Trois sage

Top   10


§智紗希、シーマ候に思いを馳せる
 智紗希はお茶を入れるところだった。
「飲む?」
「侍女は?」
「面倒じゃない。いちいち飲みたい時に呼ぶのって。だからこうして用意しといてもらってるの。で、何?」
「別に……、」
 麻里亜は埃かぶった本を落とし、埃を払って椅子に腰掛けた。
「あなたは何をしてるの?」
「何って、昨日からさして進んでないわよ。古事を読んで、カドヴァン君に手伝ってもらって賢者とか、龍の記述のあるものをとにかく集めて、でもなぁんの手掛かりもまだ無い。とは言え、まだあそこに新しく作られている山はまだ読んでいないけどね」
「大変ね。で、スポンサーは決まったの?」
「スポンサー? 何、それ?」
「貴女、聞いてないわけ? 私はそれのおかげで苦労しているのに。この世界に居る限り、スポンサーが居なきゃ食っていけないのよ」
「……、そうなの? まぁ、そう言ったことを助手のカドヴァン君が気を利かせて行ってくれるとは言いがたいからね。そうなると、出張している博士が帰ってこない限りあたしはここを動かない。いや、動けないのよ」
「暢気ね。でもじっくり考えるべきよ。陰湿で病的な貴族がスポンサーに付くかもしれないから」
「あんたそうなの?」
「……、サイアクだわ」
 智紗希は鼻で笑いお茶で唇を湿らせる。
「あぁ、だからマサも乗馬を始めたわけか。いいスポンサーとやらを獲得するために」
「そうでしょうね。そういえば、シーマ候といい感じだったらしいじゃない」
 智紗希の手が口へお茶を運ぶのを止めた。
「いい感じ、かぁ……。ねぇ、シーマ候をどう思う?」
「……、そうね、あなたほど気にはしていないわ」
「……そうね」
 智紗希はお茶を口に入れた。
「スポンサー、どんな人?」
「え?」
 智紗希の言葉に麻里亜はあからさまに不快な顔を見せる。
「陰湿で陰険で、ひどい言い草よ。あたしを天狗のお姫様だといったわ」
 智紗希は暫く麻里亜の顔を見て、そして失笑する。
「ごめん。いや、的確な言葉を発する勇気ある男だと思ってさ」
「な?」
「ごめん、ごめん。いやでも実際あんたは天狗のお姫様じゃない。家がどれほどえらかろうと、それは親やその親の力であってあんたの力じゃない。テレビに良く出てくる親の権力振り翳す馬鹿娘の典型的なあんたにそれを言える男が居たなんてね」
「あなた、」
「言っとくけど、あたしはもともとあんたになんか疎いし、噂で聞く、あんたの爺さんや親父さんがどれほど偉かろうとあたしの知ったところではないのよ。あたしはあたしだし、あんたはあんた。べつだん友達になろう何て思っても無い。でも、落ち込むこともあるのね、お姫様のあんたでも」
 智紗希は笑ってお茶をもう一杯入れた。
「その男の言葉は多分真実よ。向こうでもここでもあなたは力を持っている。権力者としての力。ここでは賢者。そのあなたに天狗姫なんていう男の言葉は真実を言っているのよ。陰湿で陰険であってもね。そうね、同じ地球人として言うならば、あなたの敵は逆にあなたにおべんちゃらしか言わない連中だけよ。親の姿を見て勉強して来ればよかったわね。政治家だっけ? そういう有力者に付く取り巻きは、ひとたび一般人に落ちたとき誰が助けてくれると思ってるの? 人間エゴの固まり、値打ちの無くなった物に手を差し伸べるのは、おごっている時に叱咤してくれる人だけよ」
 智紗希はそう言って麻里亜の方を見た。
 言い返そうといろいろと思考をめぐらすが、どうしても言葉を出せない。
「……、シ、シーマ候の事どう思ってるの?」
 それで出た言葉はまるで関係のない反撃だった。だが、智紗希は動揺している。別に麻里亜を攻撃して喜んでいたわけではなさそうだ。だが、盾を構えた麻里亜に智紗希は眉をひそめ、
「彼については、……想像もつかない思いで一杯。としか言えないわ」
「何よそれ、」
「冷徹の女だと陰口叩かれているのは知ってるけど、でもあたしだって淡い気持ちの一つや二つ感じないわけじゃない。でも、彼のは違う。なんか、奇妙な相似を感じる。その相似点がまるで思い当たらないからイライラする。それを恋だの、愛だのと呼ぶのならそうなんだろうけど、そんな単純に言葉に表せるようなものじゃない」
「何、どういうことよ?」
「彼に対して何も感じないのなら、解からないと思う」
「いい男だと思うわよ」
「その程度じゃないのよ」
 麻里亜は首を傾げる。智紗希はカップを机に置き、ため息をつく。
「本に没頭していてもふと思い出す。表現は恋をしているとしか言えないね。でもそれじゃない。古傷が疼くというか、説明が、難しい」
「頭の良いあなたが苦戦するなんてね」
 麻里亜の言葉に智紗希は眉をひそめて見返す。
「頭が良い? そりゃあんたのほうじゃない」
「何よ、私はあなたがずっと一位をとるから万年二位なのよ」
「そんなの暇だから本を読んでたら覚えていただけで、第一あんなものが基準となるなんて学校以外ではありえないじゃない。あんなものを気にして生きてるなんて滑稽だわ。あたしは馬鹿だから、まだパニくってるのよ。何故こんなところに来たのか、向こうはどうなっているのか。あたしはこれからどうなるのか。それを冷静に自分を抑えるためには、本を読んでいるほか無いのよ。じゃ無いと、わけもなく大騒ぎを始める。でも普段そんなことしないから気分悪くなって身動き取れなくなる。……、ここに来て早くも順応したあなたのほうがどれほど利口か、あたしなんか、どうしようもなく動揺してるんだから、まだ」
 麻里亜は意外だった。冷静沈着に賢者のことを探っていると思われた智紗希が、実はそのように装うために調べていたなど。
「……、手伝ってあげようと思ったけれど、あなたは一人で探したほうが従来のあなたに戻るようだから、手伝わないわね。でも、……がんばって」
「ありがとう。そうね、あなたもその陰険な貴族とやらに負けずに、張り倒す勢いでぶつかってみては?」
「……、簡単に言うわね」
「他人事だからね」
 麻里亜はほくそえみ、智紗希も同じく微笑んだ。
「シーマ候とのこと、気分がすっきりすることを願っていてあげるわ」
「ありがとう」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 麻里亜は図書室を出た。外のほうがずっと空気がよかった。
 廊下ではフランシスがずっと待っていたようだった。
「先に帰っていればよかったのに、」
「でも、猊下お一人では夜の廊下は寂しすぎますから」
 フランシスの言葉に麻里亜はごく自然に
「ありがとう」
 と口にした。
 先ほど智紗希が何度か言った言葉。聞くのもいい気分だが、妙な感じだ。言うのも悪くない。
 フランシスの先導の元麻里亜は部屋に無事帰り、そして就寝した。
 
 智紗希は新しい本を手にしたとき、本に埋もれて存在を忘れていたマイクロフト書士が姿を見せたときには、思わず「きゃ」と叫んでしまった。
「シーマ候を好きなのか?」
「はぁ?」
「あの男は良いぞ。気風が良い。だがお前とじゃ寒々しいばかりだろうな。もうちょいと愛想良くすりゃ、あいつもどうなるか知れんぞ」
「何を根拠に、」
「あいつも男だからなぁ」
 ほほほ
 マイクロフト書士は笑って本に埋もれた。あの爺さんは本の中で息苦しくないのだろうか? と心配しながらも、首をすくめて智紗希は本をめくった。
「愛想、ねぇ」
 頬を歪めて笑ってみたが慣れない顔は笑顔には見えず、
「不気味じゃ」
 と自嘲して本へと向き直った。
 

12 征紘、翻弄する

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