暗雲の社交界

松浦由香


 暗闇の中、抜きに出ている城の明かり。それは神々しいとも、煌びやかとも取れる光りだ。だがそれは、そこで楽しげな声を上げている一部の、ほんの一握の砂粒しかそう思っていないのは、察しが付くであろう。

 18世紀のルネッサンス時代を思わせる貴族社会。封建政治真っ直中にある、とある国の、とある王宮である。

 とは言っても、小さな街の城なので、さほどの大きさも、栄華もないであろうに、貴族の習わしか、それとも貴族の悲しき【性】か、とにかくほぼ毎夜のように、この城は煌々と明かりを付け、一見だけでも楽しげに宴を開いていた。その誰もが【嘘】という仮面を付けた上で……。

 さて、大広間では、優雅に大きな大輪の花(スカート)が咲き乱れては、軽やかな笑い声を上げている。そのどれもが不愉快でたまらない。と言った感じで、彼女は息を吐き捨てた。

 彼女は開宴後すぐに、このカーテンで仕切られる【休憩所】の中に入り込んでいた。壁際、特に窓の下には植え込みがあり、しかも地面との差のある壁際には、柱ごとの間隔にカーテンで広間とを仕切れる小さな休憩所がある。まぁ、休憩所とは名ばかりで、そこで何が繰り広げられ、何を行っているか、この世界に生まれ、この世界に育った彼女には目に余る事実をだったが、あえてそれを黙認し、そしてそれを拒否していた。

 彼女は一人でその中にいたのだが、あえて半分だけカーテンを引いてそこに座っていた。半分は一人だという合図でもあるが、彼女のその格好を見れば誰も入っては来なかった。 『碧眼の少女』と呼ばれる彼女は、その豊かな黄金の髪と、大きな双眼の緑色が目を引く美人だ。

 しかし、彼女は【相方】の椅子に両足を上げ、おそらく少女がするような格好ではない、【休息姿勢】格好をしていたのだ。

 淡い桃色のスカートの裾から、微かに見える白いソックスが、世の男性の目を背けさせるのだ。しかしそれに魅力を感じないわけでもないのだが、このご時世では、彼女のその態度は破廉恥きわまるものだから、彼らはそれほどまで【変態】ではないと拒否したのだ。内面の嘘を押し殺して。

 彼女の名前は、マイラ・ジニー・クリフォンド。クリフォンド公爵家の令嬢で、今年はじめには社交界デビューをした、十五歳である。

 そして、彼女の不機嫌の原因である、この城は、ジョシュア・クリグリットの持ち物であり、今ところ密に繰り広げられている民主化の流れを真っ向で否定し、お間抜けな政策を摂っている馬鹿城主である。

 そのほとんどの業務は、シェルランデス枢機卿に任せ、毎日のほとんどは、どこかの国からわざわざ呼び寄せた女優、マルガリータ嬢のために費やしていた。

 そのジョシュアの毎度の舞踏会にマイラはほとほとうんざりしていたのだ。別に、民主化の波受け、感化され、貴族蜂起を企てている、そう、ジョシュアのような輩からいわするところの【落ちた貴族】ではないし、愛と平和を歌い続ける布教家でもない。ただ、ただ、このうんざりな時間が嫌なのだ。

 音楽に合わせて踊り、薄皮一枚の虚栄を身につけ、口にするのは必ず【天気】か【宝石】の話題しかない。

 なんという低俗な輩だろう。マイラは初めこそ、この世界に憧れていたし、この世界の仲間になることがどれほど誇らしかったか。でも今は、もう、うんざりなのだ。

 その理由は先に述べたとおりではあるが、それ以上に、もうその姿を見せなくなってしまう人のことも理由の一つだろう。

 アロルド・カラン。侯爵家の嫡男であり、ジョシュア【王】の親友である彼が、シェルランデス枢機卿の威光で、海外留学をするのだ。

 海外留学。なんと響きのいい言葉だろう。しかしその内容は、当分の国外追放だ。シェルランデス枢機卿の政治を罵倒し、直接ジョシュアに意見したが、全面的に枢機卿の意見を取り入るジョシュアに、アロルドの声など届くはずもない。そしてその結果が、人知れずの留学となったのだ。

 マイラは深くため息を付くと、窓の外に、室内の明かりを避けるように歩く旅姿の人影が横切った。まさにそれはアロルドの姿だった。

 義理深いアロルドのことだ、いくらのジョシュアにも別れの挨拶をしに来たのだろうが、ジョシュアが席を立ったところは見たことがない。

「なんという情けのない、恥知らずなの!」

 マイラは口の中でそう罵り、誰の目の届かぬように外に出て、アロルドの影を追った。 小さな雑用者が使う通用門側、三頭の馬、そして二つの影が見える。

「アロルド!」

 マイラが声を掛けると、影が振り返ってマイラの姿を確認した。

「やぁ、ご機嫌いかが?」

「最悪だわ。今晩行くの?」

「ああ。長引くと、母に容赦ない罵倒が来る。」

 アロルドの母親は長いこと病床にいる。父親はアロルドが小さいときに戦死しているので、母一人子一人だ。

「お母様のお加減はいかが?」

「まずまずだ。」

「お母様もご一緒?」

「ああ、先に出立した。」

「追える?」

「私たち二人なら、すぐに追いつくからね。」

 マイラは側に居た男の方を見た。アロルドの執事だが、執事以上の信頼関係を持っているレヴィンが、マイラに軽く会釈をした。

「残念だわ。もう逢えないのね。」

「可能性は高いね。」

 アロルドが馬に跨ると、レヴィンも同じく跨った。もう一頭の馬には旅路の水と食料が小さい荷物で乗せてあった。

「何も夜に行かなくても。」

「誰の目にも触れるな。それが、【彼】の命令だ。」

「うつけものめ!」

 マイラは苦々しくそういうと、アロルドは悲しげに含んだ笑顔を見せた。

「すっかり変わったよ。」

「本当。アロルドを国外追放するなんて。」

「……、マイラ、もうじきここも民主化の戦渦が広がってくるだろう。」

「ええ、そうね、すぐ側で火が上がっているのは聞いているわ。」

「逃げた方がいい。」

「行く宛がないわ。私はここで生まれ、ここで育った。私だけじゃない、私の家族全て。行けない。連れて逃げてくれる?」

「私が手を差し伸べて、君は来るかい?」

「そうね。行けないわね、きっと。」

「元気で居るんだよ。運があればまた逢えるから。」

「ええ、その日を期待しているわ。」

 三頭の馬は、蹄鉄音を響かせ夜の闇にその影をくぐらせていった。

 マイラは夜空を見上げた。すっかり星の見えなくなってしまった空、それは暗雲が近くまで来ている証拠だ。逃げる場所など無い。来ると知っている恐怖から逃れる術はない。マイラは城に向かった。あの者達と道ずれでここで土に帰るのはごめんだ。だからといって、貴族娘に何が出来よう。市民に宿と食料を提供しても、すでに貴族であろうと食糧難は容赦なくやってきている。服を提供しようか? それがなんの稼ぎになる? 身を売るか。そう言えば、どこかの国の哀れな貴族は、高級娼婦になったという。そして、それはあまりにも貴族男性を魅了した結果、魔女と呼ばれて火炙りにされたという。

 マイラは煌々と漏れる明かりが、微かに落ちてくる庭で小さな、本当に小さな涙を落とした。

 

 その数ヶ月後、この国にも市民蜂起が起こり、貴族の家は次々に打ち壊されていった。だが、マイラの家は壊されなかった。その前に火が上がって全焼していたのだ。誰が放った火だか知れない。でも確かにそこで暮らしていたものはその焼け落ちた中からは見つからなかった。

 マイラたち一族がその後どうなったのか誰も知らない。シェルランデス枢機卿は祖国に帰る途中行方不明になっている。そしてアロルドさえも。ただ唯一解るのは、ジョシュア・クリグリットは、四頭の馬に両手両足を引っ張られ、八つ裂きにされた上、柊の木の天辺にさらされて、肉鳥に啄まれた。

 こうしてこの国は大きな政治変革後、民主政治を執り、世に言う無貴族社会を確立していくのである。


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