≪天野 かなたの場合≫



 三学期が始まった。
 後はヴァレンタインデ−しかない。
 天野 かなた。14歳。中学三年で、高校受験を控えていた。
 大きな目と、背の小さいこと意外、どこにでも居る子だ。格別可愛いとも言えず、性格もそうハッキリしてもいない。
 かなたの周りに居る、鈴木 京香や、田代 夏生のほうがよっぽど特徴的で、話の主人公向きだと、かなたは思う。
 京香は生徒会長をしていただけあって、推薦で既に高校を決めている。夏生は公立の偏差値にこだわらない高校に進路をやっと決めた。
 かなたは普通の公立高校に進路を決めている。
 小学校から親友をしていただけに、今の時期は特に寂しいが、この三人が親友をしてこれたのも、一概にその不一致さに在る。真面目だが、美人で男子ともよく話す京香に、ただの遊び人?と間違われそうな夏生。その二人と一緒に居ながら、大人しく、おっとりしているのがかなただ。
 三人の好みも同じく合ってない。京香はつねにクラッシクやら、お嬢様趣向で、夏生はハードなものを。かなたはアイドルが好きだ。
 そんな三人だから、これから後も友達で居られる気がしていたが、同じ教室で学べない心細さは、見逃せない。
「鈴木。」
 同じクラスで、サッカー部に所属していた松野 祐人ゆうとが京香に声をかける。
「何? 」
 顎をしゃくりあげて祐人を見上げる。
 昼時で、弁当を並べて食べている三人に客は不要なのだ。
「あれ。」
 祐人はなるだけ簡潔に要件を言う。廊下を指差す祐人につられて三人は廊下を見る。一年生が立っている。どうも京香ファンクラブの子達らしい。
 京香は鬱陶しそうにため息をつきながら、でも、立ち上がり笑顔まで持って廊下に行く。
「ようやるわ。」
 夏生がそう言ってパンをかじる。
「キョウちゃんのいいとこじゃない。」
「かなたはいいコだね。」
 夏生にそう言って頭を撫でられて少しすねた様に顔をしかめたが、かなたは頭を撫でられるのが好きだ。
 始めて夏生と逢った時、小学一年の癖におしゃまで、口の立つ夏生だったが、かなたには特別優しくて、よく意味も無く泣いていたかなたの頭を撫でてくれた。それから夏生に頭を撫でられるのが好きなのだ。
 京香は鬱陶しそうに紙をひらつかせながら戻ってきた。サイン帳とやらに記入をしてくれと頼まれたらしい。
「同じ事、書くのって結構面倒だわ。」
 そう言いながら京香は綺麗な字で一枚ずつ丁寧に書いていく。
「そうだ、おキョウ、あれはどうする気? 」
 京香が少しの間の後、「言うわよ。勿論。」と呟いた。京香は同じクラスの佐竹 圭吾が好きだと言っていた。
 バスケ部の元主将で、背が高くて格好が良くて、人気もある。それだからライバルも多いらしく、京香のため息が解らなくも無い。
「かなたは? 」
 夏生がそう言って首をかなたに向ける。
 かなたは首をすくめ上目使いで京香と夏生を見る。
 かなたには、二人に言ってない好きな人が居る。言ってないのは、言えないからだ。夏生がその彼と付き合っていると噂で聞いたから。もし違っていても、やっぱり言えなかった。二人のように目立たないし、第一、彼が自分を知っているなんて、思えないからだ。
 かなたは首を振り、「いいの。私は。」と俯く。
 廊下が賑やかになって圭吾が入ってきた。圭吾の周りには何人かの男子が群がる。男子にも好かれるとにかくいい奴なのだ。
「圭吾。また告られたんだって? 」
 圭吾は軽く挨拶程度に頷き座る。
「で、返事は? 」
「断った。」
 勿体ねぇ。の声が聞こえる。京香は弁当の蓋を閉じてしまった。
 何時告白するのか解らないが、近いうちに京香も告白する気なのだろう。もし断られたら、今のようにクラス中に知れ渡る。その事を考えているのだろう。
 かなたが京香の手を握り微笑む。
「キョウちゃん。」
「かなたはいいコだ。」
 夏生が再びそう言って頭を撫でる。
 三学期で、高校受験が間も無いと言えども、中学の授業は容赦なく続けられている。
 受験対策の授業の合間、かなたは京香のほうをチラッと見る。窓の外をぼんやりと眺めている京香。それを夏生も見ていた。
 休み時間、「どうしたのよ。」夏生と京香の机に行く。
「大丈夫だよ、キョウちゃんならさ。」
 京香は頷いて微笑んだが、少し暗い。
 かなたは京香を心配しながら、図書委員で、放課後図書室に向かっていた。クラブは受験の妨げだと言って二学期で終わったのに、何故委員会だけはちゃんとあるのだろう。と思いながら、返却された本を棚に戻す。
 借りるのはほとんどが先生たちで、生徒は誰も借りに来ない。暇だから、好きな本を
持って日向に座る。
 ロミオとジュリエット。それがかなたの好きな本だ。「愛しい人。愛しい人。私が私でなかったら、あなたはあなたを捨ててくれますか? 」かなたは一人呟いていた。
 そのかなたの前の席に人影がちらついた。かなたが顔を上げると、祐人が座っていた。
「イタリアの本。」
 かなたは息が止まる思いで祐人を見ていた。
「イタリアに関する本。何でもいいから、無いか? 」
「イタリア? 」
 サッカーが強くて、祐人の好きなチームがあるのもイタリアだ。
 かなたは立ちあがって、一度見つけていたところにいく。
 どきどきして、心臓が口から出そうだ。深呼吸して、本を抱きしめるようにして取り出す。
 そう、かなたの好きな人は、祐人その人なのだ。
 祐人とは中学で同じ学校になって、やっと今年同じクラスになれたのだ。胸が裂けそうなほど緊張しながら祐人の居る席に向かう。
「借りる? 」
 か細く震えている。顔だって真っ赤だと思う。
「否、熟読する気無いから。」
 そう言って祐人は興味の無い頁を飛ばして読み始めた。かなたは役員が座るカウン
ターに席を移す。
 祐人とかなただけの図書館で、かなたは開いていた頁すら見てない緊張に襲われていた。
「お前さ、高校決まったか? 」
 かなたは祐人のほうを振り向く。
「N校。」
「ふぅん……。」
「松野君は? 」
「……、A校。」
 京香と同じ学校だ。圭吾ほどじゃないが、やはり祐人も人気がある。サッカーが上手で、親が教師をしている所為か、頭もいい。そのくせ、それを自慢したりせず、サッカー馬鹿を振舞っている。夏生と付き合っていると言う噂が出たのは、二年の夏休みが終わったときだ。
 あれほどスポーツに興味の無い夏生がサッカーを勉強し、観戦しに行ったのだ、かなたにはその噂が本当に思えて仕方なかった。
 祐人はそう言って、本を閉じて机に伏せる。
「中坊のほうが楽なのにな。」
 祐人はそう言って黙った。
 かなたはそんな祐人を可笑しいと思いながらも、声をかける勇気が無かった。
「かなた。……、松野。」
 夏生がかなたを迎えに来たのだ。
「何してんのよ、帰ん無いの? 」
「うっせぇ。」
 祐人は立ちあがり、図書室を出ていった。
 夏生はそれを見ようとせずにかなたのほうを向く。既に煙草を吸っている夏生から、煙草の匂いがする。
「なっちゃん、匂い……。」
「する? 香水振ったけどな。」
「そんなんで消えてたら、かなたが言うわけ無いでしょ。」
 京香も図書室に来た。
「キョウちゃん、帰ったんじゃぁ。」
 京香はにこやかに微笑み、とりあえず、三人は学校近くの公園に向かった。各自暖かい缶ジュースを持参して。
「あったかい。」
 かなたはそう言って缶で温まった、手袋をした手で頬を触る。
「言ったんだ。」
 夏生がそう切り出すと京香は頷き、俯いた。
「キョウちゃん? 」
「驚いちゃった。」
 夏生が言い出そうとする前に京香はそう言った。それを聞いて夏生は舌打ちをする。
「何だ、圭吾が好きだって相手、おキョウだったの。」
 面白くも何とも無い。と付け加える夏生を無視してかなたは京香に「おめでとう。」と連呼する。
 京香はかなたに揺すられるまま、体を揺らして、真っ赤な顔でかなたを見た。
 京香の嬉しそうな顔に、面白くなさそうだった夏生も少し微笑む。
「次は、かなたの番ね。」
 夏生がそう言ってかなたの顔を覗く。かなたは首を振り、「いいの。」と呟く。
「何で? 言っちゃいなよ。」
「後悔するぞ。」
 京香の言うことも夏生の言うことも頷けるのだが、やっぱりあの噂が引っかかるし、第一勇気が無い。
 祐人を見ると全身に血が昇り、震えて、立っていることだって出来なくなるのに、目の前に行って、言える訳が無い「好き。」なんて……。
 かなたは二人に頷いて、もう一度「言いの。」と呟く。
 一月も終わりに近づくと、私立中学入試の生徒の欠席で、教室は静かになっていた。
 夏生が欠席なのは、夏生の滑り止めの受験日だからだ。
 かなたと京香は向かい合って話をしていた。
 がらんとなった教室に居ると、ますます卒業が近くて、寂しい。
「寂しいね。去年なんか、今ごろヴァレンタインのプレゼント作るのに必死だったのに。」
 かなたがそう言って頬杖をつく。
「今年は作らないの? 」
 かなたは頷く。去年、かなたはクラスの女子に手作りの人形をプレゼントした。その子の特徴を捉えていて好評だっただけに、今年はそれも加えて寂しいと、京香は笑顔で言った。
「だって皆、忙しそうだもん。それに、今年のヴァレンタインは休みでしょ。」
 かなたがそう言うと、京香は少し考えて「そう。」と呟く。
 もし、ヴァレンタインが休みじゃなかったら、祐人に告白してたかもしれない。ヴァレンタインが誕生日の祐人に。
 放課後、かなたは図書室に居た。京香は圭吾と一緒に帰る約束をしたらしく、そそくさと帰っていった。
 図書室の日向に座り、ぼんやり図書室内を見渡す。本の匂いと、使われない所為かビ
ニール床の匂いが充満している教室で、かなたは昨日を思い出す。
 かなたは急いでイタリアの本、昨日祐人が読んでいた本を探す。
「イタリアの観光名所」の本に、祐人は何かを差し込んでいたのを見ていたのだ。帰った後に見るつもりで、すっかり忘れていた。ただのしおりでも、何かの記念になるといいな。ぐらいで頁をめくる。
 でも、そこには何も挿まれていなかった。誰かが読んで、取って行ったのかも、捨てたのかも。そう思うと、思い出したのが遅い自分に腹が立つ。
 かなたは気を取り直して、本の整理を始める。よく見ればいい加減に置かれた本をかなたは一つずつ置き直して行く。
 戸が開く音がして、かなたは入り口が見える場所へと移動する。
 祐人が辺りを伺うように入ってきた。そしてまっすぐに本棚の間に入っていく。かなたが首を傾げて出て行こうとしたとき、夏生が入ってきた。
 私服を着ると更に大人びている夏生の後から、サッカー部の顧問の元倉先生が入ってきた。
「田代、その格好で学校内には、」
「目立つじゃん。目立てば、センセーだって、私を見つけれるっしょ。」
 かなたは座り込んで隠れる。
「受験は? 」
 夏生は何も言わない。
「高校ぐらいは出ろよ。」
「そんな、ほかのセンセーと同じ事言わないでよ。」
 夏生は元倉先生に抱きつく。
「私は、センセーの側に居たいんだから。コーコ−なんて、興味無いんだよ。」
 夏生のあんなしおらしい声を始めて聞き、しかも、すぐ側で抱き合っている男女を見るのは、かなたには始めてだった。
「でも……。」
 多分、自分が隠れる為にもたれている本棚の、向こう側で祐人も同じく身を潜めている筈だ。祐人と夏生は付き合っているはずだから、これは決定的な浮気現場? かなたの頭の中でいろんな事が回り出そうとしたとき、元倉先生の切なそうな声が、その空間を居辛い物にした。
「気持ちは有難いけど、それには答えられない。」
 夏生は走り出し図書室を出て行く。元倉先生は溜息をこぼし、同じく出ていった。
 かなたは出て行くべきか悩んでいた。その頭に祐人が声をかける。
「誰にも言うなよ。」
 かなたは顔を上げることなく頷く。
 祐人は椅子に座った。かなたはゆっくりと立ち上がり、また本の整理を始める。
「あぁいう場面って、そうそう見られるもんじゃないよな。」
 祐人は暢気そうな声でそう呟いた。かなたは本を置く手を止めて、何故、暢気で居られるのか聞きたくて仕方なかった。
「つ、付き合ってたの? 」
「かなり前から。」
「で、へ、平気? 」
「あ? 俺の事? あ、あぁ、あの噂? あれは、賭けで負けた代償。」
「賭け? 」
 かなたのか細い声をよく聞きとって会話していると思うほど、祐人はちゃんとかなたの言葉に答えていたが、何の賭けで、そうなったのかは最後まで言わなかった。
 祐人と夏生と付き合っていないことが解ったけど、夏生の、あのいつもの夏生らしくない元倉先生での前のことを、かなたは忘れられなかった。
 翌日、いつものように居る夏生を見て、かなたは余計に忘れられず、口に出せずに居た。
「どうかした? 」
 かなたの視線を感じて夏生が聞くが、かなたは首を振り、愛想よく微笑む。
 かなたは休み時間一人でトイレに行く。トイレから出たところで、祐人が下級生たちに囲まれていた。
 かなたはトイレに身を隠してしまう。別に隠れる必要はないのだが、隠れて事の成り行きを見届けたくて。
「田代さんと付き合っているの知ってるんですけどぉ、好きなんですぅ。」
「で? 」
 祐人の間の抜けた返答に、下級生もかなたも驚く。
「だから何? 」
「だから……、好きです。」
「そりゃどうも。」
「あのぅ。」
 祐人が首を傾げる。
「それって、付き合ってもらえるんですか? 」
「何で? 」
 祐人の返事に戸惑う。
「あのさぁ、何がしたいんだよ。好きってだけなら、さっきの返事だけで十分だろ? 付き合ってくれなんて言われて無いぞ。」
 下級生たちが黙っている間に祐人は教室に帰っていく。
 かなたがトイレから姿を現すと、下級生たちは走って階段を上がって行った。
 祐人があんな返事をすると思ってなかった。もう少し優しく言うかと思っていたのだ。
 かなたが振り返ると圭吾が立っていた。
「驚いてる? 」
 圭吾が微笑んで首を傾げている。
 かなたが少し頷くと、圭吾が窓の側に寄って小さな声で言う。
「間違ってたら悪いけど、天野の好きな奴って、祐人? 」
 一瞬心臓が止まるかと思ったぐらいかなたは息を飲んだ。
「ち、違うよ。」
「そうかぁ。ごめん。何かさ、よく祐人を見てたから。」
 圭吾はそう言ってかなたのほうを振り返る。
「鈴木に、伝えて欲しいんだけど。いつもの場所って。」
 かなたは頷く。圭吾はそのまま教室に帰り、その後かなたも帰る。
 圭吾の伝言を京香に伝え、夏生が茶化す中、かなたはまだどきどきしていた。見てれば解るよね、やっぱり。
 修学旅行で一杯思い出欲しくて、写真屋さんが撮る写真の中に入って行って、撮ったし。夏生に付き合うって言いながら、サッカーいろいろと勉強したし。でも、まだ解らないところだらけなんだけど。
 じゃぁ、夏生も京香も気付いてて、気付かない振りしてくれてるのかな?
 かなたはふと廊下を見る。書道部の後輩が立っていた。かなたは自分を指差すと、後輩は頷く。
「どうしたの? 」
 近付くと、彼女は俯いて、小声で「松野さん呼んでもらえますか? 」と言った。
「ま、松野君ね。待ってて。」
 かなたは振り返り、祐人の側に行く。その前後に圭吾の席もあり、男子が談笑している。その中に行き、「松野君、呼んでる。」と告げて、席に帰る。
 祐人は廊下を見て立ちあがる。冷やかしの声がする中祐人は出ていった。彼女には悪いが、さっきのように断って欲しい。そんなことを思いながらかなたは夏生と京香の会話に入ったような顔をしている。
 祐人が帰ってきた。
「なんて? 」
 解りきったことを聞いてくる男子に、祐人は何も言わずに座り、その代わりに溜息をつく。
「もてるなぁ。」
 圭吾の嫌味に祐人は圭吾を睨む。
 体育の授業。ほとんど自習に近くて、運動場で、男女とも好きなことをしている。
 かなたたちは座り込んで話をしている。
 祐人と圭吾は二人で一個のボールを玩ぶ様にリフティングしあっている。
「もう日が無いぞ。」
 圭吾が座り込み、見上げて言う。リフティングをしていた祐人からボールが落ちる。
「毎日行ってんだろ。」
 祐人は何も言わない。
「言えば楽になるぞ。」
 圭吾の言葉に、放ってくれたボールを胸で受け、右足でリフティングを再開する。
「そんな、簡単にゃぁいかねぇよ。」
 祐人が微かに呟く。
「じゃぁ、いい情報教えてやろうか。隣のクラスの、渡瀬も好きなんだってさ。」
 祐人がまたボールを取り損ねる。今度ははっきりと圭吾を見る。
「早いもん勝ちじゃないかな? あの性格じゃぁ、さ。」
 祐人が俯き、祐人に放り投げたボールを圭吾が受け取る。
 更衣室で着替えているかなたの目に、夏生の体の妙な異変を目にする。
「なっちゃん、それ……。」
 かなたに言われ夏生と京香が、夏生の胸を見る。どう考えても自分でつけれる場所じゃない。そんな場所に何故内出血の跡がある? それが「キスマーク? 」だと解ったのは、京香が呟いたからだ。
 相手が元倉先生だろうと察しがついたが、夏生がそう言うことをしていることに、かなたは驚いてしまう。何だか不潔に思えて、何だか大人に思えて、何だか、遠い人に思える。
「こんなことしても、嬉しくも何ともないのに。」
 夏生はそう言って制服を着替えて教室に帰る。
「相手、知ってる? 」
 京香が小声で聞いてきた。かなたは何も言えずに黙っていると、京香は相手の名前を当ててきた。
「ナツはさ、そんな気無い様に振舞ってるけど、見てると解るのよね。あんなにつっけんどうなのって、元倉先生だけだもん。」
 京香はそう言ってかなたを見る。
「なっちゃん、本当に好きなんだと思う。」
「そうだね、本気だね。でも、相手がね。」
 元倉先生は新任の教師で、少し間の抜けた社会の先生だ。口癖は「そう言うこと。」夏生も、今思えばそれを口にしている。
 軟派そうに見えていても、やっぱり好きな人のことには敏感なのだ。
 かなたと京香が教室に戻ると、夏生は机に伏せていた。二人は起こさないように席に座る。
「かなたぁ、」
 夏生が顔を横向けてかなたのほうを向く。
「言いちゃいなよ。言わなきゃ、後悔するよ。」
「また。」
 かなたが冗談にするつもりで言うのを、京香も続ける。
「そうだよ。言わなきゃ。」
「だからね、私は……。」
 かなたが口をつぐむ。祐人が真横を歩いて行ったのだ。
「かなた。」
 夏生がかなたの頭を撫でる。
「いい子だね。でもね、傷つくのが嫌だって逃げるのはただの弱虫だよ。」
「………、いいの、弱虫で。」
 かなたはそう言って笑う。
 その日の放課後、京香がかなたに「次の土曜日、遊びに行かない? 」と誘ってきた。
「どこへ? 」
「そうねぇ、ファンシーランド。」
「でも、」
「用があるんだって。」
 かなたは納得して了承する。夏生は用があるらしく来ない。
 ファンシーランドとは言っても、小さな遊園地で。遊園地と言う言葉も嘘のように感じるほど小さい遊び場の入り口でかなたが立っていると、京香と圭吾と一緒に祐人が歩いてきた。
「暇してたから連れて来たんだけど、邪魔? 」
 かなたは首を振って俯く。
 やっぱり京香は、祐人を好きなことを知っていたのだ。
 とりあえず四人は中に入る。
「行く? 」
 京香がかなたに聞いてくる。ここに来ると必ずかなたは迷路に行く。植え込みで作った花壇の迷路はかなたの好きな場所だった。
「じゃぁ、入り口四つあるからさ、皆で一つずつ入ろう。」
 京香の提案で、四人はそれぞれに入り口から入る。でも、京香と圭吾は入ってすぐのところから引き返して、迷路から立ち去る。
 そんなこととは露知らず、かなたは歩く。冬の所為で木が寂しくて、そのお陰で植え込みから向こうの道の様子が見える。
 かなたは方向が解らなくなり、空を見上げて、溜息をつくとふと横に祐人の気配を感じる。
 横を向くと確かに祐人が立っていた。植え込みだけで仕切られて、しかも冬の殺伐とした植え込みは見るには裸同然で、かなたは自然と俯く。
「結構、難しいな。……、あいつらに逢ったか? 」
 返事は首を振るだけのかなたに、祐人はそのまま歩いていく。
 何度か角を曲がるとかなたの居る辻に来た。
「となるとさっきの別れ道を左だな。」
 祐人は独り言のように呟いて戻ろうとする。
「いかねぇのか? 」
 かなたは顔を上げて後を追う。
 風が吹き抜ける。やはり、隙間だらけの植え込みでは風除けにならないようだ。
 かなたは首をすくめると、祐人が立ち止まってかなたを振り向く。
「薄ぎすっからだぞ。」
 と言って上着を脱いでかなたに差し出す。
「着てろよ。」
 そう言われても受け取ることもできずに居るかなたに、祐人は無愛想に上着を突き出す。
 かなたが申し訳無く受け取ると、祐人は歩き出す。かなたは上着を持ったまま後を追う。
「着ろよ、俺が脱いだ意味ねぇじゃんか。」
 その言葉に、ようやく袖を通す。
 身長差はそれほど無いだろうがやはり男物のコートだ。かなたが着ると肩がだらしなく落ちるし、丈だって長い。
 祐人が辻で立ち止まる。三方に別れている前方を見ている。
「どっちだ? 」
 聞いているような、聞いてないような祐人の独り言に、かなたは返事の変わりに首を傾ける。
「じゃんけん。」
 祐人が急にそう言って手を振る。かなたは思わず「グー」を出す。
「お前の勝ち。じゃぁ、こっちだ。」
 そう言って左へ進む。
「そんな安易な。」
 そう言うかなたに言葉を返さず、祐人は歩いていく。辻の度にじゃんけんをし、左右を決める。
 それが幸か不幸か、今だゴールに着けず迷路に入って既に一時間が立った。
 歩き疲れて祐人が座り込む。
「ごめんなさい。こんなのに付き合わせて。」
「何か、むしゃくしゃする。絶対踏破してやる。」
 祐人は立ちあがり、歩き出す。
「さっき歩いたよ。」
 かなたの言葉に祐人が振り返る。
 機嫌を損ねた。とかなたが俯く。
 祐人は引き返し、立ち止まる。
「あいつら。」
 かなたも振り返り、祐人が見ている先を見る。唯一のレストランであるファンシーレストで京香と圭吾が座って食事をしている。
「お腹、空いたね。」
 考えてみれば既に昼を指している。凄い脱力感なのは、昼の所為なのだ。
「お弁当、食べる? 」
 かなたが鞄を差し出す。
「キョウちゃんと来るつもりで、二人分のお弁当作ってるんだけど。」
 かなたに言われ、祐人は何と無く頷き、二人は迷路の中心にある櫓に行き、そこにある椅子に座る。
 かなたが弁当を差し出す。
 いかにも女の子が食べそうなキャンディー包みしたロールサンドイッチに、祐人の言葉が無い。
「ごめんなさい。キョウちゃんと、」
 祐人はそのまま口にする。見掛けによらず結構辛さがある。
 祐人が黙って食べる横で、かなたも食べる。
 人がこまめに動いている。首を傾げている人とか、喧嘩しているカップルも居る。
「楽しいか? 」
 かなたが祐人を見る。
「迷路。すんげームカツクんだけど。」
「うん、……。どこが好き? って言われると困るけど、でも、皆が一生懸命なところが好き。皆が同じ事するのって素敵じゃない。」
 かなたはそう言って口をつぐみ俯く。
 素敵ねぇ。とでも言いたそうな相槌をし、祐人は下を見る。
「滑り止め受けるのか? 」
 かなたは首を振る。
「うちにはそんな余裕無いから。」
「公立一本で受かる。余裕だな。」
「そんなんじゃないよ。松野君とかキョウちゃんじゃあないもん。ただ、いくつ受けても同じだと思うから。その度に嘘つくの苦手だから。」
「嘘? 」
「選んだ理由。私に一番適した学校だと思うとかって奴。そんなにいくつもあるわけ無いもん。」
「お前ってさ、あいつらと一緒だと、何も考えてなさそうだけど、ちゃんと考えてんだ。」
「見えなくて悪かったですね。」
 祐人が失笑する。
「そう言うことじゃねぇよ。」
 かなたは少し膨れて顔をそむける。
「いいわね、学生かな? 」
 後ろで声がする。
「あんな時期にデートできたら最高だったな。」
 その会話で、かなたは自分たちがそう言う目で見られていると始めて気付く。
 サンドイッチを食べかけのまま膝に置く。
 迷惑だろうな。私とじゃぁ。
 そう思っているのを見透かすように、祐人が口を開く。
「やっぱ、そういうように見えるよな。」
 祐人はそう言って残っていたサンドイッチに手をつける。
 かなたは首を横に向ける。
 じゃぁ、ずっと前から気付いてたの?
 そんな質問さえも飲み込んでかなたは食べかけを口に入れる。
 食べ終わると迷路を再開する。どの道ここから出ない限りどのアトラクションにも行けないのだ。
 だが、櫓から予習したお陰ですぐに出られた。
「やっぱり昇らなきゃ行けないんだね。」
 かなたの言葉に祐人は頷く。
「次ぎ、どこ行く? 今更あいつらのとこ行って、邪魔するのも、気が引けるだろ? 」
 かなたに同意を求める祐人に、かなたは頷き、祐人の次ぎの言葉を待った。
「カートでもするか? 」
「カート? 」
 かなたが首を傾げる。祐人は空を見上げて少ししてから、「あそこ。」と指を指す。
 かなたはゆっくりとそっちを振り見る。
「お化け、屋敷……。」
 かなたは有名なお化け嫌いで、修学旅行中の怪談話で、泣き出したほどだ。
「その隣。」
 祐人が呆れながら言う。隣には小さな休憩所とアイスクリーム屋が在った。
 かなたは頷き、二人してそこの椅子に座る。
 座って話すことがあるわけじゃない。ただお互いを意識し合いながら座っているだけだ。
 時々隣のお化け屋敷から悲鳴が聞こえる。そのつど、かなたは首をすくめて嫌な顔をしている。
 祐人が失笑して「そんなに嫌いなのか? 」と笑うから、かなたはすっくと立ち上り、歩き出す。
「怖いものは、怖いんだもん。」
 大股で歩くかなたの腕を祐人が掴む。
「そう怒るなって。ただ、聞いただけなんだから。」
 そう言いながらでも、顔が笑っているのが、かなたの機嫌を戻させない。それほど拗ねる事は無いのだが、何故か拗ねたままで居た。少し、拗ねてみたかったのかもしれない。そうすればより、「恋人」っぽく見えるだろう。
「そう怖がられると、中、入ってみたいな。」
 それはもう、ただの意地悪にしかなかった。少しでも、好きなら、そんなことは言わないだろう。
 だが、それがただの空想で、理想の「彼」だと言うことをかなたは知らない。結構、好きな人の弱点を突きたがるものだと言う事を、かなたは知らない。
 かなたが俯いていると祐人が少し笑うのを止めて、試すように聞く。
「入らない? 」
 かなたが勢いよく首を振る。
 それがまた祐人の笑いを誘う。
 きっと、彼女の前でもこんなに笑うんだろうな。そんな思いに、かなたは顔を強張らせる。
「どうした? 」
 祐人もその異変を察知する。
「何か、彼女に悪いなって。」
 祐人の顔から笑顔が消える。
「居ない。」
 かなたが聞き返すように祐人を見る。
「居ない。彼女なんか、……、面倒だから。」
 かなたは俯く。機嫌を損ねたこともそうだが、今告白しても、面倒だから、付き合わない。と言われそうで。
 二人はそのまま黙って立ち尽くした。
「かなた。」
 京香たちが近付いてこなかったら、そのまま居ただろう。
「出られたんだ。」
 馬鹿にしたような京香の言い方にも腹が立たない。遠回しで、好きじゃないと言われた気になっているかなたには、どんな言葉も耳に入ってなかった。
 かなたがトイレに行っている間、祐人は圭吾と京香の訊問にあっていた。
「何があったのよ。」
「彼女に悪いって言うから、居ないって答えただけだ。」
 祐人のつんけんどうな言い方に少々腹を立てながら、京香は詳しく聞き出す。
「面倒だから、彼女は要らないって。」
「ばっかじゃないの? そんな事言ったら、もぅ! 」
 京香がトイレに走る。
「ばぁか。」
「うるせぇ。」
「お前、自分で、告白のチャンス逃したんだぞ。」
 祐人は何も言わない。
 京香が走ってきた。
「居ないの、かなたが、トイレに居ないの。」
それを聞くや否や、祐人は走り出す。
 かなたは家に帰ってきてから、京香に電話を入れる。
「ごめんね。でも、何だか疲れちゃって。」
 かなたはそう言って電話を切る。
 探していた二人に京香が首を振る。
 翌日。ヴァレンタインは晴天に恵まれていた。家に居れば京香から電話がありそうで、かなたは町に出かけていた。
 街はヴァレンタイン用品が一杯で、赤いハートが道一杯に広がっていた。
 チョコなんて在り来たりな物で、気持ちが通じれば、とっくに通じてるよ。だって、去年、机に入れたんだもの。名前は書かなかったけど。
 それじゃぁ意味が無いと思いつつも、ただ、食べてくれればいい。それを手にするだけでもいいと思って入れたのだ。
 誕生日がヴァレンタインだと、皆、手を抜いてチョコしかくれない。とぼやいていたのが可笑しかった。
 コートも返さなきゃ行けなかったんだ。
 学校で返すのは気が引ける。だからと言って、どこで返せばいい? 
 かなたは知らずにチョコを取り上げていた。
「松野にあげるの? 」
 かなたは驚いて振りかえると夏生が立っていた。
「なっちゃん。」
「おキョウに聞いた。で、あげる気になった? 」
 かなたはチョコを戻し首を振る。
「何でよ。」
 二人は近くのファーストフード店に入る。
 かなたは甘いホットチョコ。夏生はホットコーヒーをそれぞれ買った。
「言われたことに対してショック受けるの解るけどさ、解らないじゃん、これからは、そうじゃないかもしれない。」
「でも、いいの。」
「松野が好きでも? 松野が、かなたを好きでも? 」
 かなたが顔を上げて驚く。
「あんたが鈍感なのは重々承知の助だけど、それ程だとはね。松野の性格から言って、気の無い子と話さないし、ましてやデートなんてするもんですか。もし、かなたじゃなくて私だったら、あいつ私を置いて一人で帰ってるわよ。それに、コートなんか貸してくれるわけ無い。言いきれるわよ。だって、あいつと私、幼馴染なんだもん。」
 かなたは驚いたまま黙って夏生を見ている。
「前住んでいたところの隣が、あいつんちだったの。」
 かなたはホットチョコを口に含む。甘ったるい味が広がる。
「あいつと付き合っているって噂は、私がけしかけたの。センセーと付き合ってるって知れると、センセー自体が辞めなきゃいけないからね。それだけは避けたくてね。で、あいつの弱みを握って、脅して、賭けで勝ったの。だから、あの噂は単なるデマ。それをくよくよ思ってないと思うけど、一応言っとく。」
 かなたは俯く。どう言う弱みで、そんな嘘流して平気なのだろうか。
「あいつ、かなたが好きなんだよ。多分。」
 断言しないところに、罪逃れを意識するが、夏生はそう言ってかなたの様子を伺う。だが、かなたにその策略は伝わってないようだった。
「言ってみなよ。」
「だめ、だって、彼女は面倒だって。」
「かなたなら面倒じゃないかもしれないじゃない。コート返すついでにさ。」
 夏生はそう言って、微笑む。
 かなたは家に帰って憂鬱に溜息をつく。
 夏生の「好きなんだよ、多分。」が少し嬉しいが、それを確かめるすべを知らない。自分から告白する勇気も無く、聞く勇気も無い。でも、このままコートを持っていても仕方が無い。だから、返しに行こう。きっと、お母さんぐらいは居るだろうから。
 かなたは台所に行き、今日買ったチョコを溶かす。
 かなたの買い物に夏生は笑いながら「結局買ったんじゃない。」と茶化した。そして真顔になって、「私はね、高校に受かることがプレゼントだと思ってんだぁ。」そう言って夏生は微笑んだ。
 夏生は先生の前では受験を受けないと言っていたが、それは心配して欲しい為の嘘だと言った。
「たったさ、たった、七歳違うだけで、いろいろとしがらみが出てくるの。私が好きだってだけで一緒に居たいって思うことが、出来ないんだって。そんなの、何か辛いでしょ。」
 夏生は笑いながらかなたのほうを見て、「言っちゃいなよ。」
 それは別な話として、かなたは、コートを返す。その目的と、借りたお礼のために、
チョコレートを作る。
 市販のチョコを溶かし、型に流し入れ、アーモンドのスライスやダイスを入れる。
 色気の無い紙袋に入れる。特別な気にならなくていいから。そう言う意味で選んだ包みだ。だから、チョコの形も、飛行機だの、車だので、決してハートだったりしない。
 かなたはコートを綺麗に畳み、ポプリを入れて袋に入れ、祐人の家に向かう。
 途中誕生日だということを思い出すが、それこそ何を贈っていいのか解らず、店店の前を俯いて歩く。
 生憎なのか、良かったのか、祐人は塾に行ってて留守だった。
 母親に袋を渡す。「借りてたものです。」そう言って手渡すかなたに、母親は不振そうな顔をする。
 かなたは居辛くて頭を下げて帰ろうとするのを、母親が止める。
「ちょっと、手伝って欲しいのだけど。」
 かなたは首を傾げて母親に言われるまま家に上がった。
 よく見れば母親はエプロン姿だった。台所には近所の奥さんたちが居た。
「新しい助手。」
 そう言って母親はかなたを紹介した。
 驚いているかなたの目に、更に驚く人が立っていた。
「かなた。」
「お母さん。」
 二人は唖然として立ち尽くす。
 自分の母親が料理学校に通っているのは知っていたが、まさか、祐人の母親のやっている料理学校だとは思わなかった。
「かなたちゃん、あなたも作らない? 今日は、チョコレートケーキなんだけど。」
 かなたは少し俯き、頷く。
 祐人の母親と一緒に手本となるケーキのほうを作る。電気ミキサーでホイップクリ−ムを作り、チョコの甘い匂いが充満し、完成し、試食する。
 かなたは母親と家に帰る。
「お父さんに? 」
 かなたが聞くと母親は笑って、「同級生だったのね。」と笑う。
「同じクラス。お母さん、学校行事来るの苦手でしょ。だから知らないのよ。」
 かなたの言葉に、母親は「そうなの、学校って嫌いだから。」と笑って歩く。
 塾から帰ってくると、家中にチョコが充満しているように甘い匂いがしていた。だから、今日は特別嫌なんだ。とばかり不機嫌そうな顔を台所に出す。
 母親は袋を振って「お帰り。」と言う。
「何。」
 半ば動物的扱いにむっとしながら近付く。
「かなたちゃん。」
 祐人は一瞬動揺する。でも、母親に知られることほど恥ずかしいものは無いと、唇を真一文字にし、袋を見る。
「ありがとうって。で、これはケーキ。」
「要らねぇよ。」
 祐人は袋を掴んで翻る。
「かなたちゃんが作ったのに。」
 祐人は振り返り皿に乗ったケーキを奪うようにして台所を出て行く。母親は笑いながら、「ちゃんと片付けなさいよ。」と声をかける。
 階段を上がり、部屋に入る。机にケーキを置き、袋を開ける。
 コートしか見えない。コートを引きずり出した拍子に紙袋が落ち、ポプリ袋が落ちる。
祐人は紙袋を開ける。チョコだ。
 机に置き、椅子に座ってケーキとチョコを眺める。
 甘いものは好きじゃない。虫歯に染みる。何で、ヴァレンタインは、チョコなんだ? そんな恨み言を思いながら、祐人は携帯電話を手にする。
 かなたの家の電話番号は自然と押せる。何度も練習しているからだ。
 呼び出す回数は、三回が限度だ。それ以上は、待っていて心臓に悪い。「もしもし? 」二回で取り上げたかなたの声に、息を飲む。
「俺、松野……。」
「あ、うん。」息苦しい。
「ちょっと、出られるか? 」
「……、うん。」
「じゃぁ、住田の公園で。」
「うん。」
 かなたは家に帰ってきてすぐ電話を取った。それが、祐人だと解ると、真冬なのに、体が熱くなってしまった。
 すぐに公園に出かける。
 何の用だろうか。チョコ、返すって言うのかな……。それが足を重たくさせる。
 木枯らしが拭きぬけ、日が翳り始めた公園に人影は少なく、かなたはその公園が見渡せる大きな桜の木の側に行く。
 春になると、綺麗な桜の花を咲かせる。いつもここにお団子を持って京香たちとお花見をするのだ。今年は出来るだろうか。そんなことを思わなければ、チョコを返されそうな不安で、胸が潰れるところなのだ。
 祐人が走ってきた。ジャンパーのポケットに手を入れて、少し俯きぎみに近付く。
 風が落ち葉を巻き上げる。
「とりあえず、ありがとう。」
 かなたは顔を少し上げる。
「チョコ、とケーキ。虫歯直して、食べる。」
 かなたは頷く。返品でないことが嬉しい。俯いて微笑んでいると、祐人が少し近付きぼそっと呟いた。
 知らずに涙が出る。かなたは顔を覆う。
「好きだ。本当に。」

fin

Copyright (C) Cafe CHERIE All Rights Reserved.



--------------------------↓広告↓ --------------------------
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送