「それ」よりも側に居たい
松浦 由香



 土佐電をはりまや橋から『ごめん』行きに乗りこみ、葛島橋東詰という停留所で降りる。
 この土佐電のちんちん電車は乗り込むのが恥ずかしくなるほどの社外広告が施されているときがある。金融広告あり、飲料水などの食料品から、それらを取り扱っているスーパー、果ては「アンパンマン」や「フクちゃん」までもが走っている。かと思えば、ベルギーだ、スウェーデンだの電車も走る。統一性の全くない電車だ。江ノ電のように緑一色のほうがよく見えると思うのだが。
 とにかく、かずら橋東詰で降りる。つい最近その橋の対岸に大型スーパーが出来て、土日祝日はその道も混むようだ。
 否、平日も、この橋さえ東に越えれば渋滞は緩和されるし、この橋からが渋滞区間なのだ。それで、なんでこんな車だらけの場所にやってきたかといえば、目指す目的の五台山に登るにはここで降りるのが一番なのだ。
 葛島橋というのだから、橋があり、それは船入川と、国分側を合流させた海へと流れる塩河川で、満潮時ともなれば塩の匂いがする。
 その堤防を歩く、車が行き交うには少々難のある堤防沿いの道は、結構抜け道として車の通りが多い。青柳橋から高須方面に抜ける車と、高須から、御畳瀬(みませ)、浦戸方面に抜ける車が行き交う。だからたまに危ない目にある。歩行者は堤防に造られた歩道を通ればいいのだが、何故だか途中で道路に降りて暫く歩いてまた歩道に上がらなければならないので、ほとんどそこを誰も通らない。
 夕方辺りになると、無灯火の自転車を轢きそうなRV車や、大型自家用車を見て冷や冷やさせられる。
 歩いて十分、二十分は掛からない内に、公園と併設された神社に着く。かなり寂しく暗い神社だが、何故だかまだあったりする。たまに子供が遊んでいる風景に出くわすと、結構驚く。まぁ、座敷わらし。とは思わないが。
 そこを右折するとやたらと整備された、しかしほんの五メートルほどの開けた道路に出る。そこは変形の四差路で、まず右は青柳橋。市内の南裏の大通りといったところだろうか、そこに抜ける。まっすぐ行けば宝永町の南北線に抜け、北上すれば高速高知インターへ、南下すれば高知港へと抜ける電車通りに出る。
 左には二本道があり、向こう側は目的地である場所を迂回し、御畳瀬、種崎海水浴場方面に抜ける道と合流する。ただしかなり狭いので注意。確か、もう十年、以上昔『そう言う方たち』の紛争で、家に大型車が突っ込んだという幹部屋敷があるのもこの辺りだ。
 さて、残す一本が目的地へと通じる道だ。
「文学作家にでもなる気か?」
 彼女は振り返った。長い髪は背中の中程を過ぎ、下の方で縛ってあるだけ、化粧はうっすらとしている程度で、ほとんどすっぴんに近い。口紅もオレンジをうっすら引いただけで、格別な顔ではない。服装はいまから行く場所に適している。汗を吸いやすそうなシャツと、着脱の簡単な上着、動きやすいストレッチ系のズボン。そしてタオルはすでに首にある。
 一方、彼女に声をかけたほうは、ジーンズに、トレーナーで、彼女と一緒に行くにはかなり難ありな格好である。
「文学作家?」
「さっきからぶつぶつ言って、文学にでも目覚めたか?」
 彼女は口に手を置いた。ふいに思考中心になると独り言を言っているときがあるらしい。多分、電停からずっと言っていたはずだ。
「別に、文学に目覚めた訳じゃないよ。」
「そのわりに回りくどかったり、不必要な言い回しが多かった。」
「あのねぇ、人の独り言に文句付けないでくれる?」
 彼女は彼を睨んだ。彼はすまなそうな「顔」はしていたが、絶対そう思っていないだろう。と彼女は知っている。が、あえて文句も言わず屈伸運動を始めた。
「で、登るって?」
「そうよ。登りに来たの。」
「なんでまた?」
「学生卒業以来数年ぶりに、歩いて登ってみたいなぁ。と思ってね。」
「死ぬぞ。」
「多分ね。だから、あんたを誘ったんじゃない。まさか後ろから登場するとは思ってなかったけど。」
「一緒に登れって?」
「嫌なら、上で待ってて良いわよ。一人で行くから。」
 彼女は歩き出した。かなり勾配のある車道と一緒の登り入り口。
「解ったよ、ついてきゃいいんだろ。」
 彼女はそう言うことを計算済みで歩いていた。そして微笑み振り返って「ありがと」と笑って見せた。
 彼女の職業はここからしばらく行った先にある雑貨店の店員。彼は何とか事務機というものを売っている営業マンだ。
 二人は車道と一緒の道を少し上がり、最初のカーブを過ぎた場所にある山道にはいる。
 紅葉はすっかり葉を落とし、なんだか寂しいものだが、そこを歩く。
 石の階段のような、木の滑り止めだけの段のような、そんな道が続く。
「で、なんでここよ?」
「あ? ああ、ネットでね調べてたのよ。高知のこと。そうすっと必ず、」
「坂本龍馬?」
「一番ね。あと、中岡慎太郎。板垣退助。山内一豊。」
「でもそいつ余所もんだろ?」
「まぁいいじゃないの、別に今は関係ないから。あとは長曽我部とかね、まぁ、いろいろ居たのよ。その他だとよさこいとか。」
「でも北海道に盗られてるだろ?」
「まぁ、いいやさね、本場で踊るよりも大きくて、大がかりで、県の予算が違うんだものしょうがないよ。あと、はりまや橋。」
「がっかり名所。」
「でも、もうそれも地下道に移っていて、その名残すらない。高知城に、」
「あそこ金取るよな。」
「なぁんもない気がするけどね。ま、城好きにはいいんじゃない。あとは、鰹のたたきに、皿鉢料理。」
「旨くないよなぁ。」
「ねぇ。高いだけでぜんぜん。でも一応親戚一同が集まると、何故だか用意してしまう。」
「そうそう。いまだにわかんねぇのが、なんで唐揚げの横にようかんなんだ?」
「知らない。」
 彼女は立ち止まり一息入れる。
「歳とったなぁ。」
「煩いなぁ。しんどくない?」
「ぜんぜん。営業を舐めてもらっては困る。」
「あっそ。」
 彼女は意を決意したように足を運ぶ。
「それで?」
「それで、最後ぐらいに、四国八十八カ所33番札所のここがあるのよ。」
「ああ、あるね、竹林寺だ。」
「そうそう、なんかさ、ジャッキー・チェンが出てきそうにない?」
「そりゃ、少林寺だろ?」
「似てるじゃん。」
「お前の頭がな。」
「そりゃ煮てる。一緒じゃん。ってばか。」
 二人の前に老夫婦が居たが道を譲ってくれて先に登る。
「お、徐々に高くなってきたかな?」
「気がするだけ。」
「あ、そうっすかぁ。」
 彼女は頬を膨らませ後ろに広がり始めた街を見下ろした。
「こう見るとさ、否、もっと上からの方がいいけど、でも、高いところから見ると、あの中にいる私らってさほどのことはないと思うよね。忙しいとか、休み欲しいとか。普段なら言ってんだよなぁ。」
「しっかし、いつきても見晴らしがいい。」
「まぁ、高知には高いものがないからね、目が良くて、運も良ければ高知城見えるんじゃない?」
「ないない。」
 二人は歩き出す。
「で、三十三番札所に用があるのか?」
「いいや。有るような、無いような。かな。純真お馬って知ってる?」
「かんざしの?」
「そう、♪土佐の高知のはりまや橋で 坊さんかんざし買うを見た。のモデル。」
「それが?」
「成らぬ恋をして引き裂かれて、可愛そうだなぁと。」
「ほぅ、お前にも同情心というものがあったのか?」
「おいおい。いやね、最初は、純真って、ただのロリコン? とか、お馬さんって、好き者? とか思ったけど。」
「なんだよ、それ。」
「だって、純真さん四十前だったんだよ。」
「相手は?」
「十七。ね? ロリコンで犯罪でしょ。」
「いいねぇ、そんだけ若けりゃ、」
「じゃぁ、そこら辺歩いていた幼稚園児をどうぞ。」
 彼女の言葉に彼は口をゆがめる。
「でも、二人はさ、本当に好きで、駆け落ちして、引き裂かれたんだよ。」
「駆け落ちねぇ。坊主が?」
「そ。好きで好きでたまらなかったんだろうね。」
「生涯が多かっただろうし、燃えただろうねぇ。でも待てよ、どこでしてたんだ?」
「何を?」
「H。」
 彼女は立ち止まってまで彼を睨んだ。」
「だってそうだろ? 連れ込み宿に行ってるのが解ったらそれこそ大変だろ? かといっ
ててらで擦るわけにもいくまい?」
「そこら辺?」
 二人は雑木林を見る。
「あんなとこでしてたら、きっと病気になるね。」
「上手いことしたんだろ。」
「上手い事ねぇ。でも、お馬さんには昔の彼氏がいてね。その人も坊主だったのよ。で、その人がかんざしを送ったらしいのね、それなのに純真さんとの中が公になって、寺に入られない、街には居られないで関所破りしたんだってさ。でも直ぐに捕まって、お馬さんは須崎に、純真さんは香川に国払いされたんだってさ。」
「今じゃぁ、車で何時間だけどな。」
「ね。遠距離は自然消滅の始まりだしね。」
「そうでもないだろ?」
「あたしは嫌だよ。逢いたい。って時に逢えない人なんか。」
 彼は黙って彼女の後を追う。歩幅の狭い彼女の後ろを歩くのはかなり苦しい。直ぐに追いつくし、直ぐに立ち止まらなければならない。
「引っ張って。」
「は?」
「疲れたもの。」
「お前一人でも登れるんじゃなかったのか?」
「いいから引っ張って。」
「ったく。」
 彼は彼女の手を握りそれを引っ張る。
「お馬って何屋なんだ?」
「さぁ、でも、お馬さんのお母さんは寺の洗濯物を引き受けてたんだって。それで時々出入りしていたお馬さんに純真さんが一目惚れ、それで付き合いだしたんだってさ。」
「美人だったんだ。」
「らしいよ。それもかなり。だから、噂になったんだから。」
「人の噂も何とか言うけどな。」
「まぁ、時代だからね。スキャンダルとかって好きだし。」
「特に田舎はな。」
「ねぇ。どうしてそっとしておかないのかねぇ。」
「田舎の人ってほんと噂とか好きだよな。」
「人のこと干渉しすぎ。でも、それが無くなって、寂しくなった気もするけどね。」
「極端過ぎんだよ。」
「そうそう。」
「それで? お前がその純愛ものが好きだとは知らなかったぞ。」
「別に、純愛ものの探検に来た訳じゃないわよ。ただね、なんか共感したのよ。好きなのに、一緒に居られないのって辛いよなぁって。」
「死んで一緒って言われてもな。」
「そうそう、なんかあとになって悪かったみたいにお墓一緒にしてくれるんだったら、生きてるうちにしてよねって思うよね。」
「あの世で会ってるかな?」
「さぁ。行ったこと無いからね。そう言うことを叶えてくれる場所かどうか。それに仏教はいまだに結婚できないでしょ?」
「出来るだろ?」
「そうなの?」
「さぁ、しらね。」
「まぁいいや。ともかくだよ、なんか共感してやって来たわけさ。」
 駐車場に出た。やっと七合目辺りになるのだろうか? ちょうど、頂上と竹林寺・牧野植物園へと行く道の分かれ道に相当する場所で、鹿しか居ない動物園の側にある。それでも休日だからなのか数台の車がある。でも人影はない。
 動物園の緑のフェンス横を過ぎ、残りを上がる。
「でも何で好きになったのかねぇ。」
「は?」
「だって、相手はお坊さんでしょ? あたしゃハゲはね。」
「あれは剃髪って言うんだよ。別にはげてんじゃないの。」
「でもさぁ。」
「今よりもっと徳があったから、かる〜くオタッキーのアイドルだったかもよ。」
「マニアックなファンとかいたかな?」
「格好良ければね。」
「阿倍清明とか?」
「あれは坊主じゃなくて陰陽師だろ?」
「似たようなものよ。」
「おいおい。」
「でも、よくやったよね。四十のおじさんも考えなかったのかね? 連れて逃げても捕まるとか、捕まったあとのこととか。」
「そんな危険を犯しても一緒に居たかったんだろ。」
「それだけ好きだったらね。案外周りがそう言うから、なんか一緒に逃げたとか。」
「ねぇだろ。それこそ、その後どんな罰があるか知れないのに。」
「だね。お、展望台が見えてきた。あと少しだぁ。」
「腹へったぁ。レストランで喰うか?」
「否。弁当持ってきてるよ。」
「俺の分も?」
「一応。」
「お、気が利くねぇ。」
「付き合ってくれてるお礼さ。」
「妙に安いなぁ。」
「あ、じゃぁやんねぇ。」
 ようやく展望台公園に出る。春になればツツジで満開の植え込みも、ただの緑の岡マリモのようなものが並んでいるだけで、殺風景だ。
 展望台はくすみがかった白い建物で、レストランの看板が見える。入り口の階段は、古い建物の階段らしく、妙に心地悪く、落ちそうな錯覚に陥る。
 展望台に上がると、どこにいた? と思われる人が街の方を指さしている。
「ガスってるなぁ。」
「でもいい空。」
 彼も見上げる。
「そういやぁ、お前この空を見えなくなるのが嫌で、高知でなかったんだよな?」
「そうよ、腹立たない? 凄く寒いのに、凄くいい青。凄く熱いのに、凄くいい青。どっちも好き。凄く腹立つ青なのにね。なんかすっと透過してくの。」
「透けてないぞ。」
「何を透けさそうと思ってる?」
「服。」
「馬鹿。」
 二人は手摺りに近付く。眼下に見えるのは国分川だ。船がちらほらある。アサリか、小魚かよく解らないがそれらを捕っているのだろうか? あと少し大きい船はなにやら荷を持っているだろう。ちょうど対岸との中程に島がある。鳥の巣だな。あれは。と思えるほど鳥がその上を行き交っている。
 妙に高いビルはトップワン四国で、野球ネット? 打ちっ放しのネット? がある。高須方面は住宅地なのでマンションと一軒家、などなど生活感溢れる地域が見える。
 向こうのほうは一宮(いっく)だったり、岡豊(おこう)だったりするだろうか? とにかく見晴らしはいい。
「夜景見に来たことあるの覚えてる?」
「ああ、」
「寂しいよね。ただ、ここしか知らなかったときにはさ、凄いと思ったけど。」
「大阪とかの方が凄いだろ?」
「でも、それほどのあかりも必要ないかなとも思う。あたしにはちょうどだよ。」
「夜まで居る気か?」
「冗談。ヤブ蚊に吸われる。」
「脂肪吸われりゃ良いけどな。」
「弁当上げないぞ。」
 彼が拝む態度に彼女は笑い展望台を降り、下の公園の一角に腰を下ろした。
「よくここで弁当食べたなぁ。」
「ずっとここだったからな。」
「そうそう。そんで、毎年文句言って。でも、大人になってこなくなると、妙にここが好きでさ。」
「いい山だからな。」
「そうなんだよ。懐かしいというか。」
「あの二人には窮屈だっただろうけどな。」
「純真お馬? そうだね。どんな思いで隠れて逢ってたんだろうね。」
「想像もつかねぇよ。」
「ほんと。うちらは恵まれてるからね。」
「そう言うことになるな。」
「ねぇ。」
「あ?」
「好きだよ。」
 その後、彼が照れながら弁当のおにぎりを頬張ったのは記さなくても想像つくだろう。

 その昔、純真という竹林寺の僧侶が、街娘お馬と恋に落ちた。純真がかんざしをかったと言われているが、他の僧侶が送ったとも。とにかく、この二人、かんざし一個で恋の逃避行をし、逢えなく捕まり、生涯逢えずに一生を終えたという。悲しい話しの顛末は悲恋を同情する人により、あっという間に永遠に語り継がれた。
 ♪土佐の〜高知の〜はりま〜やぁ橋で〜坊さん かんざしぃ買うを見た よさこい よさこい




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