1 「馬鹿に付ける薬はない」

 少しだけ緩い陽射しとともに、ガラスを越してくる暖かさの中、人は好んでその側に寄り、暖を取っていた。
 初冬。枯れ葉が一枚、一枚と落ちるのを感慨深げに、腕組みをし、そして見つめている一人の男子高校生。名前を、矢吹 陸。この櫻蔭高校の生徒会長だ。
 緩いくせっけの髪を掻き上げ、窓に手を付くと、深くため息を付いた。
「どうした?」
 側に座っていた副生徒会長、高杉 真哉が読んでいた本から目も離さずに聞くと、量は真哉の膝前に椅子をくっつけ、それをまたいで再びため息をこぼす。
「鬱陶しい。」
 真哉は嫌そうに本から目を陸に向けると、再び大きなため息を付く。
 真哉は眼鏡をかけ直し、本を閉じてそれを横の机に置く。それを陸は目で追い、真哉が腕組みをするまで待った。
「で?」
「セックスしてぇよぅ。」
 真哉は、相変わらず。と言う顔をして、黙ってその続きを待つ。
「やっぱさぁ、こう人恋しい時期、肌のぬくもりって必要だとおもわねぇか?」
「別に。」
「冷たいぞ、しんちゃん。」
「どうしたいんだよ。」
「いい女をさ、こう、縄で縛んのな、そんであんな格好や、こぅんな格好をさせるわけだよ。」
 陸の趣味により、彼が今現在行っている不適切な行動についての説明はカットする。とにかく、以上の陸の行動を真哉は眼鏡の奥から黙ってみていたが、ある音とともに、再び本を取り上げそれを読み始めた。
「聞いてんのか? 真哉。」
「どうするって?」
 陸が嫌そうな顔をして振り仰ぐ。そこに立っていたのは、今期の生徒会唯一の女子生徒、露崎 睦月。肩で切り揃えた漆黒の髪は、そうでなくても利口そうで、堅そうな彼女の顔をいっそう引き立て、真面目で、融通の利かない顔に見せていた。
「お前にゃぁ、かんけ−ねー。」
「そう。じゃぁ、さっそくで悪いんですけど、生徒会長、」
 彼女の口調は決まってトゲがある。そして必ず馬鹿にしたような意味合いが含まれている。
「そんなさぁ、真哉にだって手伝わせろよ。」
「俺は済んだ。露崎、あの机に置いてるから。」
「いつも仕事早いわね、高杉は。」
 睦月はそう言って真哉がおいたと言った机に近付く。十二月に、学園祭がある。それが済むと冬休みになるため、この時期、クリスマスと学園祭告白で、誰かれ妙に浮かれている。
「露崎さん。」
 書記の亀山 陽太と、村瀬 孝典が紙の束を持って入ってきた。
「ありがとう、ここにおいてくれる?」
 二人ともまだ一年で、どういうわけだか書記をやらされる羽目になった。陽太はテニス部に入部したかったのだが、部活紹介の日に、陸の足を踏み、そのままここに居る。少しおとなしく、気弱そうだが、なかなかなスポーツマンである。
 孝典は陽太の知り合いだっただけだ。同じ中学だっただけ、会話すらしたことがなかったが、何故だか彼に誘われてここに居る。少し赤茶けた髪は肩に触れ、いつも上目遣いで居る。
「そりゃなんだ?」
 陸が聞くと、睦月は一枚取り、彼に手渡す。真哉がそれを横から覗く。
「学園祭、屋台見取り図? 要るのか?」
「要るでしょ、うちの生徒ばかりじゃないんだから。」
「なる。で、お前のクラス何やるんだ?」
「喫茶店。一階理科室よ。」
 陸が天井を見上げ、ほくそ笑む。確か、睦月のクラスには、学園美少女コンテストで優勝した、雛形 サリナが居るではないか。
「うちの店ね、超ミニスカート履いて接客することになってるの。」
 睦月がそう言うと、陸は雄叫びを上げる。
「でも残念だわ、生徒会長、これを終わらさなければ、見に行けませんよ。終わります?」
 陸は机に置かれた生徒の苦情などの紙の束を見て、鼻息荒くそれを読み始めた。
「お見事。」
 真哉が立ち上がり、見取り図を睦月に返してきて小声でいう。
「まったく、スケベ。」
 睦月は嫌そうに吐き捨てる。
「あ! お前もミニ履くのかよ。」
「一応そうなってるけ……何よ、その嫌そうな顔は!」
 陸は嫌そうな顔をして、紙へと目を向ける。
「まぁ、まぁ。」
 陽太が睦月を宥め、孝典は大笑いをして、睦月の顴骨を受ける。
「なんで、オレがぁ。」
 そう言う孝典を無視し、睦月は見取り図をクラスの数分、分け始める。
「なぁ、」
 陸が不思議なものでも見つけたかのような声を出すと、全員が陸の方を見た。陸が一枚の生徒会様へと言う上を四人に向けた。
 その上は、B5判の藁半紙で、中央に、小さく「助けて」という文字。
「何?」
 睦月が近付き、それを取り上げると、顔をしかめる。
「助けて?」
「悪戯ですか?」
「……にしては、リアルね。」
 睦月の背後から覗いていた真哉が紙を取り上げると、暫く考えてそう呟いた。
「オレも、そう思う。」
「なんでです?」
 陽太の質問に、真哉が紙を睦月に渡しながら説明をした。
「なぜ小さく書いたのか、悪戯にも見えるから。つまり、誰かに見られたくなかったんだろうな。そしてその誰かに見られても、解らないほどの小さな字。微かに震えているのが、隠している証拠だ。」
「震えてる? あ、ほんとだ。でも、こう言うのって。」
「じゃぁ、書いてごらんよ。」
 睦月が陽太にシャーペンを渡すと、陽太は手を震わせて書く。だが、いっこうにそれに近い字は書けなかった。
 小さく小刻みで、しかも規則正しく震えていなければ書けない字。ワザと震わせても、絶対に書けない字だった。
「いじめ、でしょうか?」
「でもそれって生徒会の仕事っすかぁ?」
 孝典の言葉に睦月と真哉は黙り紙を見た。
「それは、職員の仕事、だろうな。」
「だが、」
 陸が頷きを入れて言い放った。
「だが、助けてくれと書かれていて、無視するのは、いじめを黙認して居るも同じだ。」
 陸の言葉に孝典は嫌そうな顔をする。
「でも、助けて、先輩や、俺らに、」
 陸はしっかりと孝典を見つめ、
「お前には、オレが居る。心配するな。」
 その声の力強さ、そして笑顔、孝典は安心したような顔をした。
「もしいじめられたら、オレがいの一番でお前をいじめてやるから。」
 孝典は顔をしかめ、睦月と真哉を見た。二人とも我かんせずに顔を逸らしている。なんでここに来たのだろう。そう後悔する孝典であった。
「それで、差出人は?」
 陽太がその紙の前後をめくる。
「一年五組、ですね、」
「一年五組と言えば、加門 佳子ちゃんが居るじゃないか!」
「また女。」
 睦月が頭を押さえると、再び紙を持ち上げていた真哉が軽く唸った。
「他に解った?」
「なんか、やばそうな気配がする。」
「やばそう?」
「なんか、よく解らんが。」
 睦月が首を傾げると、真哉の目と合う。
「何はともあれ、加門 佳子ちゃんだ。」
「違うでしょ。」
 孝典に突っ込まれながら、とりあえず五人は戸の側まで行くと、陸がくるっと振り返り、その視界から睦月と真哉がしゃがんで消え、孝典はその横を通って過ぎると、振り返った陸の真ん前に陽太が立つ形になった。その陽太の肩を陸が掴み、
「お前、お留守番。」
 と言い残し、睦月と真哉に手を振られ、孝典には軽く、
「じゃぁな。」
 と言い残され、陽太は留守番をする羽目になった。
「なんでだぁ!!!!!」
 一年五組、南校舎四階のほぼ中央にあり、男子十三名、女子十名のクラスだ。ちなみに、この学校は二十名学級制度をすでにとっていて、どこも生徒数はこの程度だ。
 陸と真哉が教室を覗くと、ひそかに悲鳴が上がった。睦月が二人の顔を見上げる。確かに格好良く、この生徒会選挙でも、ここぞとばかりに女子から手紙やら、何かを送られていた。
「このクラスにさぁ、いじめある?」
 陸の率直な言葉に、彼らに近付いてきた女子は立ち止まり、真哉がその後頭部を叩きつける。
「率直すぎ!」
 あのあと、誰も何も言わず、近付こうとしていた女子は顔を合わせて席に着き、寡黙になってしまった。だから四人は仕方なく生徒会室に戻ったのだった。そして、陸は真哉に言い捨てられ、机に膝を抱え込んで拗ねてしまった。
「でも、あれはいじめというよりって感じね。」
 睦月がややあってそう言うと、真哉も同感と頷いた。
「いじめじゃないとすると?」
「ああいう時ってね、いえ、いじめある? なんて外部に聞かれると、誰かがその標的を睨むものだけど、誰も見なかった。お互いの顔を見合わせ、お互いに恐怖しているように押し黙った。クラス中がいじめを受けているような感じ。」
「誰に? 否、どこのクラスに?」
「どこのクラス? それも当てはまらないと思うわよ。」
「じゃぁ、センコー?」
 孝典がそう聞いて睦月は首を振り、あの紙を見た。
「なんだかなぁ。」
 陸が嫌気がさしたように呟いたとき、陽太が慌てて入ってきた。
「聞きました!」
 その顔は走ってきた紅潮と、話の内容に青白さが一緒になっていた。
「あのクラス、出るんですよ。」
「何が?」
「幽霊ですよ。」
「は?」
「聞いたことがない。」
 孝典は絶句し、陸は呆れたような声を出す。しかし、陽太はそれを余所に話を続ける。
「それが、あのクラスだけなんですよ。あのクラスの誰かが、家とか、校外で一人で居ると、何かしらの心霊現象が起こってるんですって。」
「何かしらって?」
 睦月はそう言いながらプリントの裏にシャーペンで記入を始めた。
「見た話を人伝てに聞いたので、誇張とかあると思いますけど、男子が塾の帰りにいつも通ってる道を自転車で帰ってたら、前輪パンクしたんですよ。」
「釘でも刺さったんだろ。」
「でも、自転車屋に行くと、パンクしてなくて、空気がないって。その次も、その次も同じ。一週間そのパンクのような空気漏れのあと、こんどはブレーキ故障。その時はスピード出してなかったから怪我なんかしてなかったけど、また自転車屋に行くと、ぜんぜん何ともないって。それがやっぱり一週間、そしてついに、怖くなってスピード上げて行き過ぎようとして横転、足首捻挫に、擦り傷作ってしまったらしいんす。」
「偶然だろ。」
 陸はあくまで無関心に欠伸をしていたが、睦月はそれをしっかり書き留め、真哉は難しそうな顔をした。
「おいおい、お前ら、その幽霊だとかって信じてねぇだろうな?」
「信じる信じないの以前。と言いたいが、偶然が折り重なるのは妙だろ? 他にもそう言う話しがあるのか?」
「ええ、階段から、突かれたとか、しかも自宅で。」
「なんで校外なのかしらね?」
「そう言うのが流行ってるのか?」
 孝典の言葉に睦月と真哉が孝典を見る。
「つまりさ、そう言う心霊現象をしていないと取り残された感じがして、みんながそう言う話しをしているうちに、見てないし、起こってないのに、そう思うって言うか、」
「集団催眠か!」
「でも、誰がかけたってんだよ?」
「自分たち自身。」
 真哉の言葉に陸は呆れた風に首を振って言う
「催眠術っていうのは、誰かにかけられるもんだろ?」
「否、自己集中が強いと自分でかかる。例えば、イメージトレーニングで優勝するとイメージした選手が優勝するのと同じように、もしそうなら、話しの膨れ具合で、誰かが自殺するかもしれん。」
「なんでだよ、催眠術だろ? そんな自分でかかって、自殺するかよ。」
「その集団催眠が、誰かのパンクから始まったとして、同じように誰かもパンクをし、それが何人か続くと、こんどは「誰かが階段から突き落とされたりしてね」なんて誰かが言うと、その通りになる。それも、その言葉を聞き、それを思いだした奴だ。みんなで居るあいだは忘れているが、一人になると思い出す。そう、パンクの時一人で居たと言っていたとか、そう言う瞬間的な記憶の断片があわさってだ。そして、事故が増えていき、気付くと、誰かが死ぬかも。と言う空気が流れる。その前に小さな犠牲者で居るなら、もう絶対呪われない。そう信じているとしたら。」
「まだ一度も『災害』に在っていない子が、危ないわね。」
「そんなんで死ぬのか?」
「自殺。ええ、結局それで片付くだろうけど、もしそれを理解し、それを操る人がいれば、それは立派な犯罪だわ。」
「おいおい、」
「そうですよ、露崎先輩。」
「否、露崎の言うとおり、無きにしもあらずだ。パンクが本当の偶然で重なったとき、階段で誰かが落ちるわね、などと言えば、そう、何度もその話題を怖がって言っていると、それは伝播する。」
「怖い怖い、次は私かも。そう言い続け、自分は軽い怪我、もしくは未遂で終わらせたあと、突き飛ばされるとか、事故に遭うとか、呪われているのよ! とでも言えば。」
「そんな、悪質な。」
 睦月と真哉は陸を見下ろす。
「もう一度、行ってみるか。一年五組。」
 四人は、
「陽太は留守番な。」
 と、一年五組に向かった。
「なんでだ!!! ボクが聞いてきたんですよ!」
 一年五組のクラス付近に着たとき、その中が異様な興奮にあると、空気が他と違っていた。孝典が戸を開けると、一人の生徒が窓から身を乗り出しているところだった。小柄な少女で、おとなしめで、眼鏡を掛けていた。
「おい、止めろよ!」
「だって、呪われてるんだもの!」
 誰かがそう言った言葉に陸の頭に血が上った。まだ冗談だと思っていた陸に、睦月と真哉の話しは真実だと言ったのである。そして今、二人の話を総合し、陸にとって『くだらない催眠術』で彼女はそこから飛び降りようとしているのだ。幽霊に呪われ、幽霊によって殺されると。
「ああ! でも、幽霊も人を殺しても生き返らないし、結局どっか行く。案外すでに居なかったりしてな。第一、一人で居ないじゃん。それに、お前、一人じゃないだろ? 友達も、家族もいるだろ?」
 陸はそう言って女子生徒に近付くと、はらっと涙を流した女子の腕を中へと引っ張った。
「私だけだったの、みんな、次は、私だって、次こそ、呪い殺されるって。」
 彼女は陸の腕の中で泣き続けた。
 陸が見上げると、睦月が一人の少女の肩に手を置いていた。
「もう、辞めなさいね。」
 肩に手を置かれた子が睦月を睨む。凄い形相だが、睦月は平然と見返し、
「幽霊? そう言うものはそんな姑息な手は使わないわ、覚えておくと良いわ、私が年中長袖の意味、私の腕には悪魔の刻印があって、真夜中、あたしの意志とは別に誰かを殺し回っている。そしてその刻印には口があり、死体を食べている。そう、幽霊なら、もっと酷なことをするわよ。」
 ぞっとするような睦月の声に彼女は身体を跳ねさせ、その場にしゃがみ込んだ。周りの誰もが睦月を恐怖で見つめると、
「嘘に決まってるでしょ、そんな者が居て、長袖だけでおとなしくしているはずないでしょ。」
 そう言うと睦月は高らかに笑った。
 ある意味、お前も催眠術を掛けてるじゃないか、そう陸は思った。
 結局、その日以来幽霊騒動はなくなり、彼女も、パンクした者が三人も居た日にヒントを得ただけだった。飛び降りをしようとした彼女に対しては、テストの点数で、彼女より低く、その時彼女が笑顔で「次頑張ろうね」と言った事への逆恨みだった。彼女はただの励ましだっただけなのに。
「女って、こえぇなぁ。」
 陸がそう言うと、本を読んでいた真哉が陸を見た。
「あいつの腕、絶対居るぞ。そんで、毎夜喰ってんだ。だから、女に見えないんだな。」
 真哉は黙って席を立ち、暫く離れた場所に腰掛ける。それを不思議そうに見ていた陸に、影が降りる。
「餌食になるかい? 生徒会長殿?」
 陸は生唾を飲み、睦月は腕を陸の首にかけ締める。
「ごめんなさぁい!」
 陸が睦月の腕を叩いて暴れる。孝典は大笑いをし、真哉は眼鏡を直しながらほくそ笑んでいた。
 初冬の陽射しは今日も暖かく、枯れ葉が一枚、また一枚と舞っていく。
「大変です!!!」
 陽太が勢いよく戸を開け、その場で俯き、ぜひぃぜひぃと息をしながら、
「露崎先輩って、バケモノらしいです!」
 そう言って顔を上げると、『バケモノ』露崎睦月が仁王立ちに立っていた。
「なんでボクがぁ!!!」
 陽太の絶叫が生徒会室から漏れるが、誰も助けに行く者はなかった。
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