もう、あかん。
 そう感じて、あたしは荷物を手にしたのに、もう後悔してる。
 あいつの側に居て、今まで何の得があった? 何か幸せやなって感じた? 振り回すだけ振り回しといて、いっつも、訳解らんこというて逃げるあいつに、もう、うんざりなはずやんか。
 彼女は何度目かの説得を自分に解いてバス停に立った。
 彼女の言葉が直らないように、彼の無口で、何をしているのかさえ解らない行動は直らなかった。
「つくづくめでたい女やと、自分で、自分を笑うけど。」
 彼女はため息をこぼす。
 何度も呟いてきた歌。この歌の通り、彼を信じて頑張ってきたはずなのに、ちっとも、幸せにならなかった。
「なんやなぁ。けったいなことしてたわ。」
 彼女は茜空を見上げる。
「もう一度、やり直そうって、平気な顔をして。今更……。」
 彼女は歌を止めてバス停にいる彼を見た。ガードレールに腰掛けて、来るだろうと知っていたかのような座りかただった。
「どこ行くの?」
「どこて、家にかえんの。」
「家って、実家?」
「そこしかあらへんもん。」
「そうか。」
 移らない言葉と、慣れない言葉。
「なぁ、俺、馬鹿か?」
「多分な。」
 彼は唸って、彼女を見上げた。ここで彼の顔を凝視できるとは思ってなかった。少し茜色に染まり、悲しそうな顔をしている。
「俺な、出張が決まった。ずっと、ずっと頑張ってたんだけどなぁ。あと、一年。って。」
「そう。」
 何が一年でどう変わるのかさえ彼女は知らない。彼がどこかの会社の営業マンで、このところのがんばりで、給料が増えたのは嬉しいことだが、でも、相変わらず極秘人間なのだ。
「あと一年したら、区切りいいかなって。」
「何の区切り? 別れる区切り? 新しい家政婦さんでも雇うの?」
 彼の顔が一瞬険しくなったが、そう思わせるようなことをしてきていたんだと、また顔色が沈んだ。
「出張って、遠い?」
「そうでもないと思うけど、そうだな、俺の実家からだとかなり遠い。」
「どこ?」
「西。」
「西のどこ?」
「かなり、煩いとこ。」
「煩い、どこ?」
 多分こう言われている時って、自分が言ってもらいたいとこと同じなんやと心のどっかで解ってる。でも、やっぱり、口から聞きたい。
「かなり煩いらしい。お前みたいなのがうじゃうじゃ居るらしい。お前のお母さんとか。姉さんとか。」
 彼女は顔を両手で覆った。
「あと一年したら、ちょうど五年で、切りいいから、挨拶言っても、五年ですって切りいいかなと思ったんだけど、なんか、早まっちゃって。どう?」
「どうって、何が?」
 彼女は鼻声で、鼻をすすりながら聞く。
「否、誕生日とかの方がいいのかと思ったんだけども。」
 彼女が顔を上げると、小さな、小さな、お世辞にも給料の三ヶ月はないだろうと思われる指輪が大袈裟な台座に乗っていた。
「なにしてんねんな。」
「何が?」
「こんなことする人ちゃうやん。」
「いらんのなら、捨てる。」
「あかんて。馬鹿。」
 彼女はそれをすぐに捕まえ、じっくり眺めていた。
「なんだっけ? お前の好きな歌。大坂の歌、」
「やっぱすきやねん?」
「そうそう、どんなんだっけ?」
「あのな。」

 つくづくめでたい女やと、自分で自分を笑うけど、やっぱすきやねん。やっぱすきやねん。

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