Trois sage

Top   09


§麻里亜、行動する。
 ジョー=ウー公も、マルタン卿も一応に同じような接客をした。丁重に麻里亜を扱い、ほど良いお茶菓子を勧め、夕食時にくればよかったといったことを告げた後、ひとしきり麻里亜の容姿や昨晩の酒宴での会話を丹念に褒めた。
 これに気分をよくしないわけが無い。麻里亜はうっとりとそれを聞き、年の割りに若く見えるマルタン卿などにはジョー=ウー公よりも興味を示した。
「コルニド公爵とアデア卿ですが、アデア卿は少し用があって今留守にして居るそうなのでコルニド公爵のほうから参りましょうか?」
「留守? 私が行くのに?」
 オヴァートン卿は微笑むだけで何も言わずに馬車に揺られた。
 コルニド公爵の屋敷は家柄がいいのがよく解かるほど大きかったが、非常に暗くて陰湿だった。
 ジョー=ウー公の家もマルタン卿の屋敷もこれほど大きくは無いが、でも随分と光をとりいえて明るかった。なのにこの家の暗さと着たら、屋敷に入ったなりカビでも生えそうなほどの暗さなのだ。
 応接室に通されるとすでにコルニド公爵が椅子に腰掛けて待っていた。
「随分と遅いおいでだ。すぐに行くから待てとおっしゃったのに。これならばウサギの一つも狩れただろうに」
「……、ではそうなすってたらよろしかったのですわ。私などが来るからと言って、私は待っていてくれとは言っておりませんもの」
「……、では、今から行くとしよう。少々遅いが闇狩りに出かけるにはいい時間だ」
 コルニド公爵は立ち上がるとベルを鳴らした。
「猊下のお帰りだ。粗相の無いように。それから狩りの支度をいたせ」
 執事が一瞬、麻里亜のほうを見たがすぐに頭を下げ、扉を開けて
「猊下のお帰りだ。馬車の用意を」
 と告げた。
 麻里亜は真っ赤になる顔を抑えぬまま立ち上がり、すいと立ち上がると部屋を出て行った。
「苦労だな」
 コルニド公爵の言葉にオヴァートン卿は公爵の方を見て微笑む。
 扉が閉まると、
「あの男は決して現状を楽しまないタイプだが、妙な興奮をしている。頼まれたこととは言え気乗りしなかったのですぞ、」
 コルニド公爵は庭の方を見る。
「解かってますよ。凄く感謝してます」
 庭にはレオンが立ってほくそえんでいた。
 
 馬車に乗り込むと、麻里亜は真っ赤な顔でドレスを掴んで俯いていた。
 オヴァートン卿が馬車に乗り込んだが馬車は動こうとはしなかった。
「何故動かさないの?」
「ここからアデア卿の家まで数分です。その怒った赤い顔で行かれますのか?」
 麻里亜がオヴァートン卿を見上げた。
「何なのあの爺は!」
「コルニド公爵です」
「公爵が何よ。あたしは賢者よ? ふざけているわ。ジョー=ウー公やマルタン卿とは大違いじゃない」
 麻里亜は鼻息を荒くしてオヴァートン卿を見返した。
「そのお二方から、われわれでは猊下を満足に支えることは出来かねます。どうぞよき方を見つけられますよう心より、」
「な、何ですって?」
 麻里亜の甲高い声が馬車の中に響いた。いや、外にいる御者たちにも聞こえた。
「じゃぁ何? スポンサーにはならないと言うの? あたしをあんな遠い場所まで行かせて、それで無しにしろですって?」
「では、猊下はどなたかお気に入りが居られましたか?」
「え? いいえ、どちらも同じ話題ばかりで非常につまらなかったわ」
「でしたらようございました。双方とも似合わぬと思っているのでしたら、」
「じょ、冗談じゃないわ」
 麻里亜が狭い馬車の中で立ち上がったが、所詮馬車の天井は低い。
「良かったではありませんか、断る言葉を捜すことも、いちいち使いを走らす手間も省けたような物。お気に召していないのでしょう?」
「そ、そうだけど……」
 麻里亜は座った。座って、今日一日あったことを思い出す。
(私の何が気に入らないと言うのよ。あたしが気に入らないと言うのは解かるけれど、あたしを気に入らない理由が解からないわ。失礼千万よ。本当に)
 麻里亜はただただ怒りを放出するだけだった。押さえようとしても、目の前に座っているオヴァートン卿が、
「良かったのですよ、ほんと、手間が省けた」
 と繰り返すので腹立たしく思い出すのだ。
「アデア卿の屋敷へ向かいましょうか?」
「ええ」
「あぁ、最初に言っておきます。アデア卿は顔に特徴のある方です。ですがそれを大変気にしておいでですので、」
「それがどうしたと言うの? あたしには関係ないわ」
 麻里亜はそっけなく窓の方へと顔を振った。
 
 アデア卿の屋敷もひどく暗い家だった。シャンデリアの蝋燭は一つ飛びに点けられ、まるで明るさを必要としていない風だった。
「もう頃合もよろしい時間ですので、お夕飯のお支度を勝手にさせていただきました」
 と言って麻里亜は食堂に通された。だがオヴァートン卿は中には入れず、白いテーブルクロスをかけた机の端同士に食器が用意されていただけだった。
 麻里亜が着席をすると、食事係らしい侍女がグラスに水を入れた。
「アデア卿は? オヴァートン卿はどちらかしら?」
 侍女は頭を下げると部屋を出て行った。
「何なの? ちょっとあたしが質問してるでしょ?」
 だが侍女は戻ってこない。その代わりに料理長が食事を運んで来た。同じ質問を彼にしたが彼もまた無言で下がる。
「何なの、気味が悪い」
「ここでは楽しい言葉と言うのは不愉快を示すのでね」
 麻里亜は驚いて正面を見た。いつ入ってきたのか、入り口は一つだけのはずだが彼が入ってきたのは知らない。
 顔の片方に白いマスクをしている。そう、まるでオペラ座の怪人のような白いデスマスク。黒い服に、勲章がいくつか胸に飾られている。
「席に着きたまえ」
 彼は冷たく言い放ち、麻里亜はそれに従うしかなかった。
「あ、あなたが、」
「食事中の会話は不愉快だ。黙って食べなさい」
 麻里亜は眉をひそめた。いまだかつて食事中のマナーについて注意などされたことがない。
 麻里亜は黙ってスプーンを手にしてスープを飲もうとすると、
「まるで犬のような飲み方だ。ひどいな。親は何も教えなかったのか? 低俗な親に育てられるといっぱしのマナーも解からぬようだ」
 アデア卿の言葉に麻里亜はスプーンを皿に落として赤い顔で立ち上がった。
「帰ります」
「食事の最中に席を立つなど言語道断。失礼にもほどがある。賢者とは言え一個人である以上礼は尽くしていただきたい物だ。これだけの物を用意させときながら、自分の下品さを指摘され逆上し帰るなど、無礼にもほどがある」
「わ、私は賢者よ。そのような態度、」
「賢者がどうした? 私の知ったことではない。礼儀もわきまえぬ者がこの世界で生き抜いて行けるほど甘くは無い。第一、賢者だと言うおごりですっかりスポンサー候補を逃しているそうではないか。無様なお前に賢者の威厳は無い。お前は確かに利口だろうが非常に金のかかる女のようだ。贅沢をさせなくては機嫌を取れないと踏めば、財力の乏しい貴族は手を引くだろう。それでも、性格がよければ問題もないが、お前のような女に誰が出資するものか。おごれる者久しからず。自惚れにもほどがある。向こうの世界でどれほど偉かろうとここでは賢者と言うのも怪しいただの小娘だ。売り飛ばされなかっただけでもありがたいと思わねば、お前なんかを支えようと思う奇特な馬鹿貴族は現れないだろう」
 麻里亜は絶句して目をかっと開き、白いデスマスクで顔半分を隠したアデア卿を睨みつめていたが、言い返す言葉がない。
「私の顔をけなせばいい。だがその言葉を口にした途端、お前の顔は今以上に醜く歪み、この世界でお前を受け入れる者は居なくなるだろう。そう、他の賢者殿でさえも。今日帰って様子をごらんなさい。お前の居場所はここ以外には無い。そう解かるはずだ」
「な、ここなんて、嫌よ。暗くて、そんな、」
 麻里亜は部屋を出た。大きく扉を跳ね開けたが誰一人出てきて送ってくれなさそうだった。
「オヴァートン卿!」
 大声を上げるがオヴァートン卿も出てくる気配が無い。
「歩いて帰るか?」
 麻里亜が振り返れば黒い服を着たアデア卿が食堂の入り口にもたれて立っていた。
「あ、あ、」
 麻里亜が後退った背中が何かにぶつかり振り替えればオヴァートン卿が立って微笑んでいた。
「もう、お帰りですか?」
「何故あなたは一緒に居なかったの?」
 麻里亜はオヴァートン卿の腕にしがみついた。
「何故? 私は向こうで食事をいただきますと言いましたけど。聞こえませんでしたか? これはこれはアデア卿ご機嫌は如何ですか?」
「最高だよ。オヴァートン卿、私は彼女のスポンサーの候補としては如何な物かな?」
 麻里亜はオヴァートン卿の顔を見上げて首を振った。その姿勢にオヴァートン卿は眉を顰めたが、
「大変およろしいかと思われます」
 と告げた。
 麻里亜は目眩に襲われた。気分が悪い。あんな気分の悪い男が自分の運命を握るスポンサーなどあってはならない。だが、それを拒否する言葉が絶句している麻里亜には出なかった。
 
 麻里亜は馬車の中も、城に帰ってからも無言だった。
 フランシスが寝巻きに着替えさす間も黙っていた。
「ベットの用意が、出来ました」
 フランシスに言われ、麻里亜が頷く。
「あ、他の賢者は今日一日何をしていたの?」
「チサ様は図書室でずっと本を。マサ様は乗馬を。もともと筋がおよろしいのですわ。シーマ候と早馬をやってましたし、そういえば、チサ様が途中気晴らしにと馬に乗られて、シーマ候が補助してましたけど、なんだかとてもいい感じでしたわ」
「いい感じ?」
「あ、……、余計な詮索でした。申し訳ございません」
 フランシスは黙って俯いた。
 無言。
 ただ無言が続く。
「もう、いいわ。下がって」
 麻里亜がいつになく大人しいのをフランシスは顔を顰めたが、ベランダに人影を見つけ黙って部屋を下がった。
「相当へこんでるようだね」
 麻里亜の顔が険しくなってベランダのほうへと向いた。
 レオンがバラを一本持ってそこに立っていた。
「何の用?」
「別に。用と言う用は無い」
「じゃぁ、帰って」
「アデア卿にかなり言われたそうじゃないか、高い鼻が折られるほどに」
「……、何故あなたが知ってるのよ?」
「素直だね、以外に」
 レオンはバラを鼻に持っていくと小さく笑った。
 麻里亜はベランダに近づき窓に手を掛ける。
「大声を上げるわ」
「どうぞ」
「随分と冷静ね。いったいあなたは何者よ?」
「そうねぇ。あなたの唯一の味方。かな?」
「味方ぁ? 味方と言うのはね、」
「味方と言うのは? 貴女におべんちゃらを使い、あなたを持ち上げ、貴女に従う人のことを指す?」
 レオンは麻里亜を見下すような視線を向けた。
「味方は、」
(味方……味方)
「まぁ、あなたがいずれ俺を味方だと感じるだろうよ。あのアデア卿の許へ行くのならね」
「行く? あの不気味なあの男のところへ? 嫌よ。絶対に嫌。……味方と言うなら助けなさいよ」
「そりゃ無理だ」
「な、何よ味方なんでしょ?」
「ああ、だがあなたは俺を味方だとも思っちゃ居ない。心から思わぬ相手に手を出すほど俺もお人好しじゃない」
「何なのよ、いったい」
「レオン。味方さ」
「ふざけないで! ちょっと、誰か? フランシス!」
 麻里亜が大声を上げてすぐにフランシスが入ってきたが、またレオンの姿はなく、その後でオヴァートン卿が部屋に入って来た。
「いかがしました?」
「無礼な……、レオンと言う男がそのベランダに出入りをしているの」
「ここは三階、階段も無ければはしごも届かない。それにレオンなどと言う男はこの城には居ませんよ、マリア様」
 オヴァートン卿がそう言うと麻里亜はフランシスのほうを見た。
「……、マリア様はいつもお一人で、その、」
「私がおかしいと? 気でも狂ったのだと言いたいわけ? だからあの不気味なアデア卿のところへ差し向ける気なのね。そうなのね!」
 麻里亜は絶叫を全身で発した後、ぱたりと床に倒れこんで肩で大きく息をついた。
「……、樋口 智紗希は今どこ?」
「チサ様ですか? 図書室だと、」
「そこへ案内して」
 
 麻里亜はフランシスのあとについて図書室へと向かった。
 扉を開け、麻里亜の第一声は、
「黴臭い部屋ね」
 だった。
 

11 智紗希、シーマ候に思いを馳せる

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