真夏の捜し物


 松浦 和矩。母親が社長をしている松浦企画旅行会社の副社長を始めてすでに五年が過ぎた。
 大学を出て、身内と名乗らずに研修を受け五年後の副社長就任。あまり世間の評価は気にしないが、以前と変わらないように接しているつもりだ。傲慢や高慢は会社の為にあらず。自分が平社員を経験しているから良く解っているつもりだが、それでも経営者と社員ではかすかな温度差が出てくる。しょうがない葛藤―。
 和矩は自室の椅子に大きくもたれた。部屋は応接セット、本棚には各国の最新ガイドブック、唯一私物といえるバイクのプラモデル、ヤマハ XV1600 ロードスターのスケール1/12(全長178mm、全幅71mm。)が本棚のガイドブックの中に置いてあるくらいはあとは殺風景を感じる。
 パソコンの画面がスクリーンセーバーへと切り替わった。触らなくなって十五分が過ぎたのか。と思いながらスクリーンセーバーのバイクの絵を眺める。
 仕事が手につかないわけじゃない。しなきゃいけないことは山ほどある。新しく立ち上がった企画書に目を通し、次の会議までに詳細を読み込んでおくこととか、夏、秋向けの海外旅行ツアーの内容のチェックとか、しなければいけない作業は山ほどあるのだ。
 だが、キーボードや、マウスを握る気になれない。
 大きく息を吐き出し、引き出しを開ける。車と家の鍵をつけたキーホルダーを指で軽く触れる。
 初恋だったのだろうか? 解らない。でも、このキーホルダーの礼をまだ言っていない。
いや、ずっと、和矩は礼を言っていない。
 
 
 中学三年の夏休み。
 その日もうだるように暑くって、死ぬような思いで、達端 みかげは学校にやってきていた。
 学校では、数学の補習が始まっていて、みかげは暇つぶしに受けていた。
 そんなある日。みかげはふと廊下の外、すぐした辺りで妙な音がしているのに気付いた。窓は全開に開いていて、外の蝉のけたたましさは丸ぎこえだった。
 みかげは蝉でもなく、なっているものが何なのか窓に近付き外を見る。
 炎天下の中、みかげと同じ年の、私服を着た少年が、グレーチングの下を引っ掻き回しているのだ。
 何を捜しているのだろう? と思ったが、声をかけるよりも、彼のその奮闘ぶりを眺めている方が楽しくて、別に、普通に引っ掻き回しているだけだ。おかしなところはないが、そう言う点で、みかげはそう言う他愛もなく、変なものをおかしがる性質から、それがかなり面白く映ったらしく黙ってそれを見続けていた。
 
 柔らかそうな髪の毛、伏し目だから長く見えるまつげ、長い足を窮屈に折り畳んだ格好、時々舌打ちするだけで、彼はそこを動かなかった。彼の側には自転車が主の作業終了を待っている。
 多分、自転車の鍵を落としたんだ。
 そう予想が付いたが、相変わらずみかげは黙ってそれを見ていた。
 
 一時間ほどが経って、みかげは彼に近付いた。
 先生が追い出したというのもあるが、まぁ、あのまま居ても、飽きそうだったので。
「何捜してんの?」
 みかげは彼の隣りに座り、薄く水の貼ったグレーチングの下を見た。
「自転車の鍵? これ、上げて捜せば?」
 みかげの言葉に彼は、【なるほど】という顔をしながら、それを悟られまいとグレーチングを持ち上げ、また溝を探った。
 鍵は五分ほどして見つかった。すっかり泥まみれの鍵を彼が水で洗う。
「また無くすといけないでしょ、これ、あげる。」
 みかげは鞄にジャラジャラつけていたお気に入りで集めていた【バイク】グッツのキーホルダーの一個をはずし彼に差し出す。
 黒い金属板にバイク乗りと、それが受けている風をイメージする緑の線。その線に「mikage」としるしてあるが、そんなことかまわなかった。
 
 彼は少しだけ頭を下げてそれを受け取った。
 
 彼は二学期から転校生としてやって来た。松浦 和矩。すっとした背に、童顔だが、考えていることが大人な彼は、みかげを見つけてはそれを目で追っていた。
 隣のクラスで、一人で鼻歌を歌っては、ぼうっとしているみかげを見ていると、不思議と心が和むのだ。
 
 和矩は礼を言う切っ掛けを捜していた。
 たった一言「この前はありがとう」が言い出せなかった。
 すれ違うたびに、向こうから声がかかるのを待っていたのだが、みかげは声を掛けては来なかった。
 
 みかげの特異体質1。
 記憶力要領かなり小さい。
 あまり記憶というものを持ち合わせていない。それどころか無いのではないか? と思うくらい全くない。一本道で迷子になれるのだから、その特異を十分知れるだろう。
 
 
 みかげに和矩の記憶はない。でも、あの日のことは覚えている。バイクのキーホルダーを渡せるほど、みかげは彼を気に入っていた。でもそれが和矩であるとは、【記憶】されていないのだ。
 
 卒業間近になって、和矩は意を決してみかげに近付こうとするが、どうも、何故だか、側に寄れないのだ。
 手を伸ばせば、きっと触れられて、声だって掛けられるのに。
 
 あと、一週間もすればまた、親の仕事の都合で引っ越さなきゃいけない心境が、彼に勇気を与えなかったのだ。
 
 そして、卒業式を迎え、和矩は親の都合で引越しを余儀なくされた。

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