Ray[rei]〜第一接触〜
松浦 由香
ノベルフェスタ58:ジュヴナイル優駿(ダービー)
学園もの??



 物語の主人公と言うものは、 ある程度そういう「もの」を持っていなきゃ駄目だと思う。不思議な力、不可思議な物語。だから、自分はそのなかの主人公になっていない。誰かの物語の、「同じクラスメイト」扱いをされている名もなきエキストラ。だろう。

 梶野 玲かじの れいは顔を上げた。教室は、たぶん何処も同じだろうけど、大きな黒板、教壇。教師用の大きな机には花瓶が合って、花はささっていない。生徒の机が並び、玲はぽつんとその中に座っていた。
 始業前。慌しく入ってくる生徒が居る中、話す相手も居ないし、することも無く、昨日買った小説を読んでいたのだ。顔を上げたのは、黒板を激しく叩くものが居たからだ。
 見知らぬ男子だった。にやっと笑った口からこぼれた言葉に、教室中が固まってしまっているのだ。
荻原 耕輔おぎわら こうすけ。転校生だ」
 耕輔と名乗った彼は大笑いをし、そのあとでやってきた担任の反感を買っていた。
「あの、なぁ」
 うちの担任は若い。三十そこそこで、若者文化(と教師は言った)を理解してくれている。だが、授業中は授業中。携帯の電源はきちんと切らせるし、化粧も禁止する。休み時間はどうでも言いと笑っていっている。
 その担任のため息をかったのだ、耕輔の行動には誰もが驚いた。だがそれにすぐ反応する人が居た。クラス委員で、美人で、頭がよくて、誰からも好かれる、藤宮 美保だった。
 美保は笑い出し、自分はクラス委員だと名乗った。
「美人だねぇ、藤宮さんて」
 耕輔はそう言って、担任が伝えた席へと歩き出す。不思議なことだが、美保が挨拶をしたおかげか、耕輔が歩いている席の生徒は自ら自己紹介をし、まるで今までずっと仲間だったように笑いあっている。
「えっと、あんたは?」
 玲の前に耕輔の手が伸びた。
「梶野」
 玲はそう言って本を見る。
「梶野? 誰?」
 クラス中が玲を見ている。苦手なのだ。誰かに見られていることなど、玲は立ち去って欲しくて、名前を告げる。
「玲。じゃぁ、よろしく」
 耕輔は後ろに向かっていく。玲はため息をこぼした。彼の側は「危ない」。彼は自然と人の目を集めている。まるで美保が二人になったようだ。
 玲は小説の中のひと文を見つめた。
―「くだらない」―

 本当にくだらない。目立たなくても生きていける。逆に目立ってしまえばそれだけ苦痛ではないか。いつもいい人で居なくてはいけないのに。
―だから、私は目を伏せる―
 玲は小説を閉じると、チャイムが鳴り、今日が始まった。

 放課後。生徒が帰宅したり、部活へと急ぐなか、玲は屋上に上がってきていた。春の陽気はまだ温かく照らし、梅雨を通り過ぎて夏を思わせている。きらきらときらめいているのは、水泳部用に水を入れ始めたプールだ。屋外にありながら、温水を入れるあたり、この学校の水泳部が強いことを物語っている。
 野球部とサッカー部員の声があがり、ランニングをはじめている。テニス部は隣りの大学へコートを借りに向かっている。
 いろんな生徒が行き交うなか、玲は視線を感じて視線をかえると、校門から玲を見ているように見上げている耕輔の姿があった。
「見ている?」
 玲の言葉に答えるものは居ないが、だが、玲の視線に気付いたように耕輔は片手をあげて帰っていく。
「なにものだ?」
「追いましょうか?」
 玲は頭を振って、振り返ると、屋上のコンクリートから半身が出ている、人間らしきものが居た。蒼い身体をした鳥の産毛のようなものを背負った人は頷き、玲を見上げた。
 玲はフェンスに寄りかかり空を見上げる。
「いかがしました?」
「……、暑いなぁ」
 玲の言葉に人はコンクリートの床に消えた。
―後悔している。とは言えないでしょ―
 玲は俯いてため息をこぼした。まだ、胸が痛い。もう、五年も前になると言うのに。

 あれは、小学校六年の夏休みだった。蝉が激しくなくなか、祖父母の田舎へ遊びに行っていた。家の裏にある私有地の山で一人探検ごっこをしていた。行ってはいけないといわれていた祠のある場所から、声が聞こえてきた。
 行ってはいけない。そう言われると行きたくなるが、玲は他と変わっているのか、「無難」と言う言葉が好きで、行くなと言う場所にあえて行く子ではなかった。だが、そのときは違っていた。行かなくてはいけないと思ったのだ。
 助けてと言う声ではなかった。お出でとも違う。ただ、「わが主」と言うだけの声だった。
 祠はこけむしっていたが、その日は妙に綺麗に見えた。そして玲が前に立った瞬間、虹色の光が玲の身体を貫いていった。
 ただそれだけだった。夕方探しに来た両親によってひどく怒られた「祠に近寄っちゃ駄目だ」と。祖父母も怪我が無いことで安堵していた。でも、玲は気付いていた。
 身体の中の異変を。
 その日以来、玲は親や、祖父母に身体の中の異変を内緒にしていた。話して捨てられたり、哀れまれたり、実はそうなのだと言う真実を聞きたくなかったのだ。
 だって、身体の中に入り込んだものがすっかり打ち明けたのだから。
 玲の胸には小さな痣ができた。それが入っている証拠だ。だが、両親はそれをただの痣ぼくろだと思っている。多少大きいがだから何だという害には思っていないのだ。それで十分だ。
 玲は胸を抑えた。
 自分の中にいるものは自分を守ってくれている。自分が彼らに答えれるのは、黙って媒体となっていること。だと思っている。もし公表すれば、各界の偉い手がやってきて、最新の医療でメスが入れられるだろう。そして切り刻まれ、継ぎ接ぎだらけになって、生きているのか、死んでいるのか解らなくなるはずだ。それは嫌だった。
 でも、中に居るものを感じることは、もっと嫌でもあった。最近はコツを掴んできたが、やはり、窮屈に思えるときがある。そんなとき屋上に上る。風が渡り、すっと過ぎる風に、何もかも持っていってもらっている気がするからだ。

 玲は暗い部屋でベットに横になっていた。天井は暗がりの中うっすらと白く浮き上がっている。
 両親の音がしないので、寝たのだろう。近所もひっそりとし始めた。遠くにある国道で暴走族が過ぎる以外は、静かな夜だ。
 玲は起き上がりカーテンを開ける。細い月がうっすらと明るくほとんど闇に近い空。
「こういうときにやって来るんだよ」
 玲の言葉のあと、背後に気配を感じて振り返る。
 眼鏡をかけた白衣を着た青年。二十歳後半の彼は眼鏡をちょいと掛け直し、玲のほうを見た。
 玲は彼を見て何も言わずパジャマの上から上着を羽織った。彼は窓際に近付き、外を見ていた。
「何?」
 玲があまりに動かない彼に、窓辺に近付けば、耕輔が外に立っていた。
「何で?」
「外に出てみれば解るだろう」
 彼の言葉に玲は彼を見た。
「相手していいの?」
「玲が決めればいい」
 玲はため息をこぼし、彼の手を握った。
「行きましょ、ただの犬の散歩でしょ」
 彼はそう言った玲を見下ろし、握られた手をしっかり握り返し、口の中で何かを告げた。
 まぁ、彼らにその気は無くても、やはりいきなり現状がどうにかなるのは説明が欲しい。今は慣れたが、やはり、急に部屋から外に出て、しかも知らない場所だと、どういう原理はともかく、ここがどこかぐらいは話して欲しい。
「何処?」
「医大の生物研究棟」
「いい場所ね」
「だな」
 玲と彼は五階建てのその建物を見上げた。
「それで?」
 彼は目線を下ろし、まっすぐ指をさす。校舎の二階の一部屋から妙な明かりが漏れている。
「黒魔術?」
「だといいが」
 黒魔術より良いというのは、一体他にどんな悪いものがあるというのだ。と思ってしまうが、二人は校舎内に入った。静かで、異様な匂いのする建物。腐っているわけでも、スエているわけでも無い。ただ消毒と、冷たい匂いが鼻をつき、胸を締め付ける。
 階段を上がる。靴音だけがして、あとは嫌な匂いに顔をゆがめる自分があるだけだった。
 ちかちかと点滅する部屋の前に立つと、いっそうその匂いが鼻をつき、吐き気を催す。
 玲が扉に手を伸ばすと、点滅が止まった。そして中でがたがたと音がする。不信を抱いた玲よりも先に、彼の方が扉を開けた。
 中に居たのは髪の長い女性を抱えた転校生、耕輔だった。
「やぁ、どうも」
 耕輔はそう言って白い歯を見せる。
「なにものだ」
「そうツンケンしなさんなって、俺がこの窓から入らなきゃ、この人、食われてたよ」
 そう言って顔を部屋の隅に向けた。そのあとを追うように玲も顔を振ると、学者だろうか、白衣を着た男が壁に打ち付けられて伸びていた。口から泡を吐き、だらしなく紫の舌を出して居る。だらしないといえば、白衣に隠し切れなかった紫の尻尾がその横にごろんと切り捨てられていた。
「なにものだ」
 彼の凄む口調に耕輔はにやりと笑い、玲の隣りの彼へと目を向けた。
「昔、世界には大いなる鬼が居た。その鬼は不思議な能力を秘めていた。頭は空をさして知性を司り、後世知能の神と崇められ、神社に奉納されている。右手は火を司り、左手は水を司る。胴体は大地を悟り、両足は風を生む。それらは平安の時代に狩られ、その身体は五体に切り分けられた。それぞれは塚が作られ世界中に奉納され、人に忘れ去られてしまっていた。ついこの間までは。それが十年前右手を司る塚が破られ、次いで左手、そして胴体と塚は壊され、暫くは静かだったが、五年前だっけ? 両足の塚もまた壊れた。鬼に魅入られたものは例外なく鬼に食い尽くされる。鬼に食われた人間は、そりゃぁもう悪い奴だ。なぁ? だが、例外というのはどの世界にも居るもので、その鬼も、主によっては善鬼になるらしい。風の両足を持った人間は鬼を使って妖獣を倒しているって噂だ。鬼のくせに正義面してるってさ」
 耕輔はそう言って玲を見た。玲の横の彼の手にいつのまにか剣が握られている。
「大地を司る鬼を封じた人間が居るという。碓氷 頼近うすい よりちかの生まれ変わりだとか」
 耕輔はにやりと笑い、抱えていた女性を側の机に置いた。
「だとしたら?」
「相手が誰であろうと構わないさ。彼女が救われ、一件落着だ。帰るよ」
 玲が振り返ると、見知らぬ男が数人立っていた。
「まぁ、そう急ぎなさんなって」
 耕輔の言葉に玲は彼を見上げる。
「人形だ」
「だよね。じゃないと、困るよ。うん」
 玲は肯き、彼に手を差し出す。
リュウ、刀」
「これを振るのか?」
「刀」
「へいへい」
 彼は嫌そうに刀を手渡す。そして耕輔を見て、
「切っとけよ」
 と告げると、玲から離れた。
「正義? 聞いて呆れる。私は嫌なものを排除してるだけだ。人間でも気に入らなきゃ切り捨てる。だが、人間より、気にいらねぇから、切ってるだけだよ」
 玲は腰を少し落とすと、刀を斜めに上げた。すぱっと光が走り、空気が切れたかのように瞬間耳を覆う静寂が生まれた。
「……、つぅ……」
 耕輔は左腕を抑えた。
「だから切れといったんだ」
 流は耕輔に近づき、耕輔の側の何かを抓みあげた。細く、見えないほど透き通った糸。それを伝って玲の切断の力が伝わってきたのだ。
「なるほど、予想以上に手ごわいらしい」
 耕輔はそう言って玲と流を見た。
「まぁ、今日のところは引きますわぁ」
 耕輔はそう言って窓から出て行った。玲は刀を振り刃先に絡まっている糸を床に落とした。
「どうにか、なる?」
 玲は壁に打ち付けられた男を見た。
「いや、もう無理だな。あの状態で気絶しているということは、もうすっかり食い尽くされている」
「じゃぁ、消して」
 玲は部屋を出て行った。流は首をすくめ、男に手を差し出す。
「後片付け専門だな、俺……。滅」
 流の言葉に反応するように丸い球が手のひらから出てくると、その球は男を包みあげ、徐々に縮んでいき、そして消えた。
「しかし、碓氷頼近とは、厄介な」
 流は耕輔が出て行った窓を見つめた。

 翌日。玲は教室で小説を読んでいた。耕輔も学校に来ていたが、昨日のことを騒ぐ様子はない。じっと見ていることも無ければ、気にすらしていないような感じもする。
 昼休み。食堂へと流れる波を避けて、玲は弁当を持っていつも行く中庭へと向かった。渡り廊下を歩いているものは何人か居る。だが、その中で目の前のものに気付いているのは玲だけだろう。
「昼間も出るのか?」
 振り返らずとも、耕輔である事は解る。
「どうする?」
「どうも」
 玲は目の前に居る、立ち去りそうも無い物体に近付く。
「消えろ」
 玲の言葉はまわりは聞こえない。それほど小さな声だが、耕輔の眉が動くほど威圧感はある。
「助けて」
 物体はそう言った。玲が足を止める。
「助ける?」
 玲の小声は続く。周りを過ぎる人。時々、耕輔は顔見知りとおふざけに大声を出している。そんな中立ち止まっている玲がおかしくないとはいえない。だが、誰も玲の様子に気付かない。玲は弁当の場所を探しているように、遠くを見ているのだ。
「なぜ?」
「居たくないから」
 玲は思わずその物体を見た。空中に浮かぶ学校特有の浮遊霊だ。それが居たくないなど、ならなぜ死ぬ? と言いたげな玲の目に、霊は俯き、耕輔のほうを見た。
「切り捨てて、この世に未練を残したまま消えるのは嫌だから。あなたなら、解ってくれると思って」
「何を?」
「私がこうなった理由」
 玲は場所を見つけたように歩き出す。霊は大声で話を続ける。だが、霊はその場所から動くことは出来ない。その場所、渡り廊下の脇だけ。
「あたしは好きな人が居て、その人、私以外の人を好きになって、私ショックで、学校飛び出たらトラックに当たって。あたし、あたし」
 玲は弁当をあけて卵焼きを口に入れる。
「あまり、人の色恋沙汰に興味は無いんだけど」
 玲は呟いて、顔を上げる。浮遊霊と耕輔を視界に入れ首を傾げた。
 耕輔は首をすくめて立ち去る。霊はその耕輔を見送り、校舎に消えると玲を見た。
「今晩の九時に、来てください」
 霊は消えた。たぶん、そこに潜んでいるだろうが、霊感のある者の前に姿を見せようとする力を消しているようだ。
―ああ、そのほうがいいよ。あたしも普通だと思える―
 玲は弁当を膝におろし、ため息をついた。「普通」という言葉に苦笑いが浮かぶ。
「普通ねぇ」
 何処が普通だ。体の中に居るものは、耕輔が言ったように鬼が居る。鬼というと聞こえは悪いが、地球に住む自然の神様が入り込んでいるといえば、聞こえはいい。そんなものが体の中に居て、時々それを操ることの何処が普通だ。
 昨日一緒に居た流は、鬼塚を守っていた標縄しめなわの化身だ。玲よりも体の中の力をうまく誘導する。ほとんど、流の指示に従って玲が呪文を唱えたり、力を振るうに近い。
 だが、契約者は玲だ。玲が思っていないことは流はどんな場合も勝手には出来ない。だが、そんなことなど稀だ。
 玲はため息をついて弁当を口にする。
 夜九時。
 玲は暗がりの中浮かび上がる白い校舎を校門から見上げた。
「怪しい場所だ」
 玲はそう言って左側を見れば、耕輔が立っていた。学生服のままだというのが、「普通」らしく無くて笑ってしまう。
「着替えないの?」
「面倒じゃん。制服だと、誰かに見られても、忘れ物で済む」
「どうだか」
 耕輔は笑いながら門をよじ登る。門に乗って眉をひそめた。それを下から見上げていた玲が校庭を見る。
「渦?」
「だな」
 玲が門の格子に手をかける。
「水?」
「だな」
「鬼?」
「さぁ」
「行く?」
「来てくれって言われたから、来たんだろ?」
「まぁね」
 玲も門の上に乗る。
「溺れると思う?」
「は? 幻想だぞ」
「でも、金槌だから」
「マジ?」
「悪い?」
「じゃぁ、昨日の彼氏にでも助けてもらえ」
「流? ……、あいつは、あたしが苦しむの見るの結構好きなんだよなぁ。助けに来るかな?」
 玲の言葉に耕輔は苦笑いを浮かべ、玲の腕を掴み、用意なく校庭に飛び降りた。
 ごぼごぼと顔にあふれてくる「水」に玲はパニック状態に陥る。手足をばたつかせ、口の中に校庭の匂いと同じ水が入ってくる。
「嫌だ! 助けて!」
 もがけばもがくほど苦しい。
「大変だねぇ」
 硬く閉じていた目を開ければ、流が門の上にしゃがみ乗り、にやりと笑っている。
「確かに、助けそうもないな」
 真横で玲に殴られながら浮いている耕輔が呆れ口調で言うと、流はくくくっと笑うだけだった。
セツ
 耕輔がそう言うと、水はぱっと消え、玲は四つん這いになり咳き込む。
「マジで金槌?」
 耕輔は不本意に殴られた頬をさすりながら立ち上がると、流がその側に降り立った。
「言ったでしょ、金槌だって」
「いや、驚いた」
 耕輔はそう言って校舎の方を見上げた。
「いいねぇ、夜の校舎。暗雲立ち込める紫の雲」
 流の言葉に耕輔は流へと目を移す。
「そう睨みなさんな。で、あんたは誰と戦う気だい?」
 耕輔はまっすぐ流を見て離さない。
「俺? ああ、いいけど、その前に来客だ」
 流の言葉に玲は咳をするのを止め、耕輔は背後に気配を配る。
 女子高生だ。今の制服ではなく、まだセーラー服当時の制服を着ている。赤いスカーフが異様に目に付く。ふらりふらりと歩いて近寄ってくる。
「昼間とはまた様子が違う」
 耕輔の言葉に玲が彼女を食い入るように見る。
―同一人物?―
 玲が眉をひそめると、その背後に流の気配を感じる。
「来てくれてありがとう。でも、そっちの二人は要らない。あたしが欲しいのは、鬼姫の力。そうすれば、ここから出られる」
―ああ、そういうこと―
 だから耕輔を警戒し、耕輔が居なくなって時間の話をしたのか。そういえば、耕輔はあの場に居なかったし、聞こえるような範囲からも立ち去っていたはずだ。なぜ時間がわかった? 玲は耕輔を見た。
「邪念は消せ。付け込まれるぞ」
 流が耳元で囁く。
「悪趣味。縄のくせに俗世間にもまれすぎだぞ」
 玲の言葉に流は笑いながら両手を伸ばす。
「暇なものでね。毎日AV鑑賞しかすることないの」
 両手は玲の身体をすり抜け、身体も玲を通り過ぎる。そして玲の前に立ちはだかると、かくっと肯いた。
「見物。と行きますかね」
 耕輔は後ろの校門に飛び乗った。
 女子高生は走り出し玲に飛び掛る。高さはほぼ三メートルは飛んでいるだろう。奇声を発して降りてくる。
「疾風」
 玲は両手をあげ、それを交差して振りほどくと、流の体が操り人形のように振り回され、飛び上がり、女子高生の体目掛けて竜巻のように貫いていった。
 獣の雄たけびのような声がしてすぐ、女子高生は二体に分かれた。一体は女子高生のままで、攻撃をもろに受けぷすぷすと煙を出しながら地面に叩きつけられた。もう一体は、大きな蜘蛛だ。
「何で、どうして」
 女子高生が崩れながら片手を伸ばす。
「容易くやられおって、もう少し情に訴えていれば、しょせん小娘、容易にあの力が手に入ったものを!」
「じゃぁ、あたしは」
「力が入れば、捨てるつもりだった。まぁ、あんなものを被っているよりは、こちらのほうが本領発揮できるというもの。この姿を見たことを後悔するといい」
 蜘蛛はそう言って身体を折り曲げ、糸を吐き出す。玲は容易く掴まり、その前の流もまた糸が絡まってしまった。
「容易い、容易い。鬼姫といえど、生まれ変わればただの小娘。俗に汚れた者は、しょせん俗物に過ぎぬ」
 蜘蛛の勝ち鬨が聞こえてすぐ、バリン。という硬く薄いものがはがれる音がした。
「確かに俗物だろうが、いまどきの小娘は切れやすいんだよ」
 玲の声が流の口から聞こえた。まるで腹話術だ。玲は口を硬く瞑って蜘蛛を睨みつけている。
風牙フウガ!」
 流の口から玲の声で叫ばれたとき、流の身体を縛り付けていた糸は切れ、その糸は細切れになって矢の如く蜘蛛に突き刺さる。
「どうだ、自分の糸が刺さった気分は?」
 流は浮き上がり、高みから蜘蛛を見下ろした。
 蜘蛛は顔を除くと板が列を成しているだけだった。正面から見れば丸い身体に見えたものも、板がそういう形になっているだけだった。メタリックで、サイバーな蜘蛛の体の、その板同士の隙間に糸の矢は突き刺さっている。 
「終わりだ……、護風ゴフウ
 流は右手を突き出し、その掌から風の球を生むと、それを蜘蛛に投げた。蜘蛛はその球に取り込まれると、流は掌を握る。それとともに蜘蛛を取り込んだ玉は小さくなり、挙句には「プチッ」という音を立てて消えた。
 流は降り立つと、両手を上げ玲の前から背後にすり抜ける。
 玲を縛っていた糸が意思を持たずにぼそぼそと落ちると、風に舞って消える。玲は倒れたままの女子高生を見下ろす。
「あまり、人の色恋沙汰は好きじゃないんだ。悪く思うな」
 玲は左手の人差し指と中指を立て、女子高生を指差したあと、その指をくいっと上に向ける。女子高生はふわっと浮き上がると、そのまま急上昇した。
「未練がましい女は嫌われるんだよ。それは常さ」
 そう言うと、玲は膝を崩し倒れた。それを流が受け止め抱きかかえると、門の上の耕輔を見上げた。
「感想を聞くつもりはない」
 流はそう言うと、シュタッと飛び上がり、学校を出て屋根を伝い飛びして消えた。
「俺も強くなったもんだ。あれを見て平気で居る」
 耕輔は苦笑いをし、背中に背負ったものと背中の間に脂汗を感じていた。

 朝、玲は眠そうに目をこすりながら教室に入ってきた。
「知ってる?」
 玲にそう言って飛び掛ってきたのは、同じクラスの吉村 千沙だった。
「何?」
「白骨死体が出たんだって」
「ハイ?」
「中庭の、渡り廊下そば。用務員さんが、野良犬が掘り返してた場所に見つけたんだって」
「中庭? あたし昨日そこで弁当食べたのに」
 玲はわざとそう言って口に手を当てる。
「あたしだって、あそこお気に入りだったんだよ」
 千沙も一緒に青ざめた表情をする。
 そんなことの何処に重要性があるのだろう? 思っても居ないことに被害者ぶる。当事者にしてみれば、そんな嘘すぐに解ると言うのに。
 千沙は後から来た生徒にも同じことを言っている。まるで放送局。そういうあだ名通りの子だ。
 玲が席に座ると、千沙に目が向いている中、耕輔がそばに来た。
「ひとまず、お前を見てるよ」
「あいにく、色恋には疎いんだけど」
「じゃぁ、そのうち落とすように努力するさ」
 耕輔の冗談に、玲は含み笑いをして窓の外を見た。
 あの浮遊霊は、寂しかったのだろう。誰も知らず、ひっそりと埋められた自分。事故して、その原因は自分だと分かっている男が埋めた悲しい恋心。
「色恋って言うのは、難しいねぇ」
 自分を埋めた男をずっと待ちつづけ、まだ愛していた彼女は、成仏できただろうか? 昇天させたが、無理やりに変わりない。もしかすると、別な妖獣に取り付かれたかもしれない。まぁ、そういう雑用は流がしてるだろう。
 昨日は溺れかけた。それだけでもう一週間分の仕事をしたはずだ。今日はゆっくり寝たい。

「……、で今日は、新月かい」
「真っ暗夜は妖獣の百鬼暗夜だからな」
 玲はため息をこぼし、背後に立った玲を体に取り入れた。


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