雨のコインランドリー


 
 みかげは春雨の中、傘を指して公園まで歩いてきていた。
 みかげは晴れ以上に雨の日が好きだった。
 傘にあたる雨音が、一つ一つと聞き分けられるほど雨脚が緩んできた。時々、傘の雫がぼたっと地面に落ちる。やっと青々とした葉っぱからも雫が落ちる。
 
 そういえば、牡丹という花は、ボタンと落ちるからそういう名前になったっていってたなぁ。
 
 みかげが花壇の傍を歩いていると、傘も指さずに立っている高校生が居た。端正な顔立ちで、まるで大人に見える。でもその雨に打たれている顔はどこか卑屈にゆがみ、その拳からは血がにじんでいる。
「風邪、引くよ」
 普段なら声をかけない。いまどきの若者は切れやすいから、そういうのを相手にしたくないのだ。でも、彼にはそういう類の危なさを感じられなかった。
 みかげの声に彼は体を跳ねさせみかげのほうを見た。
「風邪、引くよ」
 みかげの言葉に彼は俯いた。その顔から雫が落ちる。それは雨かもしれないし、涙かもしれない。
 
 二人はコインランドリーに居た。ごうごうと回るそれを並んで眺める。
「あ、着替え、どうも」
「いやいや、二千円だったから」
「……、あの、持ち合わせ、なくって」
「いいって。別に、それを期待してなどないよ」
 二人はほぼ同時に温かなコーヒーに口をつけた。
 見知らぬ男の子は静かな子だった。綺麗な顔をしているが、たぶん人見知りをして人付き合いが悪いだろう。
「ふられた?」
 みかげの率直な質問に彼は何のテレもなく答えた。
「そんな、とこ」
 軽い口調だったが声は沈んでいた。
「二股かな?」
「いいとこつく。」
 みかげは乾いた笑いをして缶に唇をつけた。
「家庭教師だったんだ」
「そりゃまた、理想の恋愛像」
「そうなんすか?」
「さぁ?」
 彼は顔をしかめ、話を続ける。
 赤の他人。初対面。でも、みかげに話すのは、心の中で話すのと同じ。意思と話しているのと同じ錯覚を得る。不思議と、違和感がなかった。抵抗とか、羞恥とか、そういうもの一切が。
「俺には、双子の兄貴が居て、兄貴の変わりに、ずっと授業してたんだ」
「代わりに授業? ばれるでしょ、普通」
「俺んち、普通じゃないから」
「なるほど」
 みかげの納得に、彼はさらに顔をしかめながら缶を手で包むと、話を続けた。それはまるですべてをさらけ出して楽になろうというような、そんなものに似て居た。
「俺と彼女は惹かれあっていた。ずっと。ずっと。そしたら、一ヶ月ほど前から、急によそよそしくなって、今日、聞かされた。兄貴と、できたって。俺よりも、あいつがいいって……」
「双子って言うのは、同じ顔しているだけでも厄介なのに、そういうことまであるとはねぇ。大変だぁ。」
 みかげの言葉に彼は何も言えなくなった。馬鹿にされているとか、茶化されているとか思っても、どこかそれだけの言葉でないと思っている。下手な慰めでない、慰め。
「手は、大丈夫?」
 彼は頷くだけだった。
 会話は途切れた。話すことはない。でも、みかげは帰らなかった。乾燥がすみ、彼はそれを着る。
「きゃぁっ。藍住くんだぁ」
 みかげが外を見ると、二人組みの高校生が立っていた。
「何してんの?」
 彼は黙って顔を上げると、彼女たちは嫌そうな顔をして立ち去った。
「藍住? 変わった名前」
「下のほうが変わってるんだ。颯馬」
「颯馬ぁ? 変な名前。でも、あたしも人のこと言えないな。私はみかげ」
「変な名前」
「やっと笑った。男の子でも、女の子でも、泣いてるより、笑っていたほうがいいよ。さっきの彼女たちは、兄貴のほうと間違えた?」
「多分ね」
「いい男だと、私は思うよ。君も。兄貴も」
「あんたも、いい人だ」
「知ってる」
 みかげは立ち上がると、颯馬に手を振り外へと出て行った。
「変な人」
 颯馬の小声は雨が止んできた空の青さに解けていった。
 

TOP


Copyright (C) Cafe CHERIE All Rights Reserved.
--------------------------↓広告↓ --------------------------
www.juv-st.comへ


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送