好きが、止まらない

1 Il pleut.  



 春になると、急に思う。
----やはり、新しい季節っていいなぁ。
 と。風の色も、どこかあたたかで、そして優しい。そういう季節だから、なんだか外にも出たくなる。

 普段外出などしない達端 みかげだけど、やはり、彼女もそう思うらしく、町に出てきた。街は日曜らしく私服姿の若者で溢れ返っていた。
-----ああ、若者といってしまうと、年を感じる。
 柔らかい風がスカートのすそを揺らす。跳ね返る水、そして音。みかげは口の端に笑みをたたえて横断歩道を歩いていた。
 みかげの親友である、森沢 澪ならば、何もこういう雨のときに出かけなくてもいいだろう。と言いそうだった。
 でもこの雨と、そしてこの天気にみかげはでかけようと思ったのだ。何だが胸をくすぐられるような、そんなことが起こりそうだったから。傘の色が行き交い、真上からの絵を想像すれば、やはり笑みがこぼれてしまう。
 みかげは傘をくるっと回して足を出した。そのとき、隣から駆け込んできたサラリーマンとぶつかった。日曜日だというのに、スーツを着て、雨を恨むような顔をしながらも、ぶつかったみかげに丁重に謝る彼。
「こちらこそ、ごめんなさぁい。」
 みかげの声に彼はすぐに顔を上げ、その顔に雨粒が落ちることなど一向に構わずにみかげを見つめた。
「あの?」
「知り合いに、似てたから。本当にすみません。」
 彼はそう言って走り出していった。みかげは首を傾け横断し終えると、彼とは逆な方向に向かって歩き出していた。


 みかげは最近気に入った店を見つけ、そこに居た。どこが好きなのかははっきりしている。赤いひさしが、フランスチックなのだ。シャンゼリゼ通りにある有名カフェと同じ赤いひさしが、行った事はないのだけど、でもみかげをフランスにつれてきた気がするのだ。
-----安いなぁ、あたしって。
 そう思いながらも、みかげは注文した「甘い」カフェ・オ・レを口にして、ほっとため息をついた。
 雨の街は好きだった。はねる雨水に色がゆがむように見え、みんな早足なのに、なぜだかゆっくりと時間が過ぎていく気がする。そして、傘にあたる音も好き。みかげは雨の日が好きなのだ。
 みかげの携帯がなった。性格にはバイブレーションで机の上で轟々と動き回ってるのだが。名前は澪からだ。
「しもしも?」
「みかげ? 今どこ?」
 みかげの好きな声がして、自然に顔がほころむ。澪の居場所を教え、あと数分後に会えるとなると、さらに笑顔がこぼれてくる。
 もう、五年近く付き合っている。
 高校からの親友と呼べる人。ずっとずっと一緒に居て飽きない人。まじめで、美人。最近あごで髪を切りそろえてからそのまじめで京美人的な古風さに磨きがかかった気がする。仕事の最中のアクシデントで、やむを得ず切ったというが、どんな髪形をしても似合うから、うらやましい。

 澪がやってきた。白い、下手すると、こういう雨の時期に着るのはまずく見えるセンスのいい白の上着を着て、腰ベルトをつけて相変わらずタイトロングをはいている。
「待った?」
「今来たところだよ。」
 低音で言うみかげに澪は呆れ顔を向け、「ホットを」と頼み、みかげの顔を見た。
「はい、お土産。」
「いつもいつも、どうもです。」
 澪はイタリア製の香水のビンを手渡した。
「みかげに合いそうな匂いよ。柑橘系の、森林浴の、甘い匂い。」
「どういうのよ。」
「そういうの。」
 澪は笑って小瓶を指差す。
「今回はどうだった?」
「まずまず。相も変わらずよ。」
 コーヒーを一口のみ、澪は笑った。
 澪はデザイナーである。先日までイタリアに行っていたのだ。有名ブランド店でデザイナーとして働いていて、そのうち自分のブランドを持ちたいという夢がある。
「ところで、みかげのほうは?」
「んーー。まぁ、まずまずということで。」
「また首?」
「はははは。」
「また何かしたの?」
 みかげはカップに口をつけた状態で、事情を話す。
「おばあさんが来てね、ハンバーグとステーキで悩んでたんだわ。若い人向けだからねぇ。って、すごく悩んで、結局ハンバーグにしたけど、おいしくなかったわけじゃないんだろうけど、やっぱりさ、おばあさんになると、油はねぇ。そんで、一口か、二口しか食べなくって、それ見てたら、思わず料金要りませんっていちゃってて。」
「ファミレスで、職人気質はつらいねぇ。」
「そうなのさ。でもファミレスだろうが、おいしいものを食べさせたいと思うけどなぁ。」
「人、それぞれなのよ、で、今は無職?」
「そう。まぁ、物欲がないおかげで少々お金があるので、あと一ヶ月は、多分。くぅ、親に仕送ってもらおうっと。」
 みかげの言葉に澪は鼻で笑い、通りのほうへと顔を向けた。傘を差して歩いている人の中に、知り合いを見つける。しかも、こんな偶然またとない。でも、出て行って、前に立って、何を話せばいいのかわからない相手。
「あれって、ヒーローでしょ?」
 みかげの目にも見えているようだった。  ヒーロー。パリを中心として活躍している日本人モデルで、本名は、神崎 宏樹。みかげと澪よりも、三つ年上だ。ヒーローとはステージネームといったところだろう。
「そうね。」
「足長いねぇ。」
 均整の取れた体。無駄のない動き、何より、その細くて長い指が澪は好きだった。その指が絡むタバコが、ただのタバコに見えなかったし、彼が持てば帽子も、傘も、何の変哲もない猫さえも、すばらしくいいものに見えるのだ。 
「隣の人は、彼女、かな?」
 みかげが言うとおり、隣に居る金髪青目のアメリカ人はヒーローの恋人だといわれているモデルだ。ナターシャという名前で、よくステージに立っている。遠くで見ていても、近くで見てもお似合いだ。あれほどの長身ならば、アメリカ人を連れていても引けを取らない。そう思えば思うほど鬱になる。
 みかげは澪の視線が俯いたのを見て、黙った。
「何?」
 澪はみかげのほうを見て首を傾げる。みかげは首を振り、ヒーローたちがタクシーに乗り込むのを見届けてから、小さく小さくこぼした。
「盲腸ぐらいで、見舞いには、普通は行かないよ。」
 澪は顔を赤くして、ソーサーに乗っているスプーンをもてあそび始めた。



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