真夏の捜し物
2
再会は偶然か、それとも必然か。都合がいい想いは邪心だと思う。だが、和矩はうれしかった。
高校3年の二学期。体育祭で盛り上がっている中和矩は転校してきた。疎外感を得なかったわけではないが、クラスの人気者と評される奴と友達になれたお陰で、人間関係に不都合は受けなかった。
そんな忙しい準備に追われている中事実を知らなければ。
親友は津田 晃平と言った。和矩と背は変わらないだろう。サッカーをやっていたことも二人を親友にさせたひとつだ。とはいえ、晃平は万年ベンチだと笑った。
体育祭の色別のボード作りを買って出ていた晃平に付き合い、和矩もその手にペンキを持って放課後残っていた。
それは転校して一週間、体育祭まで三日を切った日の事だった。
オレンジの夕日が長く教室に入ってくる。晃平が笑い話をした拍子に顔にまで赤いペンキが飛んだのを覚えている。
馬鹿だとか、どんくさいだとかと笑いあっていた教室に、香水の匂いのきつい女が顔を見せた。
ゆるいパーマを当てているのかもしれない。少し茶色の髪。目張りのような線を眼に引いている。だが、和矩には解った。
達端 みかげ?
何故という言葉の前に、みかげは晃平の側に行った。晃平の側に座り、その顔についたペンキを笑う。
「あ、まだだっけ? こいつ、俺の女の達端」
「どうもです」
みかげの目に和矩は映っていないだろう。一応頷いたが、視線は晃平に向いている。
何故? 再会したのに友達の彼女だなんて。それも、どうしたんだ? その化粧、その香水、その違和感―。
和矩は黙った。自分の気持ちと、思い出を。
みかげはまるで覚えていなかった。和矩の顔が認識できたのは、そろそろ卒業の声が聞こえてきたころだった。
だが和矩という名前ではなく晃平の隣によくいる友達。という名前だ。
卒業式の練習が始まった。
晃平は隣の県に就職が決まった。なんでも親戚のコネを使ったらしい。
みかげが体育館の裏で泣いていた。声を殺す泣き方に尋常じゃないものを感じたが、みかげの側にはいつも一緒に居る女が居た。
みかげの側に居て、美人で、頭がいい。学校でも結構な人気があるのだが、あの美人な顔と頭のよさに誰も告白などできないでいた子。ひっしりと抱き合っているが慰めの言葉など無かった。ただ黙って泣き止むのを待っているような感じだった。
和矩は胸騒ぎを覚え晃平を探した。
晃平はサッカー部の部室にいた。
「晃平、」
和矩が声を掛けるのを待っていたかのように晃平は顔を上げる。
「よぅ」
「達端が泣いてたぞ」
「あぁ」
晃平は黙って上着を羽織った。
「慰めに行かないのか? お前が他所に行くから泣いてるんだろ?」
和矩の言葉に晃平は鼻で笑いため息をついた。
「なぁ、知ってるか? あいつは昔あんなんじゃなかったんだ」
晃平はそういって床に眼を落とした。
「昔はのほほんとした奴で、付き合って欲しいと俺が言った。多分、あいつにはその気は無かったと思う。雨宿りしていた本屋の前で、今だなと思って告った。あいつは頷いて俺たちは付き合いだした。あいつは必死になって俺の好きなことを勉強した。いい奴だなぁと思った。プロレスが好きだといえば本屋に駆け込んだし、ああいう女が良いと言えばそうなるようにした。だから、化粧をして、あの香水だ。あと数キロやせたほうがいいといえば、どんなダイエットをしてるのか、無理やり痩せて見せた。随分勝手だろう? 俺、重くなったんだよ。あいつのことが。好きじゃない気がどんどんしてきて、好きってなんだって? そう思ったら、あいつに思われてるのは、好きとかじゃないんじゃないかと思いだして、簡単に言えば、いやになった。面倒になった」
「なんだよ、それ」
「俺はお前じゃないってことだよ」
晃平は胸倉を掴みかかってきた和矩の手を打ち払いその横っ面を殴った。
和矩が眉をしかめるのを、晃平が本を叩きつけた。中学校の卒業アルバムだ。
「お前が大事にしているキーホルダー。あれはあいつのだろ? そこに載ってる。そして、お前も。言わなかったじゃないか、中学一緒だったなんて、お前が初恋の相手からもらったんだよって、照れて隠したのはあいつからもらったんだって、言わなかったじゃないか」
「それで、達端を泣かせたのか?」
「あいつの記憶力は皆無だとわかってる。でも、あいつがお前を褒める度に、実は覚えてるんじゃねぇのかって、実は、俺に隠れて付き合ってんじゃないのかって、それを聞かされるんじゃねぇかって、思ったら、俺……」
晃平は俯き何かをこらえきると顔を上げ、
「俺は疲れた。あいつには、面倒になった。別れよう。どうせ卒業したら会わないんだから。と言った。お前がこの後どうしようと俺の知ったことじゃない。あいつと付き合うか、あいつを忘れるか、どっちでもいい。もう、あいつには関わりたくない」
晃平は部室から出て行った。
和矩は卒業アルバムを拾い上げた。
みかげが修学旅行のときうれしそうに手にしているキーホルダー。それは紛れもなく和矩にくれたものだ。三年しか経っていない昔のみかげは今とは遥かに違っていた。
「晃平、だけど、……俺ここを離れて大学へ行くんだ。お前よりもずっと遠くの……、あいつには、言えないよ」
卒業式。
泣きじゃくっている人を掻き分け和矩はみかげを探した。
今日のみかげは化粧をしていなかった。のほほんと感動して卒業の余韻を引きずっている人を微笑んでみている。
「みかげ」
「澪」
あの美人はたくさんの花束を抱えていた。
「すごいもてますなぁ」
「いる?」
「いらない。枯らすから」
「そうね、みかげに花なんかあげたらあっという間に枯らすわね」
みかげは頷き、澪に微笑みかけた。
「フランスの美大、いいところだといいね」
「ちゃんと連絡するから」
みかげは頷いた。
澪はフランスの美術大学へ専攻する。そしてデザインを学びいずれはデザイナーになるのが夢らしい。
みかげは地元に残り、スーパーのレジうちの職につくといった。
和矩は声を掛けれずに俯いた。
どういう声を掛ければいい? さようなら? また会おう? 元気で? そんな言葉より伝えたい言葉を飲む今が辛い。
「はい」
和矩が顔を上げるとみかげがハンカチを差し出していた。
「男が泣くとみっともない? ぜんぜん。貸してあげる。あ、プレゼント。いつか同窓会があって覚えていたら、返して。忘れたら、捨てて。じゃぁ、元気でね」
みかげの言葉はただ目に付いた無様な男子に向けたもの。和矩だと知っているのではなく、晃平の親友だと言う記憶も無い。ただ、無様に俯いている男に向けた言葉だ。
「あぁ、達端も、元気でな」
向こうへ行こうとしたみかげが振り返り、笑顔を見せて頷いた。
もう会うことは無いだろう。県外の大学へ行き、そのままそこで就職し、初恋は美化され、それでも誰かと知り合い、結婚をし、子供ができて、平和な幸せに満足するんだ。
だが―。偶然は、折り重なるものじゃないだろうか? また会える。会いたい。と願えば、いずれ会えるのじゃないのだろうか?
和矩は天を仰ぎ、みかげにもらったハンカチを握り締めた。
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