「告白」


 コートの襟を直し、マフラーを口元まで引き上げて、その中に息を吹き込む。暖かい空気が口と首筋に広がる。
 松木 かなた。性別女。高校一年の二学期の終業式。少々路面が霜の所為でぱりぱりと音を立てている。しかも、この時期の風ときたら、やたらと寒い。寒い上に、冷たくて、痛い。
 かなたは手袋をはめた手を揉み、その中に息を吹き込む。
「ああ、やだなぁ。何で、こんなことになったんだろう。」
 かなたは俯いて、路面を擦る。それで穴が掘れるとか、それで、どうにかなるわけではないが、そう言う行為に至るのは、極度の緊張と、暇を持て余しているからだろう。
 かなたがこんな朝早くに誰も居ない公園で、一人で居なきゃ行けないのには、それなりの経緯がある。掻い摘めば、好きな人が出来た。その人に告白するのだが、それがあまりにも身近すぎて、今まで躊躇していたのだ。
 かなたはため息をつく。
 思い起こせば高校入学式。とてつもなく大きな桜の木のある学校(そのため桜木高校というのだが)の門を潜り、かなたはその木を見上げたいた。
 まだ誰とも友達ではなかったし、高校入学と同時にこの町に引っ越してきたかなたにとって、一人でその木を見上げることに何ら不自然さはなかった。
「馬鹿面。」
 かなたが振り返ると、かなたと同じくらいの背の、いかにもやんちゃな子がいた。
「馬鹿面。口開けてると、花びらが入っちまうぞ。」
「な、何よ、馬鹿面って。」
 彼はかなたがしていたらしい間抜けな表情を作った。口をぽかりと開けぼーっと上を向いている。かなたはむっとして彼を睨んだ。
「こわっ。」
 彼は素早くその場を立ち去った。その背中を見ていると、校内放送で、「新入生は体育館に集まって下さい」と呼ばれた。
 かなたの両親は共働きで、かなたは一人で来ていた。別に高校生にもなって、入学式なんぞに親と来なくても寂しくはないが、でもやはり、周りが周りだけに寂しくなった。
 入り口で名簿と照らし合わせて、各クラスと、それに書かれている出席番号の席に座る。「あ、あいつ。」
 同じクラスの、前の方だ。誰とでもすぐに仲良くなるのか、それともすでに友達なのか、彼の周りでは、大声と笑い声が充満していた。
「あ、馬鹿面。」
「誰がよ!」
 咄嗟に返事をして、かなたは口をつぐんだ。
「へぇ、同じクラス。」
 彼が近付いてきた。すでに校則無視して緩く結んだネクタイ。にこやかな顔。かなたは彼を横目で見上げる。
「俺、植草 偉人。」
「変わった名前。」
「あんたは?」
「あんたにあんた呼ばわれしたくない。」
 司会者だろう上級生が席に座るように言われ、偉人は席に戻った。
「なんだ、あいつ。」
 かなたが呟くと、後ろの子が背中を突っつく。
「あたし、柳瀬 海。」
「どうも。」
「植草って変でしょ?」
「同じ学校?」
「まぁ、あいつって、ホント変わってんのよね。」
 海の話しによれば、かなり中学では有名人だったらしい。それも、賑やかでお笑い的な人気で、とにかく明るいことが好き。
 海とかなたは二人で教室に上がった。二人は日当たりの悪い廊下側の席で、しかも、開け閉めの多い出入り口付近ときている。
「へぇ、かなたって言うんだ。」
「そう、変わった名前でしょ。」
「全然、可愛いと思うわよ。」
「そうか? かなたなんて、どっか行きそうじゃん。」
 横を見上げれば、偉人が友達の机に座ってにこやかにかなたを見ていた。
「あんただって、いくとなんて、どこかに行きそうじゃない。」
「俺の名前はいじんって書くんだよ。」
「だから何よ。貴方が偉人なわけないでしょ? それに、名前というのは、希望する意味合いが込められているから、本人にかけた、欠落した点が名前になっているって言うわよ。つまり、いじんであるなら、貴方は偉人にはなれないってことね。」
 かなたが言うと、偉人は口を尖らせていたが、「そうなのかぁ。」と納得して、それをネタにふざけた。
「おこんなかった。」
「怒らないわよ。どんな酷いこと言われても、ああやってお茶らける。まぁ、最も、酷いことを言う人なんかうちの中学には居なかったけどね。なんと言っても、あいつは一人で、他校と喧嘩していた不良どもの仲裁をして、誰の怪我人も出さなかったんだから、対したもんよ。」
「強いの?」
「さぁ、でも話しによれば、なんだか楽しかったらしいわよ。だから、あいつらって、他の学校から来た奴らだけど、仲いいの。」
 かなたは輪の中心で、先程かなたが言った【偉人】の話しをおもしろおかしく話していた。
 学校にも少し慣れた頃の連休。かなたはお決まりの本屋に向かっていた。引っ越してきて最初に見つけた本屋で、かなたはその前に自転車を止める。
「あ、はるかかなた。」
 そう言うのはただ一人だけだ。かなたが振り返ると、私服を着た偉人が立っている。
「あんたでも本を読むの?」
「うっそ、俺って読書家なんだぞ。」
「H本の?」
 偉人が大笑いして店内に入る。かなたは自分のようを済ますため、いつも買っている小説家の新書と、漫画を買いに陳列棚へと向かう。
「そう言う難しい本を読むんだ。」
 かなたが振り返ると、漫画雑誌を手にしていた偉人が立っていた。
「難しくなんか無いわよ。」
「そうか?」
 かなたと偉人は、偉人が妙に新書に興味を抱くので、そのまま近くの公園に向かった。
 午後の暖かな日差しの中で子供達が大いに遊んでいる。その公園で二人はベンチに座る。
「で、この姫様が捕らわれて、助けに行くって言う話し。よくあるでしょ? 漫画とか、アニメとかで。」
「ああ、そう言う系?」
「そう。」
 偉人はぱらぱらと新書をめくってかなたに返すと、手を後ろについて空を見上げた。
「俺、真っ青好き。」
「はい?」
 かなたも空を見上げる。どこか少しずつ暑くなりそうな空の色と雲の色。
「何か、嫌なこともすっ飛びそうで、」
「嫌なこと? あんたにもあるの?」
「あ、それって偏見だぞ。」
「そう? だって、悩みなんかないって顔してる。みんなの悩み解決しますって、顔してるじゃない。いつも。」
 かなたはそう言いながら−何で、よく知ってるんだろう−と言う気になっていた。
「俺だって、悩みぐらいあるさ。」
「進学?」
「いいや。」
「勉強?」
「全然。」
「金銭面?」
 偉人は首を振る。
「まさか、好きな人?」
 偉人の顔にさっと赤みがさした。咄嗟に、かなたはそれを見ないように正面を向き、「そう、がんばれ、応援するぞ。」と言った。
 そのあと、二人は黙った。
 何を話していいのか迷っていたのだ。相手はどんな人? とか、告白するに当たってのことなんか、聞けないし、言えなかった。
 好きになっている予感はあったけど、別に、それを口にしようとは思わなかった。まだ、心の中だけにいて大丈夫だったからだ。
 それからも、二人は【はるかかなた】と【どっか行きそうな名前】という妙な呼び名を保っていた。
 だが、決して、かなたの方から、偉人の好きな人の話を持ち出さないし、そのあとでどうなったかなども聞かなかった。
 体育祭。張り切る三年を余所に、運動会とどう違うのか定かじゃない一年生は、ただ何となく、準備に追われていた。
 連休明けに行われ、これが済めば高校最初のテストがある。一年にとってはそっちの方が頭痛い問題だった。
 体育祭運営委員のかなたは、夜暗くなった校舎にいた。他の教室で作業をしていたが、忘れ物を取りに自教室に戻ってきたのだ。
「なんだ、はるかかなたか。」
「長くない? その呼び方。」
 かなたがむっとして振り返ると、偉人の顔には、血を出したあとがあった。
「何よ、その顔。すっころんだとかって言わないでよ。喧嘩の仲裁?」
 偉人があんまり言わないので、かなたが聞き続けると、偉人は煩そうにため息をこぼした。
「心配してるんだよ。」
「ほっとけよ、俺なんか。」
「ほっとくわよ。何よ、ただ心配しただけなのに。」
 かなたが教室を出ようとしたとき、偉人がその腕を掴んで止めた。向かい合って、かなたは偉人の顔を見つめた。
 一歩近付いてきた偉人を突き放し、かなたは走って家に帰った。
 何? なんなんだ? あの行為は。
 しかし、偉人の様子がその日以降変わったところもないし、あの顔の怪我はやはり喧嘩の仲裁らしいが、別に偉人はそれを自慢する出なく、相変わらず話しの中心にいて、笑わしている。
 かなたもちょっかいは出しているが、二人っきりになることはない。
 夏休み。かなたは近くの図書館で涼むためにやってきていた。バイトをせずとも、小遣いが必要ではないし、遊びに行く相手も居ない。みんなバイトなのだ。
 図書館は思った以上に涼しくて、快適だった。
 かなたは歴史文学の書棚に来ていた。この辺りは誰も来ないと見えて、更に静かだった。
ハムレットや、ロミオとジュリエット、などなど有名だが、余り読まれない本を前にして眺めていると、偉人が首もとを服で仰ぎながらその列にやってきた。
 二人は驚いたが声を出すのを控えて、並んで本を見上げた。
「こう言うの、興味あるんだ。」
「寝に来ただけ。ここって、誰も借りに来ないから。」
「そうなの?」
「誰も読まないよ。こんな本。」
「面白いけど。」
 かなたが一冊取り出すと、偉人は奥の壁にもたれ座り、かなたを見上げていた。かなたは中を見て元に戻したり、それを手にして他のを捜したりしていた。
 二冊選んで、かなたは机に向かう。かなたが座った場所は、図書室でも一番奥の机で、偉人が座って寝始めている列がよく見える。
「何しにきてんだか。」
 かなたが一冊読んでふいに横を向くと、偉人は片膝立てて、まっすぐかなたを見ていた。かなたは慌てて辺りを見渡したが、窓の外にも、その向こうにも、誰の姿もない。
 偉人へ視線を戻すと、偉人は項垂れて眠っていた。「ただ、首をあげただけ、ね。」と納得して別な本を広げたが、どうしても偉人の方が気になって仕方がなかった。
 偉人は水曜日だけやって来ては、そうやって眠っていた。
「あんたさ、何しに来てたの?」
 明日は始業式だ。偉人とかなたは閉館ぎりぎりまでそこに居て、二人して図書館を出たのだ。
 蝉時雨も夏は終わりだと言わんばかりに、鳴き納めをしている。
「別に、暇だから。」
 両手を頭の後ろで組んで、かなたと並んで歩く。
「あれ? 背、伸びた?」
 かなたはふいに偉人を見上げていたのに気付いた。
「入学式じゃぁ、同じくらいだったのに。」
「お前だって、髪伸びたじゃん。」
「んー、そろそろ切ろうとは思うんだけどね。」
「俺は、長い方が好きだけど。」
「そう。」
 簡素に返事をしたが、その瞬間、髪を切る気など失せていた。
「明日っからだね。」
「そうだな。」
「みんな真っ黒だね、きっと。」
「多分。お前、海に行ってないのか?」
「全然。ここ、三年、否、四年かぁ、行ってない。」
「行くか?」
「今から?」
 偉人は頷き、かなたの手を引いて電車に飛び乗った。海までは小一時間ほどかかる。その間ずっと偉人はかなたの手を握っていた。
 海に一番近い駅で降りると、すでに潮の匂いがする。歩く度に帰っていく人とすれ違う。
 国道を越えると、海が開けた。海水浴場を眼下にして、かなたは眩しそうに海を見つめる。
「久し振りだなぁ。」
 偉人がくすくす笑う。
「何よ。」
「親父みたいな言い方。久し振りだなぁ。」
 かなたは口をとがらせ「久し振りだわ。」と可愛くいって見せたが、それにも偉人は笑った。かなたは偉人の頭を軽く叩いてそれを止めようとしたが、逆効果だった。
「何か、食うか?」
「いい。でもおごってくれるなら、たこ焼きでも。」
「食べるんじゃん。」
 二人は笑って一緒に海の家前にならんだ。一パックのたこ焼きを二人で食べる。ホクホクいいながら食べて、別になにするわけでもなく砂浜に座り、辺りが薄暗くなって、家に帰るため電停に行く。
「ありがとう。楽しかったぁ。」
 かなたがそう言うと、偉人も頷いた。
 二学期がはじまり、文化祭の準備が始まった。露天を出すところ、演劇をするところ様々で、かなた達は駄菓子屋をすることになった。
 かなたの当番は当日の呼び込みと、後片付け。偉人は、呼び込みと、校庭での宣伝マン。
 校庭で、サンドイッチマンに扮した偉人とその仲間達は、大声で宣伝して回っていた。
「よくやるよ。」
「ホント、ホント。」
 海とかなたは呼び込みと、店内売り子の制服である浴衣に着替えていた。
「じゃぁ、あたしも呼び込みに行ってくるよ。」
「ってらしゃい。」
 かなたが教室を出ると、呼び込み続けて教室に帰ってきた偉人達と逢う。
「馬子にも衣装?」
「なんも言ってない。」
「顔してる。」
「じゃぁ、そうかな。」
 偉人は笑いながら教室に入った。でも、かなたの浴衣姿は結構評判が良く、特に先輩男子には人気が高く、一緒に写真を撮ろうなどと言われた。その間も、偉人はそのキャラで、その写真に割り込み、一同の笑いを誘っていた。
 かなたたち片付け係を残して、みんなが帰ると、すっかり寂しくなってしまった。
 男子が帰り際にゴミを捨てて帰るからと先に教室をあとにして、残っているのは、かなたと他数人の女子だけだった。
「たのしかったぁ。」
「でも、何か寂しいよね。」
「先輩とかってさ、やっぱり、一番寂しいと思う。」
「好きな先輩とかっているんだ。」
「居るよ、かなたは居ない?」
 今まで黙っていたのに言われて、他を見渡す。
「居ない。」
 長い間のあとでそう言うと、数人の女子はその話題で盛り上がり、気付けばかなたを置いて帰ってしまった。
 かなたは教室の戸締まりをして、着替え終わった浴衣を鞄に詰め込み、鞄を掴むと、入り口に偉人が立っていた。
「忘れ物?」
「片付け係?」
 同時に声を発し、同時に頷いた。
「楽しかったな。」
 かなたは頷く。
「でもすごく寂しい。」
「祭りの後って、こんなもん。」
「だね。」
 かなたは俯いて、床の木目を見た。
「今度はクリスマスだな。」
「気が早い。」
「プレゼント、期待してる。」
「は? 何で?」
「よくするだろ? プレゼント交換というの。」
「は?」
「今からみんなにたのんどこうと思ってさ。お祭り好きな俺としてはね。」
「あっきれた。誰もくれなかったらどうするの?」
「そんときは、それがネタになる。」
 かなたは呆れて偉人を見た。
「かわいそうだから、あたしだけでもあげるわよ。誰もくれなかったらね。」
 偉人はけらけらと笑って喜んでいた。でも、それは未確定の約束だ。それでも、偉人はそれをネタにまたみんなを笑わすんだろう。
 秋風が吹き初め、寒くなってきた頃、かなたは三年生に呼び出された。見知らぬ先輩だ。好きだと言われたが、断った。
「好きな人が居るんです。」
「そう、あ、いいんだ。そいつと、仲良く。」
 先輩は潔くそう言った。かなたの心に小さなとげが刺さった。悪いことをしたと思ったが、知りもしない、知れば好きになるだろうか? 解らない人と、付き合う振りをするのは、かえって相手に失礼じゃないか。でも、振るなんて居るのは、余り気持ちのいいものじゃない。
 何処で解るのか、その噂は広がった。
「お前さ、振ったんだってな。」
 庭掃除でほうきを掃いていたかなたに、偉人が声をかけてきた。
「うん。」
「何で?」
「なんでって?」
「その人って、バスケ部のエースだった人だろ?」
「知らない。全然、知らない人。」
「だから、振ったのか?」
「それも、あるけど。」
 かなたは俯いた。落ち葉が、掃けども掃けどもそこに存在して、かなり飽きていた。
「好きな奴、居るのか?」
「……。そんなとこ。」
 本当は、あんただよ。と言いたかったが、言える雰囲気ではなかった。偉人の知り合いらしく、そのずっと向こうでは、その先輩らしき影も見える。
「誰?」
「え?」
「その好きな奴。」
「何で、言わなきゃいけないのよ。」
「本当にいるのか?」
 かなたはほうきを偉人に投げつけ「何で言わなきゃ行けないのよ。馬鹿。」と走り去った。
 なんなのよ、もし、曖昧にしたら、きっと、私は、あの先輩と無理矢理付き合わされるんじゃないの? あたしは、偉人が好きなのに。
 かなたは胸を押さえた。何で、気付かなかったんだろう。こんなに好きになるまで。
 かなたは廊下にしゃがみ込んだ。そのいきなりの行動に、誰かが保健室に連れてきてくれた。別に具合が悪い訳じゃないけど、別に、病気じゃないけど、かなたはベットで眠った。
 その日の帰りだった。新色毛糸入荷中が目に飛び込んできた。
 かなたは偉人が好きな目の覚めるような青でマフラーを編むことにした。編み物歴数年のかなたには大作になる予定だ。
 棒針を動かすスピードよりも、肩を張っていく方が多くて、肩が凝る。目が飛んだり、一個減ったり、増えたりで、なんとも不格好だ。
 そのうち、木枯らしが吹き、寒波一号と言われる北風が吹いた。
 あまりの寒さに、マフラーを編む手がかじかんでいる。そしてやっと昨日、出来上がったのだ。
 制作日数二ヶ月。長さ、一メートルほどのマフラー。
 かなたは手袋に息を吹き付ける。
「あ、はるかかなた。」
 相変わらずな挨拶だ。と思いながら、かなたは偉人が来る方へ顔を上げる。
 寒くて、かなり震えがとまらなくなっている。
「何してんだ? こんな朝早くから。うわ、ブランコ、霜降りてるぞ。」
「はい。」
「ン?」
 偉人が振り返るその顔面辺りに、編み上がったままの、梱包してないマフらを突きつける。
「プレゼント。約束したでしょ。」
 偉人は驚いていたが、それを手にして、それを眺めて、それを広げて、「雑巾?」と聞き返した。
「なんとでも使え。馬鹿。」
 なんだかとても腹が立った。寒い中ずっと立っていたのにも頭に来るし、ありがとうと言わない偉人にも頭に来るし、何より、「これ作ったの。それで、私はぁ、貴方のことが好きぃ。」とか言う少女漫画ちっくな告白が出来なかった自分に腹が立つ。
 学校では明日から冬休みと言うこともあって、そわそわしい雰囲気があった。
「暫くさよならだね。」
「何か、遠くに行くような言い方。」
 海の大袈裟な言葉にかなたは笑った。
「ねぇ、あげた?」
 かなたは海に聞く。海はなんのことだと聞き返す。
「ん、偉人にプレゼント。」
「何で?」
「え、だって、あいつ、プレゼン交換で、プレゼント要求してたでしょ?」
「ないよ、いくらのあいつでも、そんなことしないでしょ。だって、あいつの誕生日とも重なってんのよ。クリスマス。豪華な物を贈らなきゃいけないし。ましてや、クリスマスじゃない、普通の誕生日なら義理でいいけど、告白めいた気になるでしょ。って、かなた、あげたの?」
 かなたは首を振る。どう言うことだ? もらうように言うって言ったじゃないか。そう思っていたかなたの前を、かなたが編んだマフラーをした偉人が入ってきた。
「お、誰にもらった?」
「内緒。」
 いつになくちゃらけない偉人に、周りは驚いたが、「風邪引いて鼻出そう。だから、マフラーするの嫌だったんだけどさ。不器用なあいつが作ったと思ったらね。」
 と偉人は笑った。
 周りが一瞬驚いたが、すぐにそれを茶化す声で教室は沸き立った。
「誰だよ。」
 と聞かれても、偉人は言わなかった。
 放課後、帰っていく生徒の流れに逢わせて帰ろうとするかなたを、偉人が呼び止める。
「何?」
 廊下の隅に、流れの邪魔にならないように避けると、偉人は手を合わせる。
「何よ。」
「ちょっと、付き合って欲しい。」
「は?」
「買い物。」
「嫌。」
「飯、おごるから。こう言うのってさ、ほら、何て言う? デリケートなもんだから。」
 かなたは咄嗟に、好きな人にあげる買い物に付き合えと言っているのだと察した。それが、自分宛でないことに、かなり不満だった。
 二人は町へ繰り出した。流石に終業式と、あと数日でイヴを迎える町は沸きかえっていた。
「誕生日だってねクリスマス。」
「ああ。だから、そんな日に、何で他人にあげなきゃいけないのかって、思うけどね。」
「いいんじゃない、好きな子にあげるんでしょ。」
 かなり棘がある。
「あ、かなり暖かいぞ。」
「それは良かった。あたしからだって言わなかったね。言うと、好きな子に誤解されるか。」
「んー。」
 偉人は返事を濁した。そう思うなら返せ。と思ったが、二人はそのまま映画館の前で停まる。
「映画? プレゼント買うんでしょ?」
「見ないか? 俺、見たかったんだよ、ついでついで。」
「こらこら。」
 かなたの手を引き、偉人は映画館に入った。映画はハリウットから来た恋愛物で、かなり主人公がじれったい。好きなら好きとはっきり言え。と思えるような物だった。
 夜の夜中に二人で居て、楽しくって、それって、好きじゃないと、そう思わないってーの。しかも、周りから見たら、あんた達、付き合ってるわよ。どう見ても。
 主人公の女友達がそう言った言葉に、かなたはも周りを見る。こんな日に、こんな映画を見ていれば、やっぱり、二人もそう見られているのだろうか。
「退屈?」
「別に。」
「俺、退屈。」
「寝るなよ。」
「頑張ってみる。」
「じゃぁ、出よう。」
 かなたの言葉に偉人は頷き、二人はクライマックス前に出た。
「すんげー、ねむ。」
「いい話だとは思うけどもね。」
「そうか? ありきたりな恋愛ものだ。」
 その恋愛物で、考えさせられちゃったんだよ、こっちは。とも言えず、かなたは先を歩く偉人の背中を見た。また背が高くなっている。成長期だな。そう思っているかなたが、急に立ち止まった偉人の背中にぶつかる。
「いってぇなぁ。」
「急に止まったの、あんたでしょ。鼻打ったじゃない。」
「大丈夫、打つほど高くない。」
「しっつれいな。……、買い物は?」
「あー、ほんというと、かなり面倒になってきてる。」
 かなたは呆れて鼻で笑う。首を振って呆れている視界に、今流行のペンダントが目にはいる。
 ガラスケースに入った、少々高いオープンハートのペンダントだ。
「お前でもそう言うのって、欲しいのか?」
「お前でもとはどう言うこと? でも、高いなぁ。五千円する。」
「このマフラーは?」
「んー、一個、三百円の毛糸を五玉だから、千五百円かな。」
 偉人は納得してポケットに手を入れる。かなたは見納めて偉人に振り返ると、目の前にガラスケース内のそれとは数段格が下がるペンダントがぶら下がっていた。
「包んでたんだけども、何か、包んでるのあげるの、恥ずかしくて、今日、逢ったら、先に渡すつもりだったんだ。そしたら、先、くれたから。そんなに高くない。」
 かなたは黙ってそれと偉人を見つめた。
「何で?」
「クリスマスだから。」
「って、明後日でしょ?」
「んー、その日にあげるのは少し、恥ずかしいから。」
「何で?」
「それすぎて。」
「それすぎて?」
「あまりにも直接に、告ってる気がする。」
「……、じゃぁ、何?」
「好きなんだよ、悪いかよ。」
 かなたは気が抜けた笑い声を漏らし、顔を覆ってしまった。
「あたしも、好き……。」
 町にはジングルベルだの、クリスマスソングが溢れていた。
 かなたと偉人は手をつないで、家へと帰っていった。


fin

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