le Souhait




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 湊は体を起こして、服の上から胸を撫でた。大量に出た汗の性でパジャマは濡れ、額からは汗が落ちてくる。湊はあわてて部屋を見渡す。そこは湊の部屋だった。
 ベットは母親が好きなキ○ーちゃんのシーツの布団と、おそろいの毛布。箪笥はいつもの場所にあり、机のうえには鞄が放り出されたまま。何一つ変わっていない。
「あれ、なんか、夢、見てたの?」
 湊が呟いたとき、戸が叩かれ、怪訝そうな母親の顔が覗いた。
「どうしたの?」
「なんか、変な、夢、見たみたい。」
「そう。すごい汗ね、これで熱も下がったでしょう。どうする、学校。」
「あ? ああ、行く。」
 湊はベットから出て、シーツを外している母親を見下ろしながら階下に降りる。父親と兄は同じ方向にあるテレビを見て、同じように食パンをかじり、同じところで笑っていた。本当にそっくりな親子だ。
「おはよう、ミナ。どうだ、風邪。」
 兄の言葉に頷き、椅子に座る。テレビは朝の情報番組の最中で、さわやかなキャスターがニコニコと笑いながら話している。その平穏さが妙に腹立たしい。
 母親がおかゆを机に置いてくれ、湊はそれを半分ほど平らげて、学校に向かった。
 学校では、二日も休んでいた湊を気遣う友達が集まってきた。でも、どこかがおかしくて、何かが妙に足りない。
 四時間目。湊は気分が悪いと保健室に向かう。真昼の太陽が前回の窓を通して床に反射している。うっすらとした陽炎に似た歪みがずっと向こうの廊下に続いている。
「なんか、変だよ。」
 早退をして家に戻る。いつもの道。よく通る、見覚えのあるアパート。古い木造で、大きな看板は入居者募集と書かれている。確か、湊が小さい頃から同じ文句がかかっていたはずだ。
 かちゃ。
 湊が上を見上げると、綺麗な人が出てきた。日本人離れしたエキゾチックな顔立ちのその人は、湊を見下ろして小さく頷いて部屋に戻った。
 見知らぬ人に挨拶される覚えはない。
 湊は前を見た。いつも見ているはずなのに、何かが違う。すっと右横を見上げる。いつもなら、ここに、何かあって、鳥? 犬? 猫? 違う。

「湊……。」
 前を見ると、そこは見知らぬ場所だ。大きな鏡があるばかりは、あと何があるのかわからない。静かで、冷ややかな場所だ。
「お母さん……。」
「何でそっちに行っちゃったの?」
「そっち? 何?」
 両親と兄の横にあの美人が立っている。みな暗い顔をしている。
「あ、……。あたしさぁ、やっぱり、そっちがいい。」みんなの顔がぱっと明るくなる。「でも、でもね。遣り残しって、あたしの主義じゃないんだよね。危険だし、もしかすると、帰れないかもしれない。そのほうが確率高いけどね、でも、いま帰っても、心に開いたものを埋めることはできそうもない。こっちの人のこと考えちゃうし、アキがそばに居ないっていうのは、幼馴染として辛いんだ。だからね、片付けたら帰るよ。」
 湊は鏡に向かって微笑んだ。
 家族も顔をゆがめながら微笑み返してくれていたと思う。鏡は瞬間粉々に割れ散り、湊は目覚めた。

 頬を撫でる生暖かい風。辺りでする異臭に顔をゆがめると、湊は彬人に抱き起こされていた。ただ、彬人の顔は苦痛にゆがみ、息が荒かった。
 湊があたりを見渡せば魔獣が取り囲んでいる。そばにはジュリや、アーデルハイトがやっとという姿勢で生きている。
「アキ、」
「いきなり、ぶっ倒れるな。」
「帰ってきてた。お母さんたち、すべて知ってた。多分、おばさんが言ったんだね。だからね、弱気になっても、帰らないんだ、あたし。」
 湊が彬人の右手を握ると、彬人の体が光を帯び、体に受けた傷が治っていく。
「巫女の力が減ってもったいないと言われようが、あたしは、アキが傷つくのは許せない。アキだけじゃない。あたしが好きな人が、傷ついているのは、絶対に嫌。あたしは、あなたほど弱くないのだから!」
 湊が立ち上がって叫ぶと、魔獣たちの体が粉々に消え去る。モザイクになり消去する魔獣を辺りいっぱい見たあと、風上へとみんなの目が向く。
「ベス……。」
 クラレンスは城の上から、街を見下ろしていた。徐々に壊滅され、見渡せるほどになった街の一角に、風とともに姿を見せたのは、エリザベーティアその人だった。黒い服を着た、黄金の髪。
「姉さま。」
「邪魔、スルナ。」
 ベスの高々と上げた手から、氷の矢がジュリに飛ぶ。寸前で防いだのは、アーデルハイトが突き飛ばしたからだ。そして鮮血が上がったのは、そのアーデルハイトの太ももにそれが刺さったからだ。
「アーデルハイト!」
「邪魔、スルナ。」
 ベルの目から大粒の涙がこぼれる。つむがれる言葉は同じだが、心がそれを流しているようだった。
「いま、助けてあげるよ。」
 湊がそう言ったとき、風がベスを巻き上げ連れ去った。連れ去った風は巨大な馬にまたがった騎士のように見えた。
 そして、静けさが戻ると、だいぶ少なくなってしまった人々が、互いに顔をあわせて廃墟から出てきた。その顔は不信感でいっぱいだった。
「ということでさぁ、この世界は、魔獣によって破滅されていく。それを阻止する方法がね、今のところないんだよ。いくらの私でも、あれほどの量を相手にできないし、相手は、ベスの心を人質にしてる。……。もう、一人として、リーズのような人は、作りたくないのに、あたしじゃ……。」
 湊は肩を落として俯く。やっと、リーズのことを悲しむ余裕が出てきた。もし、彼女が湊と知り合い出なければ、魔獣に隙を魅入られることもなかっただろう。ただ救いは、ほかの誰がくだしたのでもないということだ。
 どさっと彬人が倒れ、湊はそのそばに跪く。そして折り重なるようにして倒れた。

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