Trois sage

Top   8


§麻里亜、行動を計画す
 麻里亜は朝食後すぐに部屋に戻った。
 不愉快にもほどがある。何故自分がことごとく無視されなければならないのか、自分の知らないところで、征紘は乗馬を始め、智紗希は古事を調べている。何もしていないのは自分だけ。除け者など不愉快きわまる。
 麻里亜がソファーの上のクッションを床に叩きつけようと持ち上げたとき、ベランダから口笛が聞こえた。はっきりと、しかもすぐ側で、レースのカーテンが風に揺れているその外を見れば昨日のレオンがすかした顔で手摺りに腰掛け口笛を吹いている。
 麻里亜はクッションを床に投げつけ、ずんずんとベランダのほうへと行くと、カーテンをはぐる。
「何してるの!」
 レオンはしらばっくれた顔、いかにも麻里亜を小ばかにしたような顔をして、
「口笛を吹いてる」
「そんなことを聞いてるのじゃないわ! 人の部屋のベランダで何をしているかって聞いてるのよ」
「口笛を、」
 レオンが同じことを言おうとした瞬間、麻里亜はその横っ面を叩いた。
 ちょうど部屋に入ってきたフランシスが小さく悲鳴を上げる。
「ふざけるのもいい加減にして、あなたが何故ここにいるかを聞いているのであって、遊んでる暇なんか無いのよ」
「……、いってぇ。遊ぶ暇ねぇ。そりゃ無いだろうね。俺の忠告無視して寝たんだろ? だから言ったじゃん、他は何かしらを始めたって。人の忠告を無視するから一人取り残されたんだ。それは俺の所為でも、フランシスの所為でもないからな」
「……、解かってるわよ。あたしがそんな子供に見えて?」
「見えたから言っただけだ。そこに居るフランシスはプリンスの一人マドリアン皇女のお気に入りなんだ、下手に虐めるとスポンサーが付かなくなるぜ、猊下」
「スポンサー? 何よそれ、」
 レオンは部屋の奥で震えているフランシスのほうを指差した。麻里亜が部屋のほうを見ている間にレオンはすでにベランダから姿を消していた。
「何者なのよあの男わ!」
 麻里亜は怒って部屋に入ると窓を激しく閉めた。そして部屋に居るフランシスの方を見た。
「そう、あなたは皇女様のお気に入りの侍女なの。でも所詮侍女は侍女よ。解かってるでしょうね?」
 フランシスは黙って頷いた。
「では聞くわ」
 麻里亜はソファーに腰掛けた。
「あの男が言っていたスポンサーって何よ?」
 フランシスは少し考え、
「この世界、特に貴族社会においては身の安全を保証すると言いますか、身元の証明と言いますか、ようは後ろ盾で。それがしっかりしていれば良い結婚などがあるのです。征紘猊下は運動がお得意だからと言って貴族たちが好む乗馬のレッスンへ行きました。チサ様はそういうことには見向きもせず、何故三人の賢者が現れたのかの研究をなさっておいでのようで、」
「詳しいのね」
 フランシスは首を振って俯いた。
 麻里亜も馬鹿ではない。冷静になれば確かに智紗希や征紘の行動にも納得するし、必要な行動だと理解もする。
「たとえそれが猊下であっても、スポンサーは強み。特に女性賢者ならなおさらです。いかがしますか猊下? あなたはどうやってスポンサーを見つけるおつもりかな?」
「その手伝いがあなたなのね?」
 部屋に入って来たオヴァートン卿を見上げた。オヴァートン卿は恭しく礼をして麻里亜の座っているソファーの側に立った。
「そうね、……その前に座って、視界が影になるのって嫌いなの。それで、スポンサー探しね。それにはいったいどういう貴族が存在しているのか知る必要があるわ。出来るだけ後ろ盾は強いほうが良い。そうするためにも相手を調べなければならないわ。向こうに気に入られるばかりではなく、こちらからも仕掛けなくては」
 麻里亜の言葉にオヴァートン卿は頷き前のソファーに腰を下ろした。
「あなたが見て、私のスポンサーを引き受けてくださりそうな方は何人居る?」
「そうですね、少なくて二人。多くても四人に絞れます」
「四人? たった、四人?」
「数ではありませんよ。数では」
 オヴァートン卿は微笑むと、
「あなたならばそう言い出すだろうと願ってこれを書いてまいりました。あなたのスポンサーになりそうな貴族のプロフィールと街の地図です」
 オヴァートン卿は素早く机に地図と、そして一枚に一人のプロフィールを書かせた紙を乗せた。
「最初のコルニド公爵は先々代の国王の甥子様で、年はすでに七十歳。趣味は狩りで今でも出かけられます」
「狩りならば、芥川君のほうが良い相手できるのじゃないかしら?」
 オヴァートン卿が首を傾げる。
「……征紘猊下」
「あぁ。次はマルタン卿で五十八歳。趣味は園芸」
「園芸?」
「そりゃ見事な庭をお持ちの方ですよ」
 麻里亜はオヴァートン卿を横目で見た。
「次は、ジョー=ウー公。六十七歳。趣味はチェス。なかなかの腕前でそれはそれはお強くて、あまりに強いので皇太子が彼を嫌うほどなんですよ。ええ、皇太子もチェスは得意なんですけどまったく歯が立たない。ジョー=ウー公とチェスをしているときの皇太子の大人しい事と言ったら、普段元気な方だけになかなか面白くて、ああ、脱線しましたね。最後はかなり若くなるんですがね、アデア卿。彼はとても若く勢力家で、あなたを昨晩見つけて大変気に入ったとおっしゃっておられた。かなり有望株だと私は思う」
「若いと言っても、」
 麻里亜が言葉を切ると、オヴァートン卿は微笑み、
「アデア卿はようやくいいお年になられたところだ」
 と言った。
(つまり私はスポンサーと言う肩書きの男の愛人になれと言われているのね? そうすることででしかこの世界で生き残れないと言うわけ? 冗談じゃない。誰が好き好んで爺の相手をしなきゃ……、何であいつ(レオン)の顔が浮かぶのよ! もっと最悪だわ)
 麻里亜はオヴァートン卿の方を見た。
「一応、スポンサーになってくれるか、こちらもじっくりお話したいし、お会いできるものかしら?」
「そりゃ、賢者様からの申し出ならば、すっ飛んでこられるでしょう」
 オヴァートン卿の言葉に麻里亜は頷いたが、
「いいえ、出向くわ。お屋敷を見て見ないと、そうでしょ?」
 と首を傾げてオヴァートン卿を見た。
 オヴァートン卿は一瞬驚いた顔を見せたが、納得したようにうなずくと、
「では、吉日に訪問する旨を、」
「いいえ、これから、あと一時間の後に行ける家から行きましょう。遅くなればあたしの気が変わるかもしれない。そういえば急ぐのじゃないかしら?」
 麻里亜の言葉にオヴァートン卿は頷いて部屋を出た。
(さすがに、令嬢と言われるだけのことはある。他の二人よりも貴族の心、スポンサーにつくと言うことよりも自分に付加価値があると宣告し、尚且つ訪問することで一応の礼は尽くす姿勢。だがまず自分から折れるようなタイプではない。さぁて、どなたが彼女の手綱を引くことが出来るか、……もしかすると大穴が居るかもしれないが)
 オヴァートン卿はほくそえむと使いの者に四軒の屋敷へと馬を走らせるように伝えた。
 返事はすぐに来た。全員が即時の訪問を期待する旨を伝えてきたのだ。
「遠くから行きましょ。帰りに遠い場所から帰るよりいいと思うわ」
「ではジョー=ウー公のお屋敷から参りましょう」
 

10 麻里亜、行動す

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