誰かのために、鳴るや、鐘
〜七国一大陸物語〜

松浦 由香



序章
 昔の世界に、七つの国からなる大地があった。北に宗(ソウ)国。北西に更(コウ)国。西に規(キ)国。西南に朴(ホオ)国。南に濁(ダク)国。東南に楚(ソ)国。東に遵(ジュン)国。七国は宝器山(ホウキヤマ)という妖魔の住む山を取り囲んであった。
 この物語は、愚かにも戦争で国をなくした琥国(濁)再建の為に立ち上がった一介の少女と、その国を守護する柱誕生の物語である。

戦下
 濁がまだ濁となる前の話―
 時に、時や(七国統一の西暦)17世紀に入って直ぐ。大寒波によって宗国の大地が不作に終わった翌年、宗国への援助を各国が進める中、隣国の楚国の荷物を琥(こ=濁)が取り上げ宗国に自国品として提供したとして戦争勃発。幾久しく戦争は続き、すでに十年が過ぎようとしていた。
 民は戦争に飽き、疲れ、互いの国は隣国ながら国交を封鎖、七国のほかの国は無干渉無援助を歌い、この二国は一大陸から孤立しながら戦いを続けていた。
 だが、誰もが、職も、産業も衰えだした今、戦争が終結するであろうと思われていた。結果がどうであれ、食料もない、どちらが優勢であるということもない、それならば早々に終わらせて欲しい。平民たちにとっては戦争さえ終わってくれることだけが願いだったのだ。

 どこか遠くの場所で鳴り響く大きな音。地響きは遠く離れたここにも届く。
 戦いは終わることを知らぬように日に日にひどくなって一ヶ月。戦渦は徐々に街に進んできていると伝えられている。
 家を焼かれた被災民が町に流れ込み、町は人でごった返してきている。
 頑丈な城内に入れて欲しいと何度人が来ようと、そこは頑なに開かなかった。
「何のための城よ、何の為の、王よ」
 琥国の一若兵士は仰々しいばかりの城を見上げた。白亜の、贅の限りを極めた城も、あと数日のうちに落ちるだろう。
 護衛するものも愛想をつかして夜逃げをしているのだから、もう、ここも長くはあるまい。
「お願いです、どうか、」
 仙馬左(せんばさ)の膝に赤ん坊を抱いた女がすがって来た。
「この子だけでも安全な場所へ、」
「無駄だ、あの城へ逃げるのなら、この国を捨てるほうがましだぞ」
 女が顔を上げた。目を焼かれ失明しているようだった。瞼がかさぶたでびっしりと固く潰されていた。
「……解かった、この子だけだな、名前は?」
「伊那(いな)と言います。娘です。どうか、どうか」
「解かった、娘になったならよき男も紹介しよう。案ずるがいい」
「ご親切なあなた様のお名前をお聞かせください」
「あの世で監視するか? まぁいいさ、俺は仙馬左だ」
「仙馬左様。ありがとうございます。伊那、いい子で居るんだよ」
 女は伊那を李晃に押し付けるように手放すと、元来た方へと走り去った。
 李晃は屈託なく笑う赤子を見下ろした。
「どうする気だ?」
 声に振り返れば、同僚の通(つう)が眉をひそめて立っていた。
「なぁに、知り合いはいくらでも居る。頼むさ。それより、ここはどうなると思うね?」
「主は逃げたさ」
「無人を守る理由はないな」
「そうだ」
「俺たちは何のために戦ってきたんだろうな?」
「さぁな……だが、あんなもの(城)のために戦ってきたわけじゃない」
 二人の若人は贅の象徴を見上げた。白亜の城はその時勢に不釣合いなほど綺麗な色をしてそこに聳え立っていた。
「門が開くぞ、中へ急げ!」
 駆け込む人。雑踏が二人の間を過ぎても二人は空に浮かぶその白影を見上げたまま動かなかった。
「城には誰も居ないぞ! 王はわれ等を捨てたんだ。この国は、この国にあらずだ!」
 言葉が絶叫と悲鳴と絶望に変わって、この国の終焉を物語った。
 この国は終わった。
 長い長い独裁政治を行った一家はどこか風のごとく消え、残ったのはそれの象徴たる白亜の城と、無残にも捨てられた民だけだった。
 その時強風が吹いて来た。あまりの強さに誰もが身をかがめた。風は臭気も運んで来た。湿った腐臭の匂いだ。
 顔を恐る恐る上げる。そこにあるモノが何であるのか解かったように、そして顔を上げて見た時それが違わなかった事にさらに顔を恐怖に歪める。
 仙馬左は赤子を抱えたままで剣を抜いた。通も同じように剣を抜き、仙馬差の背中側に立った。
「妖魔め、」
 苦々しい声が漏れる。
 国が落ちるとき、国を守護している柱は壊れ、宝器山に居る妖魔が降りてくる。妖魔は人間を喰らい、国は土に帰る。

思惑
「琥国が滅びる」
 六人が円卓に座っている。それぞれ立派な服飾を身に纏い、それぞれの国で王と呼ばれているものたちだ。
「これで、何度目だろう」
「琥の者は私欲が強すぎる」
「宝器山から振り下ろす毒煙の影響もあるのだとしても、毎度妖魔によって巣食われた様な物だ」
「これ以上ほうっては置けまい?」
「だからというて、誰が、あの国を平定できると思う?」
「この世には、それを成し得るがために生まれたものが居る」
 一同が一人の老王を見る。
「我が国に、天子の来光と言われるものが居る」
 一同が感心して老王を見つめる。
「その娘は、」
「娘? 女だと言うのか?」
「女に国など造れるわけがない」
「そのものに任すには理由がある」
 老王は反対するであろうと見越していたのか、慌てもせずゆっくりと続ける。
「たとえもし平定したとしても、後々そこへ誰かが再び赴き、その娘と結婚すれば、そのものは何の苦労もなくあの国の王となる。たとえ、いや、数値的にこちらのほうが遥に確率的には高いのだが、妖魔によって殺されようと、所詮、要らぬ知恵袋。男勝りに学業のできるものなど必要ないのだ」
 老王の言葉に一同は頷く。
 ―あの娘か―
 宗国の東の端にある名誉大学に在を置く一人の少女。名を備麗。名誉博士叡備の孫娘で、才色兼備と名高い娘だ。
 だが、それ故に他国の王たちから煙たがられている。それと言うのも叡備が彼女を連れまわしては、諸国の王と会談をさせ、どの王も彼女の美しさと頭のよさに口をつぐんでしまうのだ。
 もし、彼女がどこかの、年相応にあった若人と結婚したなら、―あいにくと、六国にそれらしき若人は居なかった。―その国は繁栄するだろうが、男は酷い劣等感に苛まれるであろう。
 無理やり愛妾とすることは容易かったが、たとえばそれを実行しようものならば、その才気を持って打ちのめされること必至。そのような危ない賭けは、国王と言うものは望んで行わないものである。
 琥国の平定。そして、始王となるように。それが娘に伝えられたのは、琥国が滅んで直ぐの事だった。


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