Trois sage

Top   3


§智紗希動く
「祝宴が始まりました」
 まったく関係ない外に居た使いのものの声に、猜疑心が薄まり、とりあえず酒宴へ行こうと言うことになった。
 酒宴の会場は一階にあり先ほどの謁見の間よりも広く、庭へと降りることの出来る開放的な場所だった。華やかに音楽が流れ、色とりどりのドレス―こう見ると古代ローマと言う概念から、ルネサンスへと考え直したほうが良さそうな気もする―を着た女性に、おしゃべり上手な男が多分に楽しんでいた
 だが、智紗希は楽しめなかった。楽しむ気が無いの間違いだ。彼女と組むことになったカドヴァン君が必死に重鎮と挨拶させようとするが、智紗希は
「すみません、具合が悪いので、隅で、休ませてください」
 と壁にもたれたのだった。
「あ、あのぅ」
「あなたは、楽しんできてください。すみません。本当に、気分が悪いのです」
 智紗希の顔は確かに青かった。血色よく健康体に見せる術よりも、頭のほうがぐちゃぐちゃで栄養を欲していたのだ。
(あの龍のために呼ばれた? 平和そうな国の謎の龍。それとも、自然の妖精とか言う物が見えるようになっただけ? では何故三人できたの? 三人でなければならない理由は? 何かをするために平凡であるはずのことを逸脱させた理由は? 何? そして、シーマ候。彼は、何者?)
 智紗希は目を閉じて深呼吸をした。再び目を開けると窓の方へと向けた。暗くなった外の庭に篝火が燃え、賢者降臨の酒宴だろうが、若い人の出会いの場には変わりないらしく、色めきだっている人がカップルを作り庭へと降りていっていた。
(誰に聞けば答えてくれる? どうすれば解かる? 何かに載って、……本。古事記とか、万葉集とか、諺の宝庫のような文献になら載っているかもしれない。たとえあからさまに書いていないとしても暗示的に書かれているかもしれない。文献……、図書室、)
 その回路に辿り着いた時、智紗希はカドヴァン君を探したが、彼は会場のずっと奥のほうで若い女性を三人ほど相手している最中だった。
「使えぬ奴め。どうしよう」
「いかがいたしました?」
 声に横を見ればオヴァートン卿が立っていた。彼は麻里亜と組になったはずだが、麻里亜は見当たらなかった。
「マリア様なら向こうで楽しげにお喋りしてますよ。なかなか社交的な方で、私の下手なエスコートよりもご自身で行動されるほうが好みらしい」
 オヴァートン卿の言葉に智紗希は(彼女マリアって名前なの。金持ちで優雅なお嬢様。なんだかしっくりくる名前だこと)と苦笑いを浮かべる。忘れていたが、麻里亜と智紗希とは今日知り合ったばかりで智紗希に麻里亜の氏名や存在の有無はまったく知らない。したがって、顔は出てくるが【あの人(男または女)】ぐらいしかない。それは征紘も同様だ。
「ところで誰かを探しておいでのようだが、」
「……、唐突に変だと思われるでしょうけど、あなたがこの国でも有数の頭脳を持っているかただと言うのなら、子供のあたしの考えをきちんと言葉に出来るかもしれない。答えは知らなくても、」
「どういうことです?」
 オヴァートン卿は優しくまるで泣きじゃくっている子供を慰めているように優しく聞いた。
「図書室ってありますか?」
「図書、ええ、ありますよ」
「古くて、黴臭い本。しかもかなり胡散臭い。呪いだの、言い伝えだの、いんちき臭そうな本」
「どうしたのです?」
「読みたいんです」
 智紗希はそう言ってオヴァートン卿の目を見返した。
「なぜと言うことに答えてくれますか?」
「あ、えっと、その……、閃きだし、説明と言うか、喋ることが苦手なのだけど、その、私が思っている謎を解いてくれそうだから。例えば、推理ドラマとかでよくあるヒントとなりそうなもの。それをね、」
 オヴァートン卿は智紗希の肩に手を置いた。すっと熱が冷める。
(いかん、やっぱり今頃動揺してる)
 智紗希は熱が下がっていくほどに顔を背け下を向いた。
「済みませんでした。……、調べ物をしたいんです。何故賢者が三人も、平和な世界に現れなくてはいけないのか。それを知っていそうな人がいなければ、探したほうがいいと思うのです。本に暗示的に載っている可能性があるんじゃないかって思って」
 オヴァートン卿はやんわりと微笑むと、
「実は私も、そしてシーマ候も、何故三人なのかと言うことに関して実に先ほどまで議論しておりました」
「そう、なんですか?」
「ええ、私の知る限りの文献には賢者は一人の様な書かれ方をしてます。複数ならば、」
「賢者たち」
「そう、ですが全て「賢者は、」と言う表記です。なのにあなた方は三人で現れた」
「そう言われると、逆に不吉な予言と言う見方も出来ますよね」
「考えすぎないで。……、そうですね、図書室を調べるのは決して無駄ではないかもしれません。あなたが言った胡散臭そうな本なら山ほどありますからね」
 オヴァートン卿の言葉に智紗希はほっと柔らかく顔を緩める。
「そういう優しい顔が出来るのではないですか、先ほどシーマ候を見ているあなたはひどく怖かったですよ」
 智紗希はオヴァートン卿を見上げた。
「まぁ、彼はいい男ですからね、智者には見えないといえますけどね」
 オヴァートン卿は自分の男前を棚に上げて笑う。
「では行きましょう。陛下には遣いをやりますから」
 智紗希は頷いてオヴァートン卿のあとについて会場を出た。
(角の花瓶。床のモザイク。壁の絵画。似たり寄ったりの物ばかり)
「迷子にならないように。居るんですよ、うろつくネズミが。この通路の迷わない歩き方は、何度も迷子になった挙句体に覚えさすしかないのですがね」
 オヴァートン卿はそう言って笑いながら、北塔にある図書室へとつれて来た。
 図書室に人が入ることは少ないようだ。本の独特な紙とインクの匂いが充満している。
「誰かね?」
「マイクロフト書士。三賢者の一人チサ様と、オヴァートン卿です」
 アドヴァンの呼びかけに、どこに居たのかさっぱり解からなかったマイクロフト書士が本の中からふってわいた。
「賢者様とな。幾久しく生きてきたが始めて見る。随分と若い娘だが、いくつじゃ?」
「17です」
「まだ子供だな」
「ええ、賢者なんて間違いだと思うんですけどね」
 智紗希の言葉にオヴァートン卿は首をすくめマイクロフト書士を見た。
「それで、ここに何の用かね?」
「本を見せてもらいたいと、構いませんか?」
「好きに見ればいい。べつだん儂の本じゃない。わしはここで優雅に本を見ているだけなのだから」
 マイクロフトはそう言うと本にまた埋まろうとした。
「あの、読んでいるという事は、ここの本を全てのこと覚えていますか?」
「大体な」
「じゃぁ、古事を扱っている本は? 特に賢者とか、龍なんている記述がある本は?」
 マイクロフトは本に埋まるのを留まり智紗希を見た。
「ない、ですか?」
「それを読んでどうする?」
「知りたいんです。何故三人が来たのか」
 智紗希の言葉にマイクロフトは部屋の奥のほうを指差した。
「Idia kingdom birth story。と言う本がある。分厚く茶色の表紙だ」
 そう言ってマイクロフトは本に埋もれた。
「ありがとうございます」
 智紗希はそう言って本の隙間で出来た足場を行こうとするが、どうにも上着であるローブが邪魔する。
「邪魔!」
 智紗希はローブを脱ぎ去り、膝丈のワンピースのような下着になって奥へと向かった。
「チサ様!」
 オヴァートン卿は思わず目を覆ったが、そんなことに目もくれずに奥へと進む智紗希に呆れ返った。
「Idia kingdom birth story。イディア……、あった」
 智紗希はそれを抱え、かなり分厚くて大きな本だ。明かりのある場所へと持って来た。
「胡散臭そうな本ね」
「とにかく、ローブを、下着ではここに来た誰かに怪しまれます」
「下着……なのね、これ」
 智紗希は首をすくめ、やっとラクになったのにと思いながらローブを身に着けた。
「さて、と」
 表紙を開け、あまりの古さに眉をひそめる。だが、
「……読めるって事は、(連れて来られたのは)意味無くではないのね、」
 智紗希は少し肩を落としながらそれを読み始めた。
 最初のほうは古事記の様にどうやって大陸が出来たとかそういう話から始まる。この点は聖書とかとも相似するのであまり詳しく読まない。問題は人間が社会を構成し国を作った辺りなのだが、まだまだ神話ちっくな話しが続く。
 

6 多分、一人だけ

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