Trois sage

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§再会
 征紘がやってきたことを知らされたのは智紗希が着替え、軽めのパンをかじったあとだった。
 智紗希は国王との謁見の間へと案内された。
 重々しいこげ茶色の扉が開き、フルオーケストラが十分コンサートできそうなホールに、重厚そうな椅子、その前に三つの椅子が置かれただけの大きく広い広間に、すでに麻里亜は座っていて入ってきた智紗希を振り返って見ていた。
 左手に持った扇を優雅に揺らし、入ってきた智紗希を睨みつける。
「遅かったわね。あたしを待たすなんて」
「待てとは言ってない」
 智紗希は椅子より数歩手前で立ち止まった。
「お座りください、もう一人の賢者様、そして陛下も参られます」
「……、いや、いい。……うん」
 智紗希はそのまま立ち止まった。
「しかし、賢者様のお席ですのに、」
「いや、その、座る覚悟はないので、そちらのようには……、うん」
 智紗希はマリアの方を見て首をすくめた。
「あ、俺もそれに賛成!」
 智紗希と、レイラそれに麻里亜が扉のほうへと振り向けば、征紘が、まぁ立派に着飾られた賢者の装いで登場した。
「暑苦しいぃ」
 そう言って襟を引っ張りながら近づき、
「無事だった? 俺さぁ、川に落ちて、そのまま滝に飲まれて、危うくマジぃ死ぬかと思ったぜ」
 征紘はけたたましく喋りながら苦しい襟を引っ張った。
「苦しけりゃ脱げば?」
 智紗希の言葉に征紘は一瞬目を輝かせたが、
「脱ぎたいけどよぅ、この下裸なんだ。妙にこのキラキラした奴? チクチクするしよ、おらぁ、○ャニー○じゃねぇっつーの」
 智紗希が首をすくめる。
 麻里亜は扇で顔を隠し、二人を軽視して見上げている。
「にしても、ここどこだよ」
「イディア王国。この世界では二番目に大きな国。多分、北アメリカほどじゃないかしら。地球儀―と言うのかしら―で見たけれど。形は地球のどの部位にも似てなくてほぼ楕円のような歪な形をしていたわ。装飾、建築などの点から見て、古代ローマが適切かと思うわ」
「さすが生徒会長!」
 征紘が煽てる。
(生徒会長だったのこの人、知らんなぁ)
 智紗希はふぅんと言ったきり開放された窓の方を見た。
「陛下のご入室です……、あ、あの、着席を……」
 兵士姿の男が立っている智紗希と征紘の方に促すが、その前に国王は入ってくる。
「私たち、この国の礼儀と言うものが解かりません。ですから無礼を承知でこうやって立っている事をお許しください。そして、どうすれば礼に反しないのか、この二人にお教え願えれたらいいのですけど」
 麻里亜が座らない二人に代わり、仰々しく礼をして述べた。
「いや、結構。賢者といえば国王、女王の次に位のあるもの、べつだん気にめさるな。されど、話の間ぐらいは座られたら如何かな?」
「それは遠慮いたします」
 智紗希はすぐに答えた。
「何故?」
「私には解せないからです」
「解せない? と申すと?」
 智紗希はずっと窓の外を見つめたまま事務的に口を開いた。
「平和な世界に何故三人の賢者が、闇を照らすであろうとされる賢者が現れたのか。不明だからです。一人でいいのならば、そこにいる才色兼備がよくお似合いかと思います。そう、三人も居る必要性が感じられないからです」
 智紗希の言葉に麻里亜は「確かに」と思わず呟き、しかしそれが、自分の考えれなかったことを考えていた―才色兼備だといったくせに―智紗希に、やはり腹が立つ。
 国王は何の返事もしないで智紗希を見返した。
「あ、気にしないでください。ただ、そう思うとその椅子の重みとかに自分が耐えられないと思ったからなので」
「ただの椅子ですぞ?」
 国王の言葉に智紗希はこの国に来て最高の笑みを浮かべ、
「帰りたいのです。これでもかなりパニクってますから」
 と告げた。
 征紘も麻里亜も智紗希のほうを見た。
「すみません、連れてきてくれた方があまりにも無情に馬車を飛ばしたので、疲れたので、休みたいのですが」
 智紗希は目を伏せた。
(動揺するな、冷静になれ。やっとパニくってんじゃないよ、そんなことは着て早々にするべきことだよ。智紗希! しっかりしろ)
 智紗希は左胸に手を置いて深く呼吸をした。
 国王は黙っていたが暫くして、入り口の扉が開いた。
「おお、オヴァートン卿、いいところに来た。それに、シーマ候とカドヴァン君」
 智紗希たちが振り返れば、紫の上着を着た三十過ぎのオヴァートン卿と、二十代はじめぐらいの若いシーマ候が入って来た。
 オヴァートン卿は穏やかそうな雰囲気の中に機敏さと英知を感じられた。口ヒゲもいやらしくはないし、剣の腕も良いらしく腰に下げている剣はカニンガム卿のような飾りではなさそうだ。
 シーマ候はとにかく若かった。長身だが体躯はがっしりとしている。細い顔に口ヒゲはなく、下ろした前髪がさらさらと垂れている。
 カドヴァン君と言うのは学生らしかった。本当は彼の師事する教授が来るのだったが、二三日前に国外れの村に遺跡探査に行ってまだ帰っていないらしく、代理人を寄越したのが彼だ。眼鏡をかけ少々気の弱そうな彼でも、国王の妹君の子供、つまり国王の甥の家庭教師をしているようだった。
 智紗希はシーマ候を見入ってしまった。
(どこかで逢った? 違う、そんなんじゃない。何だろう、この人)
 不可思議な感情に囚われた。智紗希でも恋愛感情は一応持ち合わせてはいる。だが、これはそれに相当しない。デジャブとか、再念―不意に思い出したりするような―とか、そういう不可思議な現象に似ている。
「彼らはわが国きっての智者で、賢者殿の相手を頼んでおきました。」
 オヴァートン卿はすいと一歩踏み出し、頭を下げると、丁寧な紹介をし、シーマ候とカドヴァン君の紹介もした。この数分で彼らの人隣さえも解かるほどの丁寧な説明だった。
「さて、三賢者殿、今宵は酒宴を開いたので、このまま私と会場の方へ行ってもらいたい」
 国王が立ち上がると、側に居たものたちがぞろぞろと酒宴へ行くための準備をし始めた。
 智紗希はちらちらとシーマ候を見る。彼はただじっと国王の方を見ているだけで目など動かしてなど居なかった。
 ざっと智紗希の背中を押すような感触の囚われ智紗希が振り返ると、征紘も同時に振り返り彼の顔は険しく歪んだ。
 開け放した窓に見えるのは青い空だけだ。だが嫌な物の気配を感じる。
 他の物は二人の妙な行動に窓の外を見るが何も感じないばかりか見えない。
「な、何だ、あれ……」
 征紘が絶句したが、智紗希には見えない。
「やだ、何、変な感触」
 麻里亜にも感触だけは伝わったらしい。
「あ、……あ、あれって、龍?」
 智紗希がそう言って数秒、風がぶわっと部屋を吹きぬけた。
 智紗希が顔を顰め、征紘はどっと汗を流し、風が過ぎたあと膝をついて四つん這いになった。
「な、何よ、あれ!」
 麻里亜が過ぎ去ったであろう風の抜け道を指差して金切り声を上げた。
 智紗希は大きく肩で息をし、風の過ぎたほうを見た。
 周りの誰もが見えなかったようで、お互いの顔を見合わせていたが、シーマ候だけは風の過ぎたほうを横目で見ていた。
「何が、あったというのです? この時刻になればあの突風は吹くことは良くあることですぞ?」
 征紘は口も聞けないほどで、ようやく腰をつき仰向けになって息を整えている。智紗希の息は平常に戻っていたが返事をする気にはなれないようだった。
「変な怪物でした。どんな、といえば、……―樋口 智紗希の言葉を借りるのは本当に癪なのだけど―西洋の龍ですわ。ヤモリのような体に大きな二枚の羽。口から覗いていた牙の大きかったこと……。あれが見えなかったのですか?」
 麻里亜は国王に聞き返す。
「龍? 化け物? そんな物は、」
 征紘が見えて、智紗希が見えて、麻里亜が見えた。三人が同時に見えたのではない。それも、変な具合に見えるなど、彼らは賢者なのだろうか? そういえば、誰かも言っていた。そして智紗希も、何故三人も賢者が現れたのか。単なる、歪みに落ちただけなのじゃないか。
 国王の耳にもその話は入ってきていた。不意にそういう疑心に駆られると相手をそういう目で見てしまう。
 

5 再会

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