2 「鬼の目にも涙」

   学園祭が近付き、日の陰りが早くなり、すでにすっかり暗くなっている放課後、生徒は楽しげにその準備に追われていた。
 ここ、櫻蔭高校生徒会室も、当日の体育館で発表される催し物の登録と、その順番、そしてその手順、その他、校内で開かれる店の規制などの、ようは裏方の仕事をしていた。
 生徒会長、矢吹 陸は椅子にもたれ、ぎしぎしと揺らしていた。
「怒られますよ、また。」
 そう言ったのは書記の亀山 陽太だ。
「あ? ああ、あのバケモノね。」
 陸がそう言った途端、陸に紙パックのジュースの角が飛んできた。そして、陸はそのまま椅子ごと転び、物凄い音を立てた。
「いってぇなぁ。」
 放った相手、副生徒会長の露崎睦月は澄ました顔でジュースと菓子パンを、もう一人の副会長、高杉 真哉に手渡していた。
「暴力女。」
「能無し男。」
 陸が再び椅子に座り斜めに座ったのを、睦月は椅子の足を払い、また陸は椅子ごと倒れる。
「ほんと、飽きませんね。」
 陽太が真哉にこぼすと、二人は陸と睦月が取っ組み合いをしている側から机を遠ざける。
「またやってる。」
 そう言ってコンビニの袋を持って入ってきた、もう一人の書記、村瀬 孝典が呆れた口調でそう言うと、陸は孝典に頼んで置いたおにぎりの方へと行き、睦月に舌を出す。睦月は側のはさみを掴み、陸の顔面までそれを引き上げると、二人は苦笑いをして顔を同時に背ける。
 五人は一個の机を食事用として、そこでコンビニ弁当、おにぎりを広げていた。
「睦月、ダイエット中?」
 陸が笑いながら言うと、睦月は財布を叩いて、
「空なのよ。どっかの馬鹿が、エロ本も! 何て言うから、」
 睦月がそう言うと、陸は素知らぬ顔でおにぎりを食べながら、そして本を開く。(未成年には販売していません。あくまで話しの中と言うことで、ご了承下さい)
「ほら。」
 真哉がおにぎりを一個睦月の前に差し出す。睦月は微笑みそれを受け取る。陸はそれを本の隙間から見て本へと目を移す。
 生徒の影もなく、居残りの先生の追い出しにあって、五人は同時に校門を出た。
「ではまた明日。」
 そう言って陽太と孝典は西へ、真哉と陸は東へ、睦月だけが南に別れる。
「送って行こう。」
 真哉がそう言って睦月が渡った横断歩道を走っていく。
「陸?」
 真哉が振りかえると、陸は嫌そうに手を振って帰る。
「高杉もいいんだよ、家、近いんだし。」
「一人だと、どんな道も心細いだろ? ったく、一緒に来ればいいのに。」
 真哉が眼鏡を直し、睦月を見下ろした。すっきりした顔立ち、真面目で、堅物を絵に描いたような睦月は少しだけはにかんだ笑いをして、二人は路地に入っていった。
「なんだかねぇ。真哉も物好きというか、」
 と言いながらも、あのあと二人がどうなるのか興味があったし、今、一人だという現状がかなり不服だ。
 近くの空き缶をけ飛ばすと、野良犬に当たり、追いかけ回され、公園まで全速で走らされる。犬は諦めてどこかに消え陸はベンチに座って息を整えた。
「仏滅だ。」
 そう言って背もたれにもたれ仰いだ空には、綺麗な片月が浮かんでいる。
 陸は寒さに目を覚まし、身震いを起こす。どうやら、うたた寝をしたようだ。
「やべ、寒。」
 陸は急いで家に帰る。すでに夕飯は済んでいて、母親の小言が料理と一緒に出てきた。
「明日、母さん達旅行だから。」
「は?」
 陸は顔をしかめてそう言った母を見上げた。
「二十回目の結婚記念日。」
「兄貴は?」
「彼女のとこにでも行くでしょ。」
「その間のオレの飯は?」
「はい。」
 母は五千円札を一枚机に置いた。
「足りるでしょ?」
「おい、まじで? オレ、風邪引いたみたいなんだけど。」
「そんなことお母さんの知ったことじゃないわよ。どうせ、お風呂上がりに服も着ないで、スケベなビデオでも見て、そのまま寝てたんでしょ?」
 陸はベットに倒れた。確かに母の言ったことをしたこともある。しかし、そうであっても、大丈夫? ぐらい言えよ、母親だろ? そう思いながら、陸は熱の上昇を感じ目を閉じた。
 翌朝、すっかり家には誰も居なかった。陸は頭を押さえながら一応誰も居ないことを確認し、とりあえず誰かの手を借りることを思いついた。しかしそれまで、三時間という時間を費やしたが、陸は解っていない。
 携帯のメモリ機能で、一番最初に載せている真哉へと電話を掛ける。
「はい?」
「オレ、腹減った。そんで風邪引いてんだ。鍵開けてるから、助けてくれ。」
 陸はそう言うと、電源も切らずに電話を床に落として、そして自分も深い場所に落ちた。
 いい匂いがする。目を開けると睦月がタオルを洗面器で洗っているところだった。
「なんでお前が!」
「電話かけてきたでしょ?」
 そう言うと、睦月は携帯を陸に突き出す。履歴には『バケモノ』と表示されていた。
「ったく、なんでうちよ。そりゃ、大事な彼女に風邪を移させたくないのなら解るわよ、だったら、高杉でもいるでしょ? なんであたしよ。」
 睦月はそう膨れながらも、お粥を作り、汗をかいた陸の服を洗濯してくれていた。
「これで移ったら慰謝料払えよ。」
 睦月はそう言って鞄を掴む。
「どこ行くんだよ。」
「家に帰るのよ。まだ居て欲しいわけ? バケモノに。」
「ああ、帰れ、帰れ!」
 睦月は何も言わずに部屋を出て、玄関の戸も閉まる音がした。
「なんで、あいつんちなんだよ。」
 陸は携帯を睨んだ。でも、お粥は程良くて旨かった。
 月曜日。陸の風邪はまだ完全ではなかったが、それでも学校に来ていた。間違って睦月を呼んで、その後、真哉を呼ぶ気にもなれず、結局、二日、睦月が作ってくれたお粥で食いつないだ。
「心持ち痩せてないか?」
 真哉がそう言うと、マフラーで隠していた口を出し、態とらしく大きな咳をする。
「あれ、陸先輩どうしたんすか?」
「風邪引いた。」
「また、風呂上がりに何も着ないでHしてて、そのまんま寝たんでしょ。」
 陸は膨れて孝典を睨む。親に言われるのはいいが、なんでお前に言われないかんのだ。
「ところで、睦月先輩は?」
「彼女は風邪だって。」 
 真哉は、陸の咳を払うような仕草をしながらそう言うと、陸の咳が止んだ。
「風邪?」
「ああ、彼女の場合は風邪。お前の場合は、知恵熱だな。」
 真哉はそう言って、いつもなら睦月はする生徒会室日誌を開いた。睦月らしい几帳面な字がびっしりと並び、こと細かいことまで書かれている。
「几帳面な女。」
「そうだな。」
 真哉も同調し、その字の多さに苦笑いをする。
「先輩、これ。」
 陽太が箱を抱えて入ってきた。「目安箱」ならぬ「櫻蔭高校よろず箱」。
「すでに先輩達のファンレター入れになってますよ、これ。」
 生徒会室前に置いてある箱に、陸と真哉宛の手紙が大多数を締めている。中にちらほらと、孝典と陽太の手紙もある。
「そういやぁ、露崎の手紙はねぇなぁ。」
 陸は一通ずつ仕分けしている孝典の手元を身ながら言う。
「あいつ、やっぱ男じゃないのか? 女からあったりしてな。」
 そう言ったとき、一通の可愛らしい手紙が落ちた。四人は顔を見合わせその宛名を見た「鈴木 裕実」
「女か?」
「そう言うことはお前がよく知ってるだろ?」
 真哉の言葉に陸は首を傾げた。そんな名前の女子居ただろうか? だが、陸が約半数の女子の名前を覚えていると言うこともない。知らない名前もあるだろう。
「よぅし! いっちょからかいに行くかぁ。」
 陸は手紙を持って不適な笑みを浮かべる。それを見上げた真哉は呆れたように首を振った。
「で、なんでオレっすか?」
「そう言うな、タカよ。」
 孝典は嫌そうに睦月の家の呼び鈴を鳴らす。暫くして戸が開くと、弟らしき男が出てきた。
「あ、睦月先輩いますか?」
「どちら様で?」
「櫻蔭の生徒会長と、書記です。」
「ああ、ちょっと待って下さい、姉ちゃん。」
 やはり、弟か。まぁ、似てるしな、声とか、その容姿。あいつ胸無いからなぁ。と陸が考えている向こうから、睦月の「上がってもらって」の声が聞こえた。
「どうぞ、こっちっす。」
 弟は二人分のスリッパを出し、廊下を進んでいった。
「どうぞ。」
 戸を開けると簡素な部屋の布団の上で睦月が起きていた。肩から淡いピンクのカーディガンをかけ、開いた戸から見えた来客に顔に驚いていた。
「何? なんであんた達なのよ。」
「悪かったな。」
 陸は遠慮せずどかっと入り(入り口にスリッパ脱ぎ場と書かれたマットがあったので、そこでスリッパは脱ぐ)、睦月の机の椅子に腰掛けた。
「お、お邪魔します。あ、これ、真哉先輩と、陽太とオレからの。」
「ああ、生徒会長からはないのね。」
「ねぇ、ねぇ。」
 陸は手を振ってそう言うと、入り口で立っている弟を見た。
「いやぁ、良かったねぇ、姉ちゃん。男が来てさ。で、どっちが本命?」
「葉月!」
 弟は睦月の怒号で走り去った。その声に睦月は頭を押さえ、孝典は身体を仰け反らせる。どうも、陸の影響か、睦月が本当にバケモノに見える。
「で、何?」
「見舞いだよ、見舞い。」
 睦月は陸の顔を斜に見上げ、孝典の方を見た。
「オレは、陸先輩の付添です。」
「ありがとう。明日には学校行けるわ。熱も下がったしね。」
 睦月はそう冷たく言って、その後柔らかく笑った。その笑顔を孝典は結構「可愛い」と思ったりする。
「お前は騙されている。」
 陸は睦月の家から出てそう言うと、孝典は怪訝そうに陸を見た。
「あいつの笑顔に、可愛いと思ったろ? 甘いな、あいつはバケモンだ。バケモノめ、人間の男をかどわかす術を身につけたな。」
 孝典は怪訝な顔をまま、先を歩く陸を見る。こういう場合話を合わせてそうだと言っていいものか、だが、言うと、
「冗談に乗るな。」
 とど突かれる。
 何なんだこの人。孝典は頭をさすりながら陸の背中を見送った。
「そう言えば、手紙、渡さなかったなぁ、もしかして、本気で睦月先輩の見舞いに? わからんなぁ、あの人だからなぁ。」
 翌日、睦月は学校に来ていた。でもまだ熱の所為かぼっとしていて、身体も痛い。
「これで行くのやだな、どうせ、生徒会長、またエロ本見てるだろうし、高杉が仕事やってくれるよね、帰ろう、かな。」
 睦月は一度は靴箱に足を向けたが、引き返し生徒会室に行く。
 中は案の定だった。陸はH本を読んでいたし、真哉は寡黙に本を読み、側には仕事の済んだ紙の束が置かれている。暇を持て余しているような陽太と孝典は紙相撲をしている。それなら帰れ。と思うが、何故だかここで五時の帰宅放送まで残るのが、五人の日課になっていた。
「睦月先輩。大丈夫ですか? 顔、赤いっすよ。」
「え? ああ、まぁね。で、仕事、済んだんだね?」
「一応、今日までだったからな、屋台登録、明日は集まり無しにしようって話しをしていたところ。」
 真哉がそう言って側の紙束を叩く。
「お前、どうせならずーっと休んでていいぞ、そうなれば臨時で、雛形さん連れてくるし、いやいや、櫻蔭水着美少女の七瀬さんも良いなぁ。」
「あ、っそ。じゃぁ、帰る。」
 睦月はくるっと踵を返して帰っていった。
「本当に帰った。大人しい。」
「元気になったら、怖いですよ。陸先輩。」
 陽太の心配などどこ吹く風、陸は臨時で選ぶ副会長に思いを馳せている。
「行くんじゃなかった。」
 睦月は靴を履き替え側にある傘立てに腰掛け俯いた。目が回りだし、気持ちさえも悪い。
「帰れるかな、あたし。」
 その時、睦月の前にしゃがんだ背中が見えた。
「生徒会長?」
「乗れよ、送ってってやる。」
「良いわよ、変態。」
「あのなぁ、滅多にないぞ。」
「だから良いのよ、不気味じゃない。何よ、新しい副生徒会長に、雛形さんをたのめってそう言いに来たの?」
「そんなんじゃねぇよ、乗れよ。」
「いい。」
 睦月はそう言って更に俯くと、陸はそのまま背中に睦月を滑らせ、おぶって帰った。
「いい、って言ったのに。」
「雛形さんに口添えしろよ。」
「しない、ただであたしの足触ってるじゃない。」
「けつも触るぞ。」
「髪の毛引っこ抜くよ。」
 陸は唸り、睦月は失笑して陸に全体中を任せた。
「お前、馬鹿だな、まだ熱下がってねぇじゃないか。」
 そう言ったが、睦月は黙っていた。眠っているのか、それとも反撃をしないのか定かではないが、
「ありがとう。」
 の声は聞こえた。
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