Trois sage

Top   7


§最低にして最悪の朝
 麻里亜が起きてそうそうに頭が割れそうなほどの怒りに見舞われた。
「他の方は起きたのね?」
「は、い」
 長いこと使用人を使っている麻里亜にはその返事で他に何かあることぐらい悟れる。
「樋口 智紗希は?」
「それが、すでに……」
「あたしはなんと言った? あの女よりも早く起こせといわなかった?」
 着替えを済ませ、用意を済ませ、怒りながら進む廊下は見るも目眩もしそうなモザイク柄の廊下。どちらに行けばいいのか、麻里亜の速度について来れないフランシスは後ろから追いかけてきては、「すみません、こちらです」と引き返させてばかり、とうとう頭に来て大声で怒鳴ろうと思ったとき、
「おはようございます、麻里亜様」
 とオヴァートン卿に挨拶されたのだ。
「あら、オヴァートン卿おはようございます」
「随分とご立腹なようですが、いかがしました?」
「清々しい朝なんですけど、どうしようもない物の所為で、」
 そう言って、朝食の間で動いた智紗希を見つけて部屋に入る。
「樋口 智紗希!」
 麻里亜は大声でそう言って智紗希の側に来て鼻頭を指さした。
 智紗希は黙って麻里亜を見返したが、その手をすっと払うと、
「昨日と同じことをしても戻れそうにないのだから、鬱陶しいことしないで。頭が沸いてんだから」
 智紗希はそう言ってソファーに足を投げ出してため息をついた。
「その様子だと、徹夜ですか?」
「いいえ、朝方……、朝早く目覚める庭師に案内してもらってここに来て、その奥さんにお茶をご馳走になって、最初に来たのが、レイラさんで、彼女が来るまで寝てたから、徹夜ではないわ」
 智紗希はそう言って組んだ手を腹の上に置いた。眠そうな目にオヴァートン卿は首をすくめた。
「あ、あなたって人は、」
 麻里亜はまだ怒りが収まらないらしくフルフルと握り拳を作って智紗希の寝ているソファーの側までやって来た。智紗希は迷惑そうな顔で近づく麻里亜を見上げる。
「本当です。チサは―ええ、猊下といわれるのがお嫌いだからと、逆にきつくチサと呼ぶようにといわれましたから―昨日の夜はずっと本をお読みでした。私に先に寝ろと言われましたけど、他の侍女も同じように賢者様の侍女になるなんて大変な名誉で興奮して、私寝れませんでしたの。ですからずっと図書室で一緒に居ましたわ。でも私二時を少し回った頃からうつらうつらして、そしたら、賢者のローブを私に掛けてくださったし、マリア様のお怒りを買うようなことなどチサはしておりませんわ」
 レイラはチサのソファーの前に跪いて麻里亜を見上げて懇願するように手を組んで訴えた。
「レイラ、彼女の怒りを増やすだけよ。何に怒ってるのかあたしも知らないし、いちいち無神経に朝も早くから金切り声を上げて喚かれたくないわ。あたしが居て彼女の怒りが収まらないならあたしは部屋に行くわ。少し寝なきゃ、まとまる物もまとまらないし」
 智紗希が立ち上がったところに征紘とシーマ候が談笑しながら入って来た。
「何だ? 空気悪いぞ?」
 あっけらかんとした征紘の言葉に、智紗希はその後ろのシーマ候を見ながら
「馬にでも乗るの?」
「お、知ってんのか?」
「そのブーツに、鞍ずれしない為のサポーター。グローブと見ればね。馬かぁ……、あたしも行きたいんだが、ああ、カドヴァンさん、さっき頼んだ物見つかりました?」
 廊下を行くカドヴァン君を見つけ智紗希はそちらへと行った。
「あいつ、乗馬できんのか?」
 征紘が眉を顰めながらグローブを先ほど智紗希が横になっていたソファーの上に落とした。
「そういうあなたは?」
 オヴァートン卿が聞く。征紘は首を振りシーマ候を指さして、
「エドに教えてもらうんだよ。初体験。何てエッチな言葉」
「アホ」
 智紗希が数札の本を手に入って来た。その後ろからカドヴァン君が更に数札の本を抱えて付いてくる。
「しかし、こんな古い神話ばかりどうするんですか?」
「辻妻あわせよ。……あたしこの世界で神話研究者にでもなれるほど今読んでるわね」
 智紗希は鼻で笑いソファーを机代わりにして床に腰を下ろした。
「あ、またそんなどこにでも座らないでください」
 レイラが眉をひそめ、ソファーの上のクッションを差し出すが、それを抱きかかえ胡坐を書いて智紗希は本をめくる。
「面白いことでも書いていますか?」
 オヴァートン卿の言葉に智紗希は首をすくめ、
「よくあることよ。一番えらい神は、美人を見ると誰彼構わず子供をはらませる。ある時は牛になったり、人妻だろうが容赦ない。そんな中で生まれた絶世の美人。男の子だけど彼によって身を滅ぼされると恐れた神は彼を殺す。けれども彼はさまざまな神によって命を救われ、父である絶対神を撃つ。でもそれは幾度と無く繰り返される。って話」
「本当によくある話だ。まるで聖書ですね」
 麻里亜も、征紘もシーマ候の言葉に「うまいことを言うね」と褒めたが、智紗希だけは眉をひそめてシーマ候を見上げるだけだった。
「とにかく、朝食をいただきませんか? でなければ、乗馬も出来ませんし、あなたも本を読む体力をなくしますよ」
 オヴァートン卿の言葉に全員は頷いた。いや、麻里亜だけは智紗希を睨んだままで居た。 

9 麻里亜、行動を計画す

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