Merry Christmas
クリスマスが大嫌いで、いつも一人で居る、彼女の名前は、秋葉原 ひなた。格別な理由はないのだけど、ひなたは何故か好きではなかった。 いつも一緒に居る親友の、涼子ちゃんは6年1組の、剛君と一緒に居ると言うし、葉月ちゃんは、6年3組の秀明君と一緒に居ると言っていた。 つまり、ひなたは一人でクリスマスを過ごさなきゃ行けない、寂しい小学6年生なのだ。 ひなたはランドセルをちょっと背負いなおし、ため息をこぼした。 「ああ。」 その声のあと、ふいと顔を上げた目の前に、不思議な光景が目に飛び込んできた。 さらさらの黒い髪の、見たことの無いほど、綺麗な女の子。ジャンパーの下に着た青いベストが妙に目を引き、少しだけ吊り目がなお人の気を引く。 その彼女がふっと黒猫に変わってしまった。 「う、っそう。」 猫が素早くひなたの方を見た。ひなたは首をおもいっきり振って、この寒いときに冷や汗をかいてしまった。 「みた〜なぁ〜。」 黒猫はそう言ってひなたの側に近付いてくる。ひなたは慌てて走り出し、家に駆け込んだ。家にいた母親と、先に帰ってきていた小四の弟が、居間でおやつを食べているけど、ひなたはそれを無視するように部屋に入っていった。 息を整えようと扉をゆっくりと閉めると、ひなたの部屋の、ひなたのベットの、その上で、先程の彼女が座っていた。 「何で逃げるかな?」 何でというのはかなりな愚問だ。とひなたは思いながら、泣きそうな顔をして彼女を見た。 「あたしの名前は、イヴ。」 「外人?」 「さぁ、どっからそう呼ぶのか解らないわ。」 イヴはそう言ってひなたの部屋を一巡した。 「殺風景な部屋ねぇ。まぁいいけど。さて、私の本性を見たから、貴方には手伝ってもらうわね。」 「手伝う?」 ひなたはかなり泣きそうな声になっていた。かなり怖くて、気が動転していて、しかも、不思議なほど納得してしまう自分が、かなり情けないくらい【機転がきく】と思うからだ。 「そう、これでもあたし、サンタ見習いなのよ。」 「サンタ? サンタって、サンタクロースの?」 「そうよ、それ以外あって?」 あって? と聞かれても、困るけど。ひなたは黙って俯き、ため息をこぼした。 「あ、夢だって思ってる? 甘いなぁ。これは現実なんだよ、ひなたちゃん。」 ひなたは名前を呼ばれ、息を引き飲むほど驚いた。 「そこに書いているのは、ひなたでしょ?」 イヴはひなたの鞄を指さす。ひなたはそれでばれたと思いながらも、抜け目無いイヴを見返した。 イヴはくすくす笑って、自分の説明を始めた。 「あたしの名前は、イヴ。サンタ見習い。年は十二才。クリスマスの日までにいいことをすると、サンタになれるの。でもさ、今の世の中いいことなんか出来る環境じゃないし、いいことをしても、感謝されないんだよね。そう、ひなたの場合はさ、こうしてあたしが喋っちゃったから、無効なんだよ。で、いい事って言うのもさ、色々と上限があってね、小さな親切じゃだめだし、かといって、大きすぎても、相手が感謝したり、相手が喜ばなかったら、結局はだめなんだよね。で、なかなか難しいって訳なのさ。解る?」 イヴはそう言ってひなたを指さした。ひなたは首を傾げてイヴを見返す。 「いいことって、あたしはいいことだと思うことが、相手には全然そう思われないんだよね。何でだろう?」 「タイミングとか、その行為その物じゃない?」 「あら、言うじゃない?」 イヴはひなたに微笑みかけて見上げた。 「じゃぁ、貴方はどう言うのがいいことだと思うの?」 「そう、いいことって、自分がいいことだって思ってないことじゃない?」 「それじゃぁ、意味無いじゃない、報告しなきゃいけないのに。」 ひなたは黙って鞄を机に下ろしに行き、振り返りながら、その椅子に座った。 「それじゃぁ、おばあさんの荷物を持ってあげるとか、電車で席を譲ってあげるとか?」 「なるほど、いいことだね。他は? もしかしたら、それは小さな事だって言われるかも知れないからさぁ。」 「そ、そうだねぇ。」 ひなたとイヴはその後も【いいこと】について話し合った。 果たして、イヴはサンタになれるのでしょうか? ひなたと二人きりになると、イヴは人の姿になる。 「ところで、毎日何処に行ってるんだ? 決まった時間に、その鞄を背負って。」 「学校よ。」 「学校? お前達も、サンタ見習いなのか?」 「違う。ただの小学校。」 「しょうがっこう?」 「解らなかったら別にいいよ。」 イヴは時にはひなたの姉であり、妹みたいな存在になっていた。それがひなたには嬉しかったりするのだ。弟が居るが、やっぱり同性の姉妹が欲しいものなのだ。 「ひな、あんた好きな子居るの?」 「何で?」 「否、もし居たら、くっつければすぐにでもサンタになれるからね。」 「私の願いはだめなんじゃないの?」 「あ、そうか。そうだった。」 イヴは口を尖らせて窓の外を眺めた。 ぼんやり。する事がない猫そのまんまの格好で。 「サンタになったら、どうなるの?」 「サンタになったら? そうだなぁ、尊敬される。みんなが羨ましがる。」 「でも、サンタっておじいさんだと思ってた。」 「それは人間が作り出した虚像。」 「きょぞう?」 「解らなかったらいい。」 イヴはそう言ってすとんと窓から居り、ひなたの膝の上に乗っかった。 「ああ、いつになったらサンタになれるのやら。」 イヴの言葉にひなたは笑う。 猫であるイヴのご飯は、おかかをまぶした、シンプルな猫まんまである。 いくら猫だって、猫まんまだけじゃぁねぇ。 イヴはそう言いながらも、その猫まんまをがっついて食べる。 変わったサンタ見習いなのであった。 ひなたは目の前の光景に息を飲んだ。それほどかっこいいとも、好きでもなかったけど、今、さっき、高い高いバーを軽く飛び越えた彼に、どきどきした。 彼の名前は、春日 玲緒。クラスで目立つ方じゃないし、人気がある方でもない。でも、よく見れば、かっこいいし、少しハーフにも見える。 高飛びのバーが微かにも揺れないほど、玲緒君は軽やかに飛び越えた。クラスの誰もが飛び越えられなかったバーを。ただ一人、飛び越えた。 それで人気が出たと言うことはない、クラスには、クラスいちモテる、真宏君が居るのだから。 でも、その真宏君と玲緒君は幼なじみで、よく二人で居る。気があって、よく二人で笑っている。 ひなたは、その瞬間から、玲緒君を追いかけるようになった。 「そりゃ、一種の恋だな。」 イヴが来てもう三週間が経つけど、イヴがひなたに言われたように、おばあさんの荷物を持って、感謝されても、電車の椅子を譲っても、財布を拾って交番に届けても、イヴはサンタにはなってないで、ひなたの家にいて、横柄な猫をしている。相変わらず猫まんまが大好きで、がっつくように食べている。 ひなたはイヴに言われて顔を赤めた。嬉しそうだなと言うから、凄かった話をしただけなのに。 でも、真っ赤になったきり、反論すらできない。 「そんなにかっこいいのか?」 「かっこいいっていうかね、凄かったんだよ、ひょいって飛んだの。まだまだ飛べそうだったけど、「足痛めた」って、途中で止めたんだよね。」 「カッコつけしいだなぁ。」 「そんなこと無いよ。」 ひなたは夢中で反論していた。玲緒君が何故飛ばなかったか、その後、真宏君の番だったから、真宏君はその前のバーで、かすかに触って、ぎりぎり飛び越えたのだ。そのバーが飛べるわけがない。二人の関係を見ていれば、玲緒君は真宏君に遠慮しているようなところがある。まるで、ずっと後ろにいるような感じで。 「つまり何かい? その真宏ってこの方をモテさすために、玲緒君は身を引いて日陰人してるってこと?」 「日陰人?」 「忍者とか、影武者みたいなこと。」 「そう言う風に見えただけ。」 「ふぅん。」 イヴは感心ないのか、それ以上その話を続けようとはしなかった。 でも、ひなたの心は、ほくほくで、玲緒のあの飛んだ姿が今でもはっきりと目に浮かび、今でもどきどきしている。 明日は大掃除だけで、明後日は終業式。 そしてイヴの言っていたクリスマスがくる。そう、イヴはまだ猫と少女の姿を繰り返し、でも、猫の方が最近多くなっている。まだ、ひなたの家にいる。 焦って、いいこと、いいこと。と言いながら家を歩き回っているが、どれをしても、イヴはサンタに変化した様子は全くないのだ。 放課後、明日は大掃除だから、今日の掃除はなく、教室はひっそりとしていた。 ひなたは忘れ物を取りに教室の戸を開けた。 教室には、玲緒君が自分の机に座って窓の方を見ていた。ひなたが入ってきたのを見て、慌てて顔を腕で擦った。 「何だよ。」 黒いランドセルを背負った玲緒君が、どきどきして真っ赤なひなたに声をかける。 「わ、忘れ物。」 ひなたは慌てて机に行き、机の中に入れていた縦笛を手にすると、そこに居たいと思う気持ちを押さえて戸まで行く。 「なぁ。サンタって、居るかな?」 玲緒の言葉にひなたは振り返る。 「ごめん。気にするな。帰れよ。」 「あ、うん。」 ひなたは戸に手を掛けたが、この歳でサンタの存在を問いかけるなど可笑しい。今家にいる黒猫は別にしても、そのサンタが何かをしてくれたところを見たことがないのだ。 「あの、あのね、私は、居ると思うよ。」 「じゃぁ、何で、母さんの病気が治んないんだ?」 玲緒君はそう言い放って、口をつぐみ、教室を飛び出していった。 母さんの病気? ひなたは、玲緒君が出ていって全開となった扉を見つめた。 12月21日 ひなたとイヴは放課後、玲緒君の後を付けた。昨日のことが気になったのと、それを話すと、イヴが「いいこと」かも。と喜んだからだ。 ひなたは嫌な気がする胸を押さえる。なんだか息苦しくて、悪いことをしている罪悪感が、重く頭をもたげ、何度帰ろうかと思ったか知れなかった。 玲緒君は病院に入っていった。 二人(?)はその前で出てくるのを待った。 恐ろしく寒い中、二時間ほどが経って、玲緒君が出てきた。少し泣いたようで、顔が真っ赤だった。 その時、イヴが玲緒君の前に飛び出て、ひなたも慌てて飛び出てしまった。< ひなたと玲緒はイヴのお陰(?)で近くの公園のベンチに座っていた。 「ごめん、昨日のことが、気になっていたから。」 ひなたが言うと、玲緒はただ頷いてイヴの頭を撫でた。 「お母さんの病院?」 「ああ。」 「何処が、悪いの?」 「事故で、意識不明なんだ。」 ひなたは何も言えずに黙った。 「もう、一ヶ月。クリスマスで、一ヶ月。医者はいつ気付くかさっぱりだって。」 「そうだったんだ。じゃぁ、本当にごめん。」 「?」 「興味があったから、付けて来ちゃって。」 「いいって、気にすんな。昨日、変なこと聞いたから。」 二人は黙って俯いたままで居た。風が冷たく過ぎるけど、ひなたは玲緒君の側で、玲緒君のお母さんには悪いけど、温かくなるほどだった。 「早く、良くなるといいね。」 玲緒は頷いた。 12月22日 終業式。すごく寒くって、終業式は相変わらず暇だった。 成績表が返されている中で、急に玲緒君のお母さんの様態急変の知らせが入った。 蒼白した玲緒君の顔と、荷造りを急かせる先生の声と、不思議がる周りの声。 玲緒君が教室を出ていく間際、ひなたの方を見た。それはその隣の真宏君を見たのかも知れない、もしくは、他の子かも知れない。でも、ひなたは力強く頷いた。 「大丈夫だよ。」と力を込めて。 ひなたは病院に行く前に家に帰った。これこそイヴにはもってこいだと思ったのだ。 家に帰れば、イヴはとても猫がするような格好ではない姿で寝ていた。 玲緒君のお母さんの様態が急変したこと、それを助ければ、いいことになるんじゃないかと説明すると、イヴは笑顔で頷いた。 でも、少し寂しそうにも見えた。 二人(?)は病院に急いだ。 病院の外で、夜になるのを待った。 受付できくと、まだ安心は出来ないが、とりあえずは、危機的状態のまま安静しているという。 玲緒君のお母さんの病室だけ、消灯を迎えてなお明かりが灯っていた。 イヴは猫の姿のまま木に登り、その突き出た枝がちょうどその病室であったことから、イヴはその枝の先端まで行って、病室を覗いた。 病室で、ふと窓の外を見た玲緒が、イヴを見て立ち上がり、外に出てきた。 「何してんだよ。」 「心配になったから。」 「とりあえず大丈夫だから。お前が居てもどうしようもないし、風邪引くぞ。」 「でも、でも、心配なんだもん。」 「お願いだから、帰ってくれよ。病室で、お前の方が心配になっちゃぁ、看病できないから。」 ひなたはそう言われて俯き、帰ることしかできなかった。 玲緒君は、ひなたが病院の門から出るまで見送った。 その門の上でイヴが居た。 「あとはあたしが見ててやるから、かえんな。明日の朝にでも来ればいいさ。」 ひなたは頷いた。 12月23日 冬休み最初の日。でも、ひなたは家から出られなかった。 昨日夜遅くに家に帰り、風邪を引いてしまったのだ。 でも、イヴが帰ってこないところを見ると、まだ、病院にいるようだった。 12月24日 ひなたはまだ熱がある身体を無理して、起き上がると、病院に向かった。今日はクリスマスだ。もし、イヴがサンタになっていれば、玲緒君のお母さんは元気になっているはずだ。 病院にはいると、目を腫らしている玲緒君が居る。 「お母さん……。」 それ以上聞けなかった。 玲緒君は黙って俯き泣いていた。 ひなたは慌ててイヴを捜した。 外に出て、あちこち捜した。 庭の植え込みに黒猫が居た。 「イヴ!」 ひなたはその猫をつまみ上げた。 でも、その猫は「にゃぁ」と泣くだけで、必要に人言語を話させようと振るひなたの手を引っ掻いて逃げていった。 「どういう?」 「本当はね、あの子の願いを叶えたかったの。」 ひなたは振り返る。薄く透明な身体の、玲緒そっくりな女の人。それは間違いなく、玲緒のお母さんであり、幽霊だった。 「どうして?」 ひなたは自然と涙が出てきた。 「貴方が好きなんだって。だから、ほんの少しだけ時間をもらったの。」 「時間?」 「天国に行く時間。玲緒のことを貴方に知ってもらいたかったから。貴方はいい子。優しいし、とってもいい子。だから、玲緒の願いを叶えたかったの。貴方が好きだっていう気持ちを。」 「でも、でも、玲緒君は、お母さんが元気になって欲しいって、イヴは、いいことをすればサンタになれるんでしょ? 全然いいことじゃないじゃない! 玲緒君、あんなに泣いてるよ。あんなに泣いているのに、いいことなの? 玲緒君の願いなの? ねぇ!」 ひなたの絶叫が木霊し、空を揺すぶった。 12月25日 ひなたは目を真っ赤にして公園に来ていた。玲緒から朝早くに呼び出されたのだ。 逢いたくなかった。イヴの、結局あれは、玲緒君のお母さんだったらしい、その言葉は「玲緒のことを好きになってあげて」なんて、そんな言葉を残されたからだ。 その所為で、ひなたは玲緒君を好きになったのだろうか? そう思うと、病院での玲緒君の涙を思いだしてしまう。 ひなたはマフラーを引き上げて息を吐き出した。 玲緒君が走ってきた。顔が満面の笑顔で、嬉しそうな顔をしている。昨日、お母さんが亡くなったというのに。 「おはよう。」 玲緒君の声は高らかで、朗らかだった。ひなたはただ頷いた。 「母さんが生き返ったんだ。霊安室に運ぼうとしたら、ふっと手が動いて、昨日、お前が来てからすぐ。今は検査があってまだ病院だけど、後遺症もないし、元気だからって。」 「う、そう。」 ひなたが呆然としている前で、玲緒は少し照れながら 「本当はさ、本当は、母さんも元気で、あと少ししか時間がないって言うときに何なんだけど、父さん、今日も仕事で、交代しなきゃいけなくってさ。それで。そんで、その、何というか。俺、秋葉原のことが、好きなんだ。だから、どうってわけじゃないけどさ。うん。そうなんだよ。」 玲緒君は顔を紅潮させて笑った。 ひなたは玲緒のお母さんのこと、その告白で、手で顔を覆って泣き出すほど嬉しかった。 「全く、クリスマスというのは厄介だよね。」 「ホント、ホント。」 「人間ってさぁ、欲張りなんだよ。」 「そうそう。」 「あれもこれもって頼んでさ。」 「そうそう。」 「人の気も知らないで、」 「そうそう。」 「そのくせ、感謝の言葉は、」 「ハッピー・クリスマス!」 「だけ、」 「そうだけ。」 「いやになっちゃうよな。」 「ホント、ホント。」 「でも、嬉しそうだな。」 「楽しそうだよね。」 「だから、辞められないか。」 「そうだね。」 「ハッピー・クリスマスが聞きたいからね。」 「聞きたいね。」 「そうだね。」 「ホント、ホント。」 |
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