学園祭が近付き、日の陰りが早くなり、すでにすっかり暗くなっている放課後、生徒は楽しげにその準備に追われていた。 ここ、櫻蔭高校生徒会室も、当日の体育館で発表される催し物の登録と、その順番、そしてその手順、その他、校内で開かれる店の規制などの、ようは裏方の仕事をしていた。 生徒会長、矢吹 陸は椅子にもたれ、ぎしぎしと揺らしていた。 「怒られますよ、また。」 そう言ったのは書記の亀山 陽太だ。 「あ? ああ、あのバケモノね。」 陸がそう言った途端、陸に紙パックのジュースの角が飛んできた。そして、陸はそのまま椅子ごと転び、物凄い音を立てた。 「いってぇなぁ。」 放った相手、副生徒会長の露崎睦月は澄ました顔でジュースと菓子パンを、もう一人の副会長、高杉 真哉に手渡していた。 「暴力女。」 「能無し男。」 陸が再び椅子に座り斜めに座ったのを、睦月は椅子の足を払い、また陸は椅子ごと倒れる。 「ほんと、飽きませんね。」 陽太が真哉にこぼすと、二人は陸と睦月が取っ組み合いをしている側から机を遠ざける。 「またやってる。」 そう言ってコンビニの袋を持って入ってきた、もう一人の書記、村瀬 孝典が呆れた口調でそう言うと、陸は孝典に頼んで置いたおにぎりの方へと行き、睦月に舌を出す。睦月は側のはさみを掴み、陸の顔面までそれを引き上げると、二人は苦笑いをして顔を同時に背ける。 五人は一個の机を食事用として、そこでコンビニ弁当、おにぎりを広げていた。 「睦月、ダイエット中?」 陸が笑いながら言うと、睦月は財布を叩いて、 「空なのよ。どっかの馬鹿が、エロ本も! 何て言うから、」 睦月がそう言うと、陸は素知らぬ顔でおにぎりを食べながら、そして本を開く。(未成年には販売していません。あくまで話しの中と言うことで、ご了承下さい) 「ほら。」 真哉がおにぎりを一個睦月の前に差し出す。睦月は微笑みそれを受け取る。陸はそれを本の隙間から見て本へと目を移す。 生徒の影もなく、居残りの先生の追い出しにあって、五人は同時に校門を出た。 「ではまた明日。」 そう言って陽太と孝典は西へ、真哉と陸は東へ、睦月だけが南に別れる。 「送って行こう。」 真哉がそう言って睦月が渡った横断歩道を走っていく。 「陸?」 真哉が振りかえると、陸は嫌そうに手を振って帰る。 「高杉もいいんだよ、家、近いんだし。」 「一人だと、どんな道も心細いだろ? ったく、一緒に来ればいいのに。」 真哉が眼鏡を直し、睦月を見下ろした。すっきりした顔立ち、真面目で、堅物を絵に描いたような睦月は少しだけはにかんだ笑いをして、二人は路地に入っていった。 「なんだかねぇ。真哉も物好きというか、」 と言いながらも、あのあと二人がどうなるのか興味があったし、今、一人だという現状がかなり不服だ。 近くの空き缶をけ飛ばすと、野良犬に当たり、追いかけ回され、公園まで全速で走らされる。犬は諦めてどこかに消え陸はベンチに座って息を整えた。 「仏滅だ。」 そう言って背もたれにもたれ仰いだ空には、綺麗な片月が浮かんでいる。 陸は寒さに目を覚まし、身震いを起こす。どうやら、うたた寝をしたようだ。 「やべ、寒。」 陸は急いで家に帰る。すでに夕飯は済んでいて、母親の小言が料理と一緒に出てきた。 「明日、母さん達旅行だから。」 「は?」 陸は顔をしかめてそう言った母を見上げた。 「二十回目の結婚記念日。」 「兄貴は?」 「彼女のとこにでも行くでしょ。」 「その間のオレの飯は?」 「はい。」 母は五千円札を一枚机に置いた。 「足りるでしょ?」 「おい、まじで? オレ、風邪引いたみたいなんだけど。」 「そんなことお母さんの知ったことじゃないわよ。どうせ、お風呂上がりに服も着ないで、スケベなビデオでも見て、そのまま寝てたんでしょ?」 陸はベットに倒れた。確かに母の言ったことをしたこともある。しかし、そうであっても、大丈夫? ぐらい言えよ、母親だろ? そう思いながら、陸は熱の上昇を感じ目を閉じた。 翌朝、すっかり家には誰も居なかった。陸は頭を押さえながら一応誰も居ないことを確認し、とりあえず誰かの手を借りることを思いついた。しかしそれまで、三時間という時間を費やしたが、陸は解っていない。 携帯のメモリ機能で、一番最初に載せている真哉へと電話を掛ける。 「はい?」 「オレ、腹減った。そんで風邪引いてんだ。鍵開けてるから、助けてくれ。」 陸はそう言うと、電源も切らずに電話を床に落として、そして自分も深い場所に落ちた。 いい匂いがする。目を開けると睦月がタオルを洗面器で洗っているところだった。 「なんでお前が!」 「電話かけてきたでしょ?」 そう言うと、睦月は携帯を陸に突き出す。履歴には『バケモノ』と表示されていた。 「ったく、なんでうちよ。そりゃ、大事な彼女に風邪を移させたくないのなら解るわよ、だったら、高杉でもいるでしょ? なんであたしよ。」 睦月はそう膨れながらも、お粥を作り、汗をかいた陸の服を洗濯してくれていた。 「これで移ったら慰謝料払えよ。」 睦月はそう言って鞄を掴む。 「どこ行くんだよ。」 「家に帰るのよ。まだ居て欲しいわけ? バケモノに。」 「ああ、帰れ、帰れ!」 睦月は何も言わずに部屋を出て、玄関の戸も閉まる音がした。 「なんで、あいつんちなんだよ。」 陸は携帯を睨んだ。でも、お粥は程良くて旨かった。 月曜日。陸の風邪はまだ完全ではなかったが、それでも学校に来ていた。間違って睦月を呼んで、その後、真哉を呼ぶ気にもなれず、結局、二日、睦月が作ってくれたお粥で食いつないだ。 「心持ち痩せてないか?」 真哉がそう言うと、マフラーで隠していた口を出し、態とらしく大きな咳をする。 「あれ、陸先輩どうしたんすか?」 「風邪引いた。」 「また、風呂上がりに何も着ないでHしてて、そのまんま寝たんでしょ。」 陸は膨れて孝典を睨む。親に言われるのはいいが、なんでお前に言われないかんのだ。 「ところで、睦月先輩は?」 「彼女は風邪だって。」 真哉は、陸の咳を払うような仕草をしながらそう言うと、陸の咳が止んだ。 「風邪?」 「ああ、彼女の場合は風邪。お前の場合は、知恵熱だな。」 真哉はそう言って、いつもなら睦月はする生徒会室日誌を開いた。睦月らしい几帳面な字がびっしりと並び、こと細かいことまで書かれている。 「几帳面な女。」 「そうだな。」 真哉も同調し、その字の多さに苦笑いをする。 「先輩、これ。」 陽太が箱を抱えて入ってきた。「目安箱」ならぬ「櫻蔭高校よろず箱」。 「すでに先輩達のファンレター入れになってますよ、これ。」 生徒会室前に置いてある箱に、陸と真哉宛の手紙が大多数を締めている。中にちらほらと、孝典と陽太の手紙もある。 「そういやぁ、露崎の手紙はねぇなぁ。」 陸は一通ずつ仕分けしている孝典の手元を身ながら言う。 「あいつ、やっぱ男じゃないのか? 女からあったりしてな。」 そう言ったとき、一通の可愛らしい手紙が落ちた。四人は顔を見合わせその宛名を見た「鈴木 裕実」 「女か?」 「そう言うことはお前がよく知ってるだろ?」 真哉の言葉に陸は首を傾げた。そんな名前の女子居ただろうか? だが、陸が約半数の女子の名前を覚えていると言うこともない。知らない名前もあるだろう。 「よぅし! いっちょからかいに行くかぁ。」 陸は手紙を持って不適な笑みを浮かべる。それを見上げた真哉は呆れたように首を振った。 「で、なんでオレっすか?」 「そう言うな、タカよ。」 孝典は嫌そうに睦月の家の呼び鈴を鳴らす。暫くして戸が開くと、弟らしき男が出てきた。 「あ、睦月先輩いますか?」 「どちら様で?」 「櫻蔭の生徒会長と、書記です。」 「ああ、ちょっと待って下さい、姉ちゃん。」 やはり、弟か。まぁ、似てるしな、声とか、その容姿。あいつ胸無いからなぁ。と陸が考えている向こうから、睦月の「上がってもらって」の声が聞こえた。 「どうぞ、こっちっす。」 弟は二人分のスリッパを出し、廊下を進んでいった。 「どうぞ。」 戸を開けると簡素な部屋の布団の上で睦月が起きていた。肩から淡いピンクのカーディガンをかけ、開いた戸から見えた来客に顔に驚いていた。 「何? なんであんた達なのよ。」 「悪かったな。」 陸は遠慮せずどかっと入り(入り口にスリッパ脱ぎ場と書かれたマットがあったので、そこでスリッパは脱ぐ)、睦月の机の椅子に腰掛けた。 「お、お邪魔します。あ、これ、真哉先輩と、陽太とオレからの。」 「ああ、生徒会長からはないのね。」 「ねぇ、ねぇ。」 陸は手を振ってそう言うと、入り口で立っている弟を見た。 「いやぁ、良かったねぇ、姉ちゃん。男が来てさ。で、どっちが本命?」 「葉月!」 弟は睦月の怒号で走り去った。その声に睦月は頭を押さえ、孝典は身体を仰け反らせる。どうも、陸の影響か、睦月が本当にバケモノに見える。 「で、何?」 「見舞いだよ、見舞い。」 睦月は陸の顔を斜に見上げ、孝典の方を見た。 「オレは、陸先輩の付添です。」 「ありがとう。明日には学校行けるわ。熱も下がったしね。」 睦月はそう冷たく言って、その後柔らかく笑った。その笑顔を孝典は結構「可愛い」と思ったりする。 「お前は騙されている。」 陸は睦月の家から出てそう言うと、孝典は怪訝そうに陸を見た。 「あいつの笑顔に、可愛いと思ったろ? 甘いな、あいつはバケモンだ。バケモノめ、人間の男をかどわかす術を身につけたな。」 孝典は怪訝な顔をまま、先を歩く陸を見る。こういう場合話を合わせてそうだと言っていいものか、だが、言うと、 「冗談に乗るな。」 とど突かれる。 何なんだこの人。孝典は頭をさすりながら陸の背中を見送った。 「そう言えば、手紙、渡さなかったなぁ、もしかして、本気で睦月先輩の見舞いに? わからんなぁ、あの人だからなぁ。」 翌日、睦月は学校に来ていた。でもまだ熱の所為かぼっとしていて、身体も痛い。 「これで行くのやだな、どうせ、生徒会長、またエロ本見てるだろうし、高杉が仕事やってくれるよね、帰ろう、かな。」 睦月は一度は靴箱に足を向けたが、引き返し生徒会室に行く。 中は案の定だった。陸はH本を読んでいたし、真哉は寡黙に本を読み、側には仕事の済んだ紙の束が置かれている。暇を持て余しているような陽太と孝典は紙相撲をしている。それなら帰れ。と思うが、何故だかここで五時の帰宅放送まで残るのが、五人の日課になっていた。 「睦月先輩。大丈夫ですか? 顔、赤いっすよ。」 「え? ああ、まぁね。で、仕事、済んだんだね?」 「一応、今日までだったからな、屋台登録、明日は集まり無しにしようって話しをしていたところ。」 真哉がそう言って側の紙束を叩く。 「お前、どうせならずーっと休んでていいぞ、そうなれば臨時で、雛形さん連れてくるし、いやいや、櫻蔭水着美少女の七瀬さんも良いなぁ。」 「あ、っそ。じゃぁ、帰る。」 睦月はくるっと踵を返して帰っていった。 「本当に帰った。大人しい。」 「元気になったら、怖いですよ。陸先輩。」 陽太の心配などどこ吹く風、陸は臨時で選ぶ副会長に思いを馳せている。 「行くんじゃなかった。」 睦月は靴を履き替え側にある傘立てに腰掛け俯いた。目が回りだし、気持ちさえも悪い。 「帰れるかな、あたし。」 その時、睦月の前にしゃがんだ背中が見えた。 「生徒会長?」 「乗れよ、送ってってやる。」 「良いわよ、変態。」 「あのなぁ、滅多にないぞ。」 「だから良いのよ、不気味じゃない。何よ、新しい副生徒会長に、雛形さんをたのめってそう言いに来たの?」 「そんなんじゃねぇよ、乗れよ。」 「いい。」 睦月はそう言って更に俯くと、陸はそのまま背中に睦月を滑らせ、おぶって帰った。 「いい、って言ったのに。」 「雛形さんに口添えしろよ。」 「しない、ただであたしの足触ってるじゃない。」 「けつも触るぞ。」 「髪の毛引っこ抜くよ。」 陸は唸り、睦月は失笑して陸に全体中を任せた。 「お前、馬鹿だな、まだ熱下がってねぇじゃないか。」 そう言ったが、睦月は黙っていた。眠っているのか、それとも反撃をしないのか定かではないが、 「ありがとう。」 の声は聞こえた。 |
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