Trois sage

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§多分、一人だけ
 征紘は麻里亜の様に華やかな中心に留まることは出来なかった。あれほど口が立って、周りの人を惹き付ける力は無く、どちらかと言えば、体を動かすほうが好きな楽観的な頭には、おべんちゃらを言わなければならない空間は酷く退屈な物だったのだ。
「飽き飽きした」
 征紘は欠伸を噛み殺すために俯いていた顔を上げた。
 シーマ候だ。この世界の人に対して引け目を感じる中で彼だけは妙な親近感を得るのは、彼が黒髪だからかもしれない。黒い瞳に、本当に日本人のような顔だと言える。えらが張り、意志の強そうな眉に力のこもり易い目。薄い唇など、ちょっとテレビに出ている俳優なんかよりもいい男だと思う。
「俺、あんまり本とか読まないけど、漫画は好きでさぁ、そういうのって、異世界とかに来たらやたらと女の子にもてるもんだろ? それがさぁっぱり。おっさんばかりで話してることも小難しいし、退屈でさぁ。かといって、部屋に帰るって言うのも悪い気がするし」
「しょうがないですよ。所詮。賢者といえど一個の人間。自由を得るためにはスポンサーが必要なんですよ」
 シーマ候はそう言って広間を見て立っている征紘の隣に並んだ。
「それなら、俺よりもあの二人のほうがだんぜん有利じゃん」
「そうですね。ですが、あなたにだってきっと目を惹かれるスポンサーはお出でになりますよ。例えば、あなたが好きだということを進んですればね」
「好きなこと? 体動かすことしか能は無いかな」
「では、明日、馬に乗りませんか?」
「馬? 乗った事ない」
「教えますよ」
「そう言ってもなぁ。いてぇの嫌だし」
「スポンサー」
 シーマ候の言葉に征紘は横目で彼を見た。
「いてぇのとか、努力とか、ほんと嫌いなんすよ、俺」
「私もだ」
 シーマ候はそう言って微笑んだ。いい男だ。男色の毛は無いが、体育会系の血が騒ぐというのだろうか、同じような趣味に傾倒して盛り上がれそうな気がする。
 二人は会場の中央で華やかに喋り続けている麻里亜を見た。
「よく動く口だ。そういえば、樋口は?」
「……もう一人の賢者様ですね? さぁ、オヴァートン卿がどちらかに案内されていましたけどね」
「あいつさぁ、……多分、あいつ俺の事知らないと思うんだけど、俺とあいつって、小学校から一緒の学校なんだよ。高校でも一緒だけど―すごく学力のいい私立でも俺の場合は運動の特生だから、まったく勉強はできないんだけども―同じクラスじゃない。しかも、あいつってば結構ネクラと言うか、人付き合い悪いから一人でよく居るんだけど、」
「好きなのですね?」
 シーマ候の言葉に一瞬顔を赤くしたが、すっと色を冷めさせて、
「違うな、妙な感じになると言うかな。樋口を知ったのは小学校の三年ぐらいで、そん時からいつもあんな感じ。人と関わるのが下手とか、苦手とかじゃなく、本当に周りに誰も居なくても寂しいとか言う感情がないのさ。小学校三、四年て、つまり九歳や十歳のころって、仲間とか作ったり、イジメなんかが流行ったりするだろ? それにまったく関わらなかったんだよ。だからと言って誰かがイジメに行くわけでもなく、誘うわけでもなく、奇妙な奴なんだよ。凄く。それは中学でも変わらなかった。別にこれと言ったクラブにも入らない。塾にだって行ってないのに成績が良かった。なのに、うちの学校よりももっと、もっと成績のいい学校にだって行けたのに、人伝いに聞いた話、家に一番近い学校だからって言う理由で、私立のうちの学校を選んだのさ。あの麻里亜お嬢にとってはそんな適当な理由で今まで成績一番、運動能力一番になった樋口が許せない。で、そう、廊下で始めて会って指さして怒鳴ったら、この世界に来たんだっけか……。何で、俺たち来たんだろ?」
 征紘はそう言って腕組をしたが、ものの数秒で、
「めんどくせぇ。やっぱ俺には頭を動かすという能力はねぇんだな。わかんねぇや」
 と笑った。
 シーマ候も笑い、
「もし、何らかの事で来たのならば、いずれそのなんらかがはっきりするはずですよ。先ほど来てすぐにその答えが解かるほど、世の中そう上手い答えは転がってませんよ」
「だな、そうだ、そうだ」
 征紘は頷き、シーマ候の方を向いた。
「俺のことマサと呼んでくれよ、何とかって妙に変な言葉で呼ばずにさぁ」
「猊下、のことですか?」
「そうそれ、何かさぁ、腹下しっぽいだろ?」            
 シーマ候は暫く考えたあとで失笑し、
「解かりました。では、私はエドと呼んでください」
「エド?」
「シーマ候エドヴァン。それが私の名前です」
「へぇ、エドね、なんか江戸っぽいけど」
 征紘は小さく言って首をすくめたが、シーマ候に解かるはずも無く、彼は首を傾げただけだった。
「では、一人で退屈しているのもなんでしょうから、部屋に帰りますか? 侍女を呼びますよ」
「あぁ、そうする。エドはどうする?」
「私もお暇します。あなたと一緒なら出て行きやすい」
 二人は頷くと笑いながら会場をあとにした。
 

7 夜

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