le Souhait




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 新緑眩しい初夏の森。緑に降り注ぐ光と、甘く、溶けそうな空気が漂う中で、エリザベーティアとクラレンスは向かい合っていた。
「なぜ?」
 クラレンスの言葉にベスは黙って顔をしかめ、首を振るだけだ。
「もう、話さえもしたくないのか?」
 ベスは黙っている。クラレンスの責めるような目にベスは振り返り歩き出す。
「ベス、もう一度、ただの一度でいい。あなたの声が聞きたい。」
 ベスは立ち止まり、首を振って歩き去った。
「何があったと言うのだ。」
 クラレンスの手には紙切れが一枚握られていた。ベスはこの場に来て、この手紙を渡しただけ、話もしなかった。それほどの何かをしたのだろうか? 自責に責めあぐねたクラレンスは膝を突いて俯いてしまった。

 ベスはクラレンスを木陰から見ていた。今すぐ走りより、こぼれそうな言葉を全部言いたい。だがそれは巫女としていってはいけない言葉。手を伸ばせば、ここだといえば、どれほど伝えられるか。彼を苦しめる気はない。出会ってしまったことをただただ後悔するばかりだ。
 そんなときだった。風が巻き起こり、振り向いたベスの前に現れたのは、紫のよく似合うご婦人だった。大きめの襟、豪華過ぎない胸の飾り、笑みをたたえている唇は血のように赤い。
「かわいそうなベス。誰もあなたの本心を知ってくれない。私でよければお手伝いするわ。いかが、この近くなの私の別荘。」
 ベスは断る理由もなく後をついていった。巫女である自分の無神経な行動はクラレンスを愛した時点で始まっている。もう、誰かが探し、誰の迷惑を考えているほど、ベスの精神状態は確かではなかったのだ。
 別荘は、別荘にしては大きく、屋敷にしては小さな館だった。彼女はそこの、レディー・ファンタジアといった。そして家人を紹介された。見上げるほど大きく、黒衣を身にまとったデービス男爵が現れた。
「これは、これは巫女様いったいどうして?」
 デービス男爵の声は床を這うように響き、ベスは言い知れぬ不安をようやく感じはじめていた。レディー・ファンタジアはベスとクラレンスとのことを的確に話すと、男爵は大きな腕を天井に掲げあげ、雄たけびを上げベスを見下ろした。
「あなたはかわいそうな方だ。クラレンス王子はあなたの一生の人。貴方の巫女の力は彼のそばにあってこそのものだ。返すなど、王とは無慈悲で、世間知らずな方らしい。」
 男爵の言葉にベスは体を跳ねた。王に対する暴言は愛国心の強いベスの心を傷つけたが、国王命令であるクラレンスの記憶は間違いだと、ベスが言って欲しかった言葉に心はすっかり平常を取り戻せなくなっていた。
「愛する人と引き裂くなど、人道的ではない。ましてや、貴方のような力の持ち主からその源を奪うなど、言語道断。しかし私は男爵。国王に直談判できる身分ではありません。しかしながら、不思議な力は貴方以上にあるつもりです。さぁこちらにいらっしゃい。そして願うのですよ。クラレンス王子とともに居たいと。」
 ベスは小さな個室にひざまずき、手を組んで窓に向かって言われたとおりに口をつむいだ。その瞬間、彼女の体に大きな剣が刺さったにもかかわらず。
 ベスは大きな剣に刺されながら口はずっと「クラレンスとともに」をつむぐ塊となった。ベスの血は細い道を作り、床から真下にある小さな穴へと滑り落ちていく。
 その地下には、男爵が大きな椅子に座ってその血が滴るのを体に受けていた。
「さぁ、目覚めるがいい。巫女の力を手にした魔王の野望のために。」
 男爵は掌を広げると、球体のガラスが現れ遠く見える砂漠に一体、一体と魔獣を生み出していく。
「誰だ!」


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