Trois sage

Top   2


§三人の賢者
 猛スピードのおかげで、たっぷり二日掛けてゆく道を一日で着いた。つまり、出たのが夕方だったから、翌日の夕方には着いた。
 城には早馬を走らせていたおかげで、ブーズール村のカニンガム卿の馬車だと告げると即通してくれた。
 扉を開ける城の執事たちに仰々しくそれで居ていやにニヤついた笑みを浮かべたカニンガム卿が先に降り、智紗希に手を差し伸べたが、智紗希はそれに手を置かずに一人で降り立った。
「もう一人の賢者様もお待ちでございます」
「一人? あと一人居たはずだけど、」
「まだ、到着されておりません」
「やった、サー・ジェームズよりも先に着いたぞ」
 カニンガム卿の言葉に辺りが顔を顰める。
 咳払いをした執事が城の中へと智紗希を案内する。
 カニンガム卿が頷きながらそれに続こうとしたのを、執事が立ち止まり振り返る。だがその前に、智紗希が振り向きざま、
「カニンガム卿。お送りいただきありがとうございました。あなた様から受けた恩は必ずあなた自身に帰ってくるでしょう」
 と言い放った。つまり、【帰れ】の宣告だ。
 カニンガム卿は言い様の無い顔で城内へ向かう智紗希と執事を見送るしかなかった。それ以上動けば後ろにすっと立った護衛兵に抓み出されるしかないのだ。
「あ、いや、あぁ、私は、ブーズール村の領主カニンガム卿です。賢者様お忘れなく、ブーズール村のカニンガム卿です!」
 カニンガム卿は城内に轟くばかりの大声で自分をアピールしていたが、無情な重い扉がその前で閉められた。
「ありがとうございました」
 執事がそう言って頭を下げる。
「何でしょう?」
「われわれがいくら一地方当代といえども位ははるかに上ですから、その方に先ほどの言葉は、」
「一日、本当に良く我慢したと自分を褒めたいほどです。一人で絶えず喋り続け、護衛なら、サルタイヤ候に頼めばよかったとホントつくづく思いましたもの」
「彼は決して、その」
「いい領主ではないわ。屋敷までの道しか見なかったけれど、土地は枯れ、民は皆やる気を失っている。とりあえず、今日一日生き延びてると言う感じの村でした」
「土地が遠い所為もあって、なかなか整備が行き届かないのが現状なのです。あ、申し送れました。私この城で猊下のお世話をいたす責任者のヘンリーと申します」
「チサです」
「陛下よりも先にお名前をいただいては……、大変恐縮でございます」
 ヘンリーはその場に勢いだって平伏し、額を床に擦り合わせた。
(はいはい、言動慎めって奴ね)
 智紗希は首をすくめる。
「とりあえず、先へ行きましょう。その……陛下も待っているでしょうから」
「ああ、私としたことが、お心遣いありがたく思います」
 ヘンリはその見かけとは対照的にとてつもなく情熱家で、おっちょこちょいなようだ。見た目は往年のハリウッド俳優のようなダンディーさを持っているのに、主従を許した相手にはまるで親の様に甘くなる。
(いい人……)
 ヘンリーが再歩する後を智紗希が追う。
「ところで、その恰好をどうにかいたしませんと」
「何か、変?」
「変……、そうですね、卿の内情の噂を知っているのであえて申しませんが、それでもそれは、」
「囚人服。かしら?」
「そのようなことは、しかし、」
 智紗希は首をすくめる。まぁ、侍女たちと似たような服だと言うことは、あの湯浴みの部屋に置かれていた時点で気付いていた。
 そもそも、カニンガム卿はあの馬車を走らせた間ずっと喋りっぱなし、智紗希が少しでも疲れていると見るや否や、眠ったほうがいいと言い出す。休み無く、食事すら惜しんで走ってきたのだ。それを、ノーズウッドの、サー・ジェームスに負けたくない一心だったのか、それとも、食費を削る作戦だったのか、どちらにしても、カニンガム卿にとっては、途中下車して優雅な食事をする時間と言うのは無駄な時間だったようだ。
「では、お食事も運ばせます。とりあえずはこのお部屋で着替えとゆっくりなさってください。陛下との面会は、もう一人の賢者様が参られてからで構いませんから」
 と案内された部屋には、大きな天蓋付きベットに、大きいな鏡の付いた鏡台。窓に向けられた文机、中央にはお茶用なのか、花瓶置きなのかテーブルが花を置いてあった。
「世話係のレイラです。何なりとこの娘に命令をしてください」
「……、ここから逃げる方法を教えてください……、は冗談にはならないようですね」
 智紗希はそう言って口の端をゆがめ、黙って窓の側に近づいた。
 ヘンリはレイラに小さな声で、
「良く、仕えるように。それから、」
 ―変な気を起こしたならすぐに連絡しろ―と咳払いをして出て行った。
「お召し返しましょう。それはあんまりですわ」
「楽だし、涼しくて私はこれでいいのですけど」
「ですが、賢者様が召すにはあまりにも粗末です。動きやすく、涼しいものをとおっしゃられるのでしたら、こちらのほうが良いかと思います。刺繍は今の季節に合う小菊で、」
「刺繍も要りません」
「ですが、賢者様、」
「チサで構いません。賢者などと言うけれど何もしていないのですから」
 智紗希は窓から目を離さなかった。
 街は長閑に見えた。目抜き通りには露天の並ぶバザールが人を集め、一つ、二つ入っていく小路でさえも人が溢れているように見える。広場には人を集める何かをしているのだろう、集中的に一点に人の影が見える。
「平和、ね」
「はい。とてもよいご時世です」
「でも完全に不満が無いわけではないのでしょうけどね」
「そりゃ、どんな世の中でも不満は一つ二つありますわ。でもそれは我慢できる範囲ですし、そんなことで不満がっているようでは人間として小さすぎますわ」
 智紗希はレイラの言葉にやっとレイラへと振り返った。
 栗色の髪をきれいにまとめ上げ、白くて柔らかそうな頬には赤みが差していて美人と言うよりは可愛らしい人だ。性格がいいのだろうと思われるほどきれいな目をしている。
「平和な世界。闇を照らす賢者が三人」
 智紗希はそう言ってレイラが着替えさすまま黙って突っ立っていた。
 

4 再会

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