Trois sage

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§夜
 麻里亜は大いに歓喜していた。さすがに未成年なので酒の力は得てないが、それでも「猊下」と煽てられ、自分よりも遥かに年上の伯父さんが手もみして来ると、政治家一家に生まれ育った麻里亜とてまだ政治家のおじさんたちからは「かわいいお嬢様」であって、これほど煽てられたことなどなかった。
 自分はこの快感が好きで、それを得る為に勉強をしているのだ。だが、いきなりここにきて、城の植え込みに落ちて多少怪我をして痛い思いはしたけれど、それでも、それだけの痛みで自分は最高の快感を得ている。本当に気分がよかった。
 胸を張り、大いに威張る。高らかな笑い、無知な人々。
「だから、幸せの根底は自らを潤す財力ですわ。財力は作らなければ、待っていても増えませんものね」
 さすがだと煽てる声。華やかな中心に居る快感が体の芯から麻里亜を逆上せさせた。
 お開きになる頃、部屋に案内する侍女に連れられて麻里亜が廊下を歩く。すっかり上機嫌で歩いているので、どこをどのようになどさっぱり気にもしない。
「いいご身分だ」
 その声にずっとそこに居たのに気付かなかった影に麻里亜は驚く。
「な、何です?」
「フランシス、君も可哀想な人だ。よりによってその人の侍女だなんて」
 影は廊下の手摺りに腰掛けて夜風に当たっていたらしい。袖を捲り上げ、随分と楽な格好をしている。
「な、無礼な!」
 影は廊下の手摺りからすとっと降り立った。
「それは失礼、猊下。だがあなたは暢気だ」
「どういう意味です?」
 麻里亜は突っかかる。あごを突き出し、遥か背の高い男を見上げる。
「他の二人はそれぞれの思考に従って行動に移ったという事ですよ」
「行動って?」
「さぁね、それはご自身で見に行かれたらいい。では、おやすみなさい猊下。寝相良くしてないと風邪引きますよ」
 男は高らかに笑って歩き去っていく。
「な、何なのあんた! ちょっと、誰だって聞いてるでしょう!」
 男は立ち止まり、ゆっくり振り返り、
「レオン。俺はレオン。じゃ、おやすみ」
 そう言ってまた笑いながら歩き、角を曲がった。
「な、何なの。あの馬鹿にした態度、……、あれは何者? どこの誰?」
 麻里亜はすごい剣幕でフランシスの方を見た。
 フランシスは顔を青くして首を振る。
「まったく、役に立たないわね。覚えてらっしゃい、あたしは賢者よ。谷崎 源十郎の孫娘なんだからね」
 麻里亜はそう言うと、鼻を鳴らし部屋に案内するようにフランシスを怒鳴った。
 予断ではあるが、谷崎 源十郎とは、財務大臣をやったことのある政治家で、麻里亜の祖父。その息子―つまり麻里亜の父は―はその跡を継ぎ議員をしている。
 部屋に戻ると、麻里亜の憤慨は収まらず、ローブを脱ぐなりそれを床に叩きつけた。
「私をコケにする人間は許さない。そうよ、樋口 智紗希は? ……二人とも何かの行動を始めたって? 何をしてるの? いいえ、嘘だわきっと。あの無礼者の言うことなど聞くに及ばないわ」
 フランシスはローブを拾い上げ、麻里亜を上目遣いで見る。
「まったく、気分良かったのに、あの男の所為よ」
 どかっとソファーに座ると、どうしていいか解からないフランシスを見上げる。
「何してるの? パジャマを持ってきて、寝るんだから。まったく、それでも侍女? あたしのほうがかわいそうだわ」
 フランシスは真っ赤な顔でクローゼットから寝巻きを持ってきたり、寝る用意をした。
「明日は、そうね、少し遅くに起こしに来て」
「と、いいますと?」
「他の人よりは遅く、樋口 智紗希よりは早く起こしにくればいいのよ。他の人は私のために待てばいいわ。でも、樋口 智紗希には嫌味の一つも言いたいもの。解かったらさっさと出て行って、寝られやしないわ」
「は、はい……、お休みなさいませ」
 麻里亜は返事もせずに明かりを消した。
 ベットは大きくてやわらかい。すぐに眠りに付いた。
 
 フランシスは麻里亜の部屋から侍女たちの控え室に向かって歩いていた。
 重苦しいため息が出る。一番賢者そうな人と言うことで、くじで当たりを引いた自分がお世話することになったが、初日で、麻里亜のことを全て知っているわけではないが、担当になったことを後悔する。
 控え室は北塔の図書室の前を過ぎ、その奥の階段を下りたところにある。
 そして図書室の前に来たとき、扉が開き、本を手にして智紗希が現れた。
「あ、ごめんなさい……、あの、だれかれ頼んでいいとは思わないんですが、ちょいと濃い目のお茶を持ってきてもらえませんか?」
「お部屋にですか?」
「いや、ここへ」
「ここ?」
「そう、ここ」
「解かりました。すぐ」
「あ、急ぎませんので」
 智紗希はそう言って立ったままで本を読み出した。
「あの、他にも何か?」
「あ? いや……、ん?」
「お部屋に入っていて結構です。持ってきますから」
「あ、あぁ、いや、ちょいと姿勢とか、いろいろ変えたほうがいいから」
 フランシスは頷くと台所へと走っていった。
 台所にはそれぞれの賢者担当の侍女が居て、智紗希担当のレイラが真っ青な顔をして立っていた。
「どかしたの?」
「チサ様が見つからなくて、お部屋に案内しなきゃいけないのだけど」
「チサ様なら図書室で本をご覧になっていたわ。お茶を頼まれたの、持って行くといいわ」
「ありがとう、ファニー」
 レイラはお茶を持って図書室へと慌しく向かった。
「レイラはとても幸せものだわ」
 フランシスはついボソッと言ってしまったことに手で口を覆った。
 もう一人、征紘の世話をするケイトが首を傾げてフランシスを見上げる。
「何故そう思うの?」
「いいえ、賢者様ですもの、ええ、そう、」
 フランシスは椅子に座り、ため息を落とす。
「マーゴット婦人」
 フランシスはびくっと体を跳ねさせた。
「まぁ、大変」
 ケイトは同情して呟く。
 マーゴット婦人は北の方の領主婦人でそれはそれは我儘を絵に描いた様な人だ。今回のことは賢者の出現が急だったためにドレスの用意が出来ていないとか、賢者も来るなら知らせろと最後には怒りの早馬を届けさせた人だ。領主館がつぶれないのはマーゴット領主、つまり彼の夫が良人であるからだ。もし彼は亡くなればあの地方はすぐにでも敗退するだろう。とさえ言われている。それに似ている麻里亜の担当など同情する以外ない。
「それより、ケイトの賢者様は?」
「うちのはとても明るくて、スポーツマンのようね。シーマ候と明日乗馬に行く約束をしていて、気が合っていてまるで兄弟か、大の親友と言うべき仲だわね。気持ちのいい少年。そんな感じの方よ」
「あたし、籤運良すぎだったのね」
 フランシスの小声にケイトは何も言わずに肩に手を置いた。
 

8 最低にして最悪の朝

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