Trois sage

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§麻里亜、困惑する
 麻里亜がアデア卿の援助話を断って二週間が過ぎていた。
 智紗希は目の前でかなり怒っているような麻里亜を黙って見ながらお茶を飲んでいた。これほど怒っている場合の人間に何かを尋ねたらとばっちりが来るのは目に見えている。こういうのを触らぬ何とかと言うのだ。と智紗希は極力避けることにしているのだ。
「私は、」
 麻里亜がほどあって口を開いたが、口の開きは空を彷徨い言葉が続かない。
「アデア卿からの連絡はあった?―確か、二週間ばかりないと聞いたけど?」
 智紗希の言葉に聞きたくもない名前だと言わんばかりに麻里亜は睨みあげた。
 智紗希は首をすくめコップでそれを阻止するように翳した。
「あの男は私を玩ぶ道具にしようとしてるのよ。そして飽きたら捨てる。それが解かっていてなんであの男のそばに行かなきゃいけないの?」
「じゃぁ、辞めたら?」
 麻里亜は智紗希を睨んだあと唇をぎゅっと噛んだ。
「それが出来ないから、おかしいと、……おかしいのよあたし、凄く腹も立つし、凄く嫌いなの。でも、アデア卿から連絡が無いだけでこれだけおかしくなるものなの? アデア卿からの連絡が無いばかりか、あのレオンですら姿を見せない。いったい何なの? 何であんな不愉快な連中のことを思ってイライラしなきゃいけないの?」
 まぁ、それが俗に言う気になる存在と言う奴で、日常行動となりつつあったものが欠けると人は慌てる、そこを狙った恋愛の常套手段だ。とは口が裂けても言えない。麻里亜のこの自尊心にそれはタブーだ。
 智紗希は首をすくめるだけで、何も言わなかった。
 麻里亜は、アデア卿から毎夜、あるときなどは夜遅くまで屋敷に滞在を命じられていた。そして事あるごとに相性の悪さを確認していた。常にぶつかり、常に怒りと気分の悪さを抱えて帰ってきては、レオンがベランダに立っていて更に気分の悪い夜を迎える。それが続いていたはずなのに、二週間前の晩餐を最後にアデア卿からの連絡がぱったり無いのである。
 アデア卿とレオンの関係がどうであって二人して姿を見せないのかなど解からないが、同時に顔を出さないと最初こそ清々していたものも今では妙に気掛かりでならないのだ。それを恋愛感情だと指摘されるのは癪だが、今は誰かと居て話さないと気が落ち着かないのだ。
 かといって、侍女相手に内情を話すほど麻里亜の誇りは低くない。智紗希と言うのは相手にかなりの不足はあったが、征紘よりはマシなので図書室に来たのだ。
 だが、この女にしても、自分とは違う環境にすでに居るのだ、理解などできるはずも無い。と思っていてもどこかで智紗希に見破られているのを必死と隠している自分が麻里亜の中に存在しているのである。
「顔色、悪いわよ。寝たら?」
 智紗希はややあってようやく口を開いた。
「……顔色悪いのはお互い様よ。あなた、陽にぜんぜん当たってないほど白いわね。秋も深まって外に出にくくなる前に紅葉でも見に行ったら? こんなカビ臭い場所に留まっていないで」
 麻里亜はごく自然にそう言って智紗希を見た。
「何よ」
「いや、あんたでもそういう情緒と言うか、気遣う言葉を知ってるんだと思ってね」
 麻里亜は反論しそうになって口をつぐんだ。
「確かに、そろそろ枯葉よ〜なんてより、寒すぎて怒鳴る季節になりそうだし、出掛けて見るのも悪くないよね。ぶらぶらと、」
 麻里亜は智紗希に唸って部屋を出た。あれ以上居るとやはりおかしくなっている自分が露見しそうだったからだ。
 何故気分の悪くなる男を思わなければならないのか。
 麻里亜はベランダに出た。レオンの姿はない。忌々しいと思いながらも居ることが当たり前だと思っていたものの姿が無いと、やはり「寂しい」ようだ。だがそれを口にしたり、心のどこかに留めておくことが相当癪で、ため息をこぼして忘れようとしているのだった。
「いっつぅ」
 麻里亜はぎょっとして振り返った。部屋の入り口の壁にレオンが座り込んでいたのだ。ベランダに出るときちゃんと確認して姿は無かった。どっから沸いてきたと言うのだ?
「な、何してるの?」
「やぁ……」
 いつものレオンではない。少し、元気が無いと言うか、何かを隠しているような感じがする。
 麻里亜は一歩歩み寄って眉を顰めた。レオンの左頬ははれ、唇は切れている。殴り合いでもしたあとのような、
「見つかったわけね? 憲兵にでも、そしてしこたま殴られて、でも、どうやって此処に来られたわけ? 殴られたのなら捕まるでしょうに?」
「……、隙を見て逃げてきた」
 ふっと笑ったあとレオンはそう言って、更に近づきすぐ側に座り込んだ麻里亜の手を取った。
「麻里亜に会いたくて、」
 全身を駆け巡るような言葉。痛々しい唇から漏れた言葉に麻里亜の心臓はひどく締め付けられたが、すぐにそれは解かれた。
「どこへ逃げた?」
「確かに此処までは来ていたのだが、」
 麻里亜はベランダの手摺りに近づいた。憲兵たちが数名その下で声を出し合っていた。
「何事です?」
 憲兵たちが声に顔を上げる。
「あ、猊下……、怪しい男です。見つけて打ちのめしたのですが隙を見て逃げられ、ご覧になりませんでしたか? 茶色のベストを着た男で、髪は栗色をしてましたが、」
 レオンに間違いなかった。本当に見つかって打ちのめされ、その隙を付いて逃げるでも無く麻里亜の部屋に来たのだ。
「……、いいえ、ずっと此処で月を見ていたけれど誰も来なかったわ。それよりあの林でも探してみたら? 逃げるにはもってこいだと思うけど」
 猊下の助言だ。とばかりに憲兵たちは挙手をして立ち去った。
「もう、……、」
 大丈夫だと言う前にレオンは姿を消していた。どこから来てどこへ消えているのか解からないが、レオンは確かに逃げられた。多分。明日来ればその真意は解かるのだが今夜は心臓が締め付けられるだけに終わるのだろう。
 そして翌日。いや、それから三日間レオンは姿を見せなかった。変わりに、四日後、アデア卿から晩餐の誘いがあった。
 

< href="16.htm">16  It waits a little.

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