地族の春の鬼
迷う事なかれ。
あらゆる全ては正しき道のために存在する。




 大欠伸で歩く髪の長い、少女のような、男子制服、詰め襟の学らんを着ている少年?と、背の高い、横の一応少年とした子が百六十前後に比べてだが、それでも百九十は遙かにあるだろう、と思われる男子が歩いている。
「なぁ、中岡ぁ。」
 中岡と呼ばれた背の高い男子が、横を目で見下ろす。
「腹、減った。」
「小物の大食らい。」
「な、ぬわにぃ!」
 少年が男子を見上げる。背に背負ったように見える太陽の眩しさに俯く少年に、中岡はそのままにして歩く。
「待てって。」
「よぅ、お前らか? 転校生って。」
「時季はずれの。」
 校門に来ると、同じ制服を着た見るからに柄の悪そうな奴らが立っている。短く切った上着と、ペンギンの足のように見える土管ズボン。
「誰だ? お前ら。」
 少年が応えると、そこに居た五人が一斉に吹き出す。

「何だ、こいつ。女じゃねぇのか?」
 それに、少年が吹き出し、「おいらは男、女はこいつ。それとも、試してみるか? 玉突き出し合ってさ。」
 少年はその中でも息を巻いて居た男子に近付き、顎辺りをさすってみる。一瞬にして五人は走り去る。
 少年は大笑いをすると、中岡が頭を小突く。
「いってなぁ。」
「冗談が過ぎるぞ、鶴来(つるぎ)。」
「だって、ああいう奴らって、しつこいじゃねぇか。」
「だからといって、俺が女だのと、よく言えたもんだ。」
「嘘も方便だよ。中岡が女に見えるわけねぇじゃん。そんな図体でかいのにさ。」
 中岡が鶴来を見下ろす。鶴来はそれに応えるようにピースサインを作り笑う。
 本校舎の二階の一窓から眼鏡が光る。そこは校長室で、校長の隣には、教頭が座っていた。窓辺にはこの学校の生徒会長である柳瀬 匡(やなぎせ ただし)が立っていた。眼鏡をかけ直し振り向く。
「校長、彼らが有名な、不良ですか?」
「不良、かどうかは知らないがね、何でも、前の学校で、先生を殴ったとか、何とかで、」

 校長は目の前にふんぞり返って立った匡に怯えるように、口ごもりながら喋った。
「先生を殴るなど、不良でしょう。」
 教頭が相槌のように付け加える。
「早速ですが、彼らの身辺を探りましょう。不届きものには、制裁ですよ。先生。」
 匡はそう言うと校長室から出ていった。
 鶴来の笑い声が廊下に出た途端聞こえてきた。階段を上がってきて廊下に出た二人の前に、匡が立っていた。
「なぁ、職員室って何処だ?」
 鶴来が聞くと、匡はにこやかな笑みを浮かべ、でもそれはかなり上辺だけの笑みで、匡は「こっちですよ。僕は、生徒会長の柳瀬って言います。転校生ですよね。」と言った。
 鶴来は頷き、「おいら、日村 鶴来(ひむら つるぎ)。こいつ中岡 弥葉(なかおか やいば)。」と紹介した。
「でも、こんな時期はずれに、二人同時に転校なんて、不良、とかじゃないですよね?」
「不良?」鶴来は大笑いをして「そんなんじゃないよ。そりゃ、前の学校じゃぁ、気に入らない先生ぶっ飛ばして、鼻をかるーく負傷させたけど。」

 鶴来がそう言ったのを匡は驚いて見る。背は頭半分下で、腰まで長い漆黒の髪に、大きな目と華奢な体つき、男だと言えば疑わしい格好で何を言っているのだろうか?
「でも、中岡なんか、体育館横の鉄柱折っちゃってさ。暴れると二人して歯止めきかないからね、で、転校と相成ったわけだ。」
「何で、手が付けれないほど怒ったんですか?」
 匡がびびりながら聞く。でも腹の中では冗談だろうと思っての芝居だ。
「何って、何だった?」
 鶴来が顔を上げて後ろから歩いてくる弥葉を見上げる。
「お前が昼寝邪魔されたからだろ? 俺に喧嘩ふっかけてきて。」
「そうそう、先生が昼寝邪魔してさ、それにあったまにきたわけだね、そんで投げた机がこいつに当たって、だったね。」
 鶴来の言葉に弥葉は黙って頷く。匡は二人を見た。少女のような怪物と、岩のようなそのまんまの怪物。にしか見えない。
「ここですよ。」
「どうも。しっつれーしまっす。」
 鶴来が扉を開けると、一瞬寒気を感じるほどの緊張が走ったが、匡の前で扉が閉まると、それは少し緩和されたようだったが、それでもまだ、臆したような感じが職員室に漂う。

「あの、おいらたち今日転校して来たんすけど、」
「あ、日村さんと、中岡くんね?」
 扉の向こうで聞き耳を立てている匡が「さん?」と聞き返す。
「な、何で男子の制服?」教師が鶴来の格好を見て眉をひそめる。
「だって、おいらがびろびろのスカート履いてたらさ、犯されるじゃん。」
 鶴来は大笑いしたが、誰も笑わず、笑顔を引きつらせる。
「って、冗談、別に言わなきゃわかんないだろうけど、おいらの親、おいらをどうしたかったのか、おいらの身体全身、そう、この見えてる手首から先、首から上以外、入れ墨があるんだよね、見る? 何なら脱ぐけど。」
「い、いいわ。そう言うものを見せびらかされるのは、やはり困るわね。」
「と言うことで、体育も冬着で。」
 鶴来はそう言って頭を軽く下げる。教師はそれに愛想笑いを浮かべて生徒カードの備考欄に特注としてメモが書かれた。
「で、中岡くんは……。一緒に住んでるの? あなた達。」

「ダチなもんで。」鶴来が答える。「中岡の家に居候しに行ったら、中岡の遠縁に当たるらしい寺の住職が、何でもインド辺りの有り難い経典をもらいに行くとかで、逢って数分後には居なくなってましてね。でもまぁ、物心ついたときから一緒に居るくらい何で、別段問題無いっしょ。親だって公認だからさ。そうそう、うちの親、今チベット辺りで両親揃ってマンモスの化石発掘に出かけてるんで、そこの、アメリカ大学の考古学事務所に連絡しても留守です。あと、中岡んちの両親は、カンボジアで息子を放ってご立派にも難民救援活動中ですからね、連絡つきにくいと思いますよ。で、一応後見者というか、親代わりというか、おいらたちの責任者が、霞 孫六(かすみ まごろく)って言うなんか怪しげな科学者なんすけどね、まだ二十五、そこそこで孫六っちゃぁおかしな名前でしょ? でもね、顔はいいんだ。男前だし、背丈だってある。そんでも、女よりも、食い気よりも科学の方が好きな変わりもんでさ、あの妙な家、見えるでしょ? 屋根に変なもの乗せてる家、オレンジの、あれがそう。この辺りじゃぁ、めっぽう変わりもんだって評判の孫六がおいらたちの責任者なんで。何処で接点があるんだって? さぁ、おいら達が知ったときからすでにそうだったね。そこに居る辻谷 総次郎(つじたに そうじろう)って爺さんがほとんど食事とか、果ては厄介がっさいを引き受けてくれてるけど、所詮、孫六の秘書兼執事だからね、責任者にゃぁなりにくいんだ。後何かある? 何でも話すよ。おいら達のことがどんなことで広まってるか知らないけど、誤解されたままじゃぁさぁ、これから先長い付き合いになるわけだからね。いい気分じゃないよ。何せ、初日そうそう不良どもに絡まれたんじゃぁさぁ。たかだか先生を殴っただけなのに。」

 鶴来はまくし立てるように喋った後で、くすくすと笑った。美顔の笑顔は目を引き、一瞬でもうっとりと見とれるほどだったが、口を開くと出てくる異様な声の低さと、言葉の悪さに、現実に引き戻されては、見とれてを繰り返してしまう。
 鶴来と弥葉は担任の後を追い、教室に向かう。二人が案内された教室は二年【は】組。
「なんか、落第っぽい響きがあるよな。」
 鶴来の言葉に担任も弥葉も応えない。担任が扉を開けると、先程鶴来が顎を撫でた不良が座っていた。
「お、ん、な?」
 彼は絶句のあまり笑っている鶴来を見入る。
「日村 鶴来。こいつは中岡 弥葉。よろしくな。」
 鶴来が挨拶を言うと、二人は二つ机廊を隔てて同時に進み、鶴来は前から三番目、弥葉は一番奥に同時に座る。
「悪い、まだ教科書ないんだ、見せてくれる?」
 鶴来が隣りに声をかけると、隣の女子が頷く。
「名前何?」
「潮。水嵩 潮(みずたか うしお)。」
「いい名前だね。じゃぁ潮ぅ、悪いけど、ノートもないんで、前、写してくれる?」

 そう言うと鶴来は頬杖を突いて黒板を見つめた。弥葉は後ろの席で腕を組み、睨んでいる隣の、今朝の不良の視線を横顔に感じながら黒板を見ていた。
 休み時間、潮はまだ黒板を見ている鶴来を横目で牽制している。何で、男子の制服を着ているのか、それが気になるのだ。
「そんなに気にすることかな?」
 鶴来がふと口を開き、潮の方を見て微笑む。
「制服、気になる?」
「え? そ、りゃぁ。」
「入れ墨を隠すため。見る?」
「い、いい!」
 危険を回避する悲鳴に似た声で潮はそれを拒否した。鶴来はその声に目を丸くしながらでもすぐに笑い、「体育の着替えで嫌ってほど見れるよ。」と言った。
 そして、その体育はすぐにやってきた。翌日の三時間目。休み時間に体育館の更衣室にクラスの女子が入る。みんな一様に制服や体操着の中でもぞもぞと着替えている。その中で、鶴来はぱっぱと服を脱いだ。パンツにブラジャーだけの姿になった鶴来の身体には確かに、蓮の花びらが舞い、その背中には般若の面が彫られている。
「す、ごい……。」

 誰とも無くそう言ったのを鶴来が笑って、「でしょ? だから、スカートなんか履いてられないんだ。」と言った。
 体操服のベージュのトレーナーで、鶴来は背伸びをする。首で折り返すだけの長い襟だから、鶴来は髪を束ね集まっている中に向かう。
 授業内容はバスケットだった。クラスの半数ずつでチームを作り、ボールは綺麗に放りあげられ、ゲームは始まった。
 鶴来がボールを素早く奪うと、何人ものディフェンスをかいくぐってダンクシュートを決める。それがあまりに綺麗で、見事なため、誰もが見入ったまま動けなかった。
「凄いわ。私隣のクラスで、副生徒会長の魚沼 三春(うおぬま みはる)。バスケ部にでも入ったら?」
「嫌。部活なんて面倒なことはしない主義なんだ。それに、【家の用事】というものが課せられてるんでね。」
 鶴来はそう言ってすたたと中央迄引き下がる。三春はその後ろ姿を見つめていた。

 生徒会室。奥に置いている大きな椅子に匡が座っていた。そこへ体育が終わって着替えた三春が入ってきた。
「どうでした?」
「あの転校生、すごい運動能力ですわ。何せ、注射しているバスケ部どもが身動きできなかったんですから。」
 三春はそう言いながら匡の側に行く。匡は膝置きに肘をついて足を組んだまま、カーテンの引いた窓を見ている。
「生徒会長? もしかして、あの女がお気に召して?」
「捨てがたいね。あんな無防備な子。」
 三春が親指の爪をかじる。三春が出ていった後、匡はほくそ笑み、先程校長が持ってきた鶴来と弥葉の身辺調査書を見た。
 日村 鶴来。日村 良武、晴菜の長女。両親ともに考古学者。三歳から今まで一緒に暮らした日数一年と満たない。その間、中岡家に預けられている。
 中岡 弥葉。中岡 亮、伸子の長男。弥葉が十歳まで一緒に住んでいて、学生時代の親友であった日村晴菜の子、鶴来を預かって養育していたが、十歳の時夫婦して海外ボランティアに所属、それ以降二人はずっと海外生活を送っている。

 それ以後、二人は、当町居住の科学博士霞 孫六の責任下で養育されているが、居住は別。養育、生活物資の援助に際して登場するのはそのほとんどが、霞氏の執事である辻谷と言う老父である。
 鶴来が言った通りの報告書が帰ってきた。しかも、先生を殴った理由というのが、飛躍しすぎては居たが、ほとんど同じ事で、昼寝をしていた鶴来を起こした先生に向けて投げた机が中岡に当たり、それに逆上して二人が喧嘩を始め、その被害、机六個大破、窓ガラス五十枚、蛇口を折って三階部水害の被害。を鶴来が、壊れたガラス窓の窓枠を折り曲げ、廊下側の壁に穴を開け、教室の前後の扉を二つ折りにし、体育館横のフェンスの鉄柱を折った。を弥葉が壊した。と記されている。
 どういう人間だ。と思うが、匡にはそれに思い当たる【人間】を知っている。人間の姿をしながら、世にはびこる【鬼】を退治する、【鬼狩り】の一族、時刈(ときかり)家。
「まさか、な。」
 匡は苦笑いを浮かべる。その影には二本の角が生えている。
 匡の思考とはまったく無縁に、鶴来はそのほとんどを同クラスの女子との他愛のないお喋りに興じ。弥葉は腕を組んで黙っている。何を考えているのか解らない態度だが、ふとしたとき見せる女子を助ける行動で、一躍密かな人気が起こっている。
 三春は鶴来の近辺で睨みをきかせているが、しかし、どう見てもただ学らんを着た女子と言うだけで、特別代わり映えはしない。一緒に居る弥葉とて同じで、無口なだけの大男に、それほどの興味はなかった。

 鶴来と弥葉は孫六の家に向かっていた。一週間に一度、土曜の晩ご飯は一緒に食べる。が恒例行事だからだ。勿論用意するのは辻谷だし、接客するのも、その食卓を囲むのも辻谷だ。たまに、ちらっと孫六が姿を見せるが、鼻で笑うような挨拶をして姿を消す。
 奇怪な家、白い壁にオレンジの屋根だが、その壁から突き出ているのはまさしく注射器の巨大なお尻だし、屋根に突き刺さっているのは、間違いなく戦闘機の頭だ。年中休み無く引かれている暗幕のカーテン。ただ一カ所だけ空いている場所が、居間と言われるところだ。
 二人は居間に入り、鞄をそれぞれ、鶴来は食卓椅子の下に、弥葉はソファーの横に立て掛け、座る。
「いらっしゃいませ。どうですか、新しい学校の方は。」
「まずまずだよ、友達できたしね。」
「そうですか。鶴来様はお愛想がよろしいから。」
 辻谷はそう言ってにこやかに鶴来に微笑みかけた。鶴来もそれに答えるように微笑む。「今日はご主人様も同席なさるそうですので。」
「孫六が? 珍しい。」
 鶴来はさほどの驚きもなく、出された茶菓子を口に放り込む。

> 孫六が入ってきた。灰色の髪は【科学者らしい】という理由から染めたもので、丸い眼鏡に、長くくすんだ白衣を着ている。顔立ちは鶴来が言ったように端整な顔立ちで、格好とその髪色だけを変えれば十分テレビにでも出れそうな容姿をしている。
「久し振り。」
 鶴来が声をかけると、弥葉は立ち上がり、食卓椅子に座り直す。その一連の動作を見終わって孫六が食卓椅子を引き座る。そしていつもの挨拶である鼻で笑うような挨拶をしてから、眼鏡をかけ直した。
 辻谷が台所で火を入れる音がする。それを合図に、孫六が白衣の内ポケットから写真を取り出す。
 鶴来がそれを手にして広げる。
「おや、生徒会長。」
 鶴来は最後になった写真に声をかける。
「地族の鬼だ。」
「取り憑かれてどのくらい?」
 鶴来が聞き返すが孫六は煩そうに背もたれにもたれるだけだった。
「まったく、仕事する気あるのかねぇ。鬼狩り当主ともあろう人がさ、趣味の科学に興じ、二種の神器に人格を与えて狩りに行かすなんてさ。今までの当主が知ったらどう思うだろうかねぇ。」

「俺の誤算は、神器の一つ、草薙の剣があまりにも煩いことだ。」
 鶴来はめい一杯頬を膨らませて孫六を見た。
「彼らが取り憑かれてすでに一年以上が経ってます。」辻谷が孫六の変わりに答える。
「野放し?」
「学校という得意な場所に進入するなど無理だ。」
 孫六はそう言って立ち上がると、その煩悩よりも大好きなアルコールの入ったランプを取り出し、火を付け、その火を眺め始めた。この飼い主の奇怪な行動に鶴来は呆れて見下ろす。
「いいか? お前らは、俺が念を送り人格を得た神器の化身。いくらでも年を変え、姿を変え、世を、人を渡っていける。俺が出ていかずとも、お前らでなんとでもなるだろう?」
「使い手が居てこそ、神器だと思うが。」
 鶴来がぼそっとこぼすと、「お前俺に握られて怒るじゃねぇか。嫌だ、お前みたいな奴に使われるの! ってさけんだのは何処のどいつだよ。」
 孫六の吐き捨てる言い方に鶴来は反論できずに口をとがらせる。
「それに比べて、弥葉はいい。防御と攻撃を兼ね揃えた曲玉と銅鏡の化身なればこそ、頭は切れるし、無口がいい。ただ、それが大男なのが気に入らないが。」

「そうなんだよ、お前って変な色欲は残ってんだよな。おいらに入れ墨入れたのも、」
「ただの趣味だ。」
「なんだよなぁ。」
 鶴来が呆れてため息をこぼす。
 そうなのだ、彼霞 孫六は、千と数えて幾代目かの【鬼狩り】族の現当主。才能は歴代の当主の中でも秀でていたが、何せ、元来の億劫者で、悪性壁の持ち主であるから、鶴来はその本姿の時、嫌がって孫六の手から逃げたことがあった。それに反して弥葉の本姿である曲玉も鏡も、それに拒否することなく、孫六を主と認めた。
 毎度毎度拒否されては敵わぬと、孫六はその念において草薙の剣に、鶴来の姿を与えた。その時の条件が、小柄で髪が長く、体中に入れ墨をしたかわいらしい少女。だった。そして弥葉には鶴来よりもお姉さんだが、美人で、これまた全身に入れ墨のある人という条件を掲示したのに、二つの神器が一体化した弥葉はとてつもない大男に変身してしまったというわけだ。
 だが、思考によっては、弥葉が見せた反抗。とも取れそうな気もする。
 鶴来と弥葉は辻谷が作った晩ご飯を食べ終わり、夜の七時過ぎ、家路に向かった。
 寺と言うだけあって、数十段の階段を上らなくてはいけなかった。登り切ると、異様な空気が辺りを占拠していた。結界が張っているので、家の中に【小鬼】が居る気配はないが、結界に入ろうとしている【小鬼】がこちらを見ている気配はする。

「いつも思うが、不気味な寺だよな。」
「寺は元来そう言うもんだ。」
 弥葉はそう答えて、【小鬼】を無視して中に進む。
 弥葉が一日に良くて一言話す程度で、そのほとんどが無言だったりする。
 家に足を踏み入れ、明かりを付ける。使い古した廊下を歩き、今日は用のない台所を過ぎると、庭に面した部屋に弥葉が、廊下を隔てた向かいの部屋に鶴来が入る。
 すり切れた畳の部屋に、ベットと、葛籠(つづら)。円鏡のかかった鏡台。鶴来は制服を脱ぎ、かけていた藍地の着物を着流しする。
 弥葉も同じく、すり切れた畳の部屋、折り畳まれた布団と、葛籠。かけていた山草色の着物を羽織る。
 鶴来の部屋の明かりが消えた。この家にテレビやラジオと言った娯楽はない。本を読まない鶴来の消灯は早い。
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