶化して、
「じゃぁ、あたしからの提案は二つ。まず一つ。いつまでも匿う。いずれ出られるなどと考えずに、何処か、安全な、案外牢屋なんて場所が一番安全かもしれない。他の男に獲られる必要も無いしね。その間にこの事件を解決する。もう一つは、彼女に危険をあえて起こさせ、この事件の主要人物を炙り出させる」
「は、はぁ?」
 意味不明だといわんばかりの征紘を他所に、
「あなたはまだ関係する人が居るとお思いですか?」
 シーマ候は口を出した。
「少なくても。去年の事件は三日に一度の頻度で行われている。それも、二週間後に開かれる予定の―今日知ったのよ、面倒だなぁと思うけど、出ないわけに行かないじゃない―豊作祝賀を祝うパーティーが行われている二週間の間。その間に、七人。最後の事件だと思われるものは、最終日の夜、抵抗のあとを残して行われているところを見ると、犯人はこの界隈に住んでいなくて、このパーティーでこの王都に集まってくる人の流れを利用したと思うの。最後の最後に、他の六人にいたっては、優雅にチェスだの、談笑していたらしい跡を残しているのに、最後のこのジェームズ卿に至っては抵抗しながらも無理やり飲まされた跡があった。もし、これで事件が終わるのならば、重要参考人として連れてこられたホロスの中の一人を見世物のごとく公開処刑すればそれで事件は終わり。だけどそれをせず、連行してきた人は所在不明。事件が終結した様な記述はどこにも無い。つまり関係者はまだ居て、この件に関してまだ圧力をかけていると言うことになる。今年の、豊作祝賀際の中で再び行われたならば、犯人の特定には至ってないとしても、次は自分だと焦っているだろうし、ぴりぴりしているはずでしょうよ」
「お前、すげぇ」
 智紗希は、そう言った征紘を見てため息をこぼし、
「どちらを選ぶ?」
「……、どっちと言っても、」
「だから言ったでしょ? 最高に安全なんて、あたしが与えられるはずが無いって」
 智紗希はそう言ってお茶で唇を湿らせる。
「あなたはどちらの策が最善だとお考えかな?」
 シーマ候の言葉に智紗希は咽喉を鳴らしシーマ候を見た。暫く見ていたあと、
「……後者。それこそ、パーティーにでも出て、直接炙り出す。人の記憶なんて物は当事者じゃない限り薄れるもので、いくら去年の事件だと騒いでも、それを騒ぎ立てているのは当事者、つまり次の犠牲者かもしれない人だけ。だとすればその人から何故それほどまでに命を狙われているのかを聞き出し、対処する方法が出来る。だけどそれはとても、本当に危険だと解かる。頭の中のイメージだけでもベラに危害が無いとは考えにくいし、そこに居る人、特に無関係な人に危害が加わらないとも限らない。とてもじゃないけど、易々と行くだろうと言う案ではない。でも、ベラをこのままにしておいても危険は迫るはず。今どこに居るのは解からないけど、相手が貴族であればどこにだってやってくるだろうしね」
 智紗希はそう言って、ため息を落とした。
「力なんて、頭脳だってそれほど無いんだよねぇ。普通の高校生で、暇だから教科書を漫画代わりに読んでいただけなのに」
 征紘は智紗希の方を見てハっとなった。
「悪い」
「は?」
「俺よか頭いいと思ったから、どうも苦手で」
 智紗希は征紘の態度に思わず噴出す。
「変な奴。……、どうする? やるなら乗りかかった船だ。助けるよ」
「お前いい奴だなぁ」
「あ、マリア―だっけ?―彼女には言わないほうがいい。なんか一人で大変そうだから」
「そう、なんだ、」
「いろいろあるらしい」
「解かった。でも、……、今すぐどうにかしようと言うことがちょいと無理。ちょっと考えて、」
「それがいい。あたしもこちらの事件のほうを調べてみるし」
「じゃぁ、頼む」
 智紗希は頷くと、征紘とシーマ候は立ち上がった。
「あ、あの」
 サラが思い切って口を開いた。
「ありがとうございます猊下。ベラが助かるのであれば、私、何でもいたしますから」
 サラの言葉に智紗希は微笑み、
「何でもするという言葉いいねぇ。ではさっそくお夜食を頼まれてくれる? 今日はいいわと断ったけど、どうも必要になりそうだから、……マイクロフト? あなたもお夜食要る?」
 本の何処かにかに向けて智紗希が聞くと、部屋の隅の本が妙な形で傾いた。
「二人分。……、そういえば、ベラの食事はどうしてるの?」
「私の残りを」
「じゃぁ、明日から、……彼が成長期で二人分必要だから用意しろとでも言えば彼女も貴方も十分な食事が出来るわ。そうして一緒に狩りなり、散歩なりに出向いたら、ベラに会えるわよ」
 征紘は散々我慢していたらしい顔の紅潮を、ため息混じりに表した。
「おまえすげぇけど、嫌な奴」
 智紗希はくすくす笑い、シーマ候のほうを見た。
「賛成、出来ませんか?」
「……、猊下のとおりに」
 智紗希は「そう」と頷いて調書のファイルを取り上げた。
 

14 麻里亜、戦う

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