メリー・クリスマス

松浦由香


12月15日

 どきどきした。
 ひなたは目の前の光景に息を飲んだ。それほどかっこいいとも、好きでもなかったけど、今、さっき、高い高いバーを軽く飛び越えた彼に、どきどきした。
 彼の名前は、春日 玲緒。クラスで目立つ方じゃないし、人気がある方でもない。でも、よく見れば、かっこいいし、少しハーフにも見える。
 高飛びのバーが微かにも揺れないほど、玲緒君は軽やかに飛び越えた。クラスの誰もが飛び越えられなかったバーを。ただ一人、飛び越えた。
 それで人気が出たと言うことはない、クラスには、クラスいちモテる、真宏君が居るのだから。
 でも、その真宏君と玲緒君は幼なじみで、よく二人で居る。気があって、よく二人で笑っている。
 ひなたは、その瞬間から、玲緒君を追いかけるようになった。

「そりゃ、一種の恋だな。」
 イヴが来てもう三週間が経つけど、イヴがひなたに言われたように、おばあさんの荷物を持って、感謝されても、電車の椅子を譲っても、財布を拾って交番に届けても、イヴはサンタにはなってないで、ひなたの家にいて、横柄な猫をしている。相変わらず猫まんまが大好きで、がっつくように食べている。
 ひなたはイヴに言われて顔を赤めた。嬉しそうだなと言うから、凄かった話をしただけなのに。
 でも、真っ赤になったきり、反論すらできない。
「そんなにかっこいいのか?」
「かっこいいっていうかね、凄かったんだよ、ひょいって飛んだの。まだまだ飛べそうだったけど、「足痛めた」って、途中で止めたんだよね。」
「カッコつけしいだなぁ。」
「そんなこと無いよ。」
 ひなたは夢中で反論していた。玲緒君が何故飛ばなかったか、その後、真宏君の番だったから、真宏君はその前のバーで、かすかに触って、ぎりぎり飛び越えたのだ。そのバーが飛べるわけがない。二人の関係を見ていれば、玲緒君は真宏君に遠慮しているようなところがある。まるで、ずっと後ろにいるような感じで。
「つまり何かい? その真宏ってこの方をモテさすために、玲緒君は身を引いて日陰人してるってこと?」
「日陰人?」
「忍者とか、影武者みたいなこと。」
「そう言う風に見えただけ。」
「ふぅん。」
 イヴは感心ないのか、それ以上その話を続けようとはしなかった。
 でも、ひなたの心は、ほくほくで、玲緒のあの飛んだ姿が今でもはっきりと目に浮かび、今でもどきどきしている。


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