le Souhait




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陰陽の天秤

1 赤い月

 森野 真帆もりの まほ。高校二年生の彼女は、始業式の昨日風邪を引き、今日新たに二年に昇級した。一通り人付き合いはあるが、どこか親友などと呼ぶには寂しさを感じていた。だから、二年になったからといって、何かが変わるわけでないと思っている。
 学校はすでに新しいクラスに変わり、女子の華やかな笑い声がしている。
「あ、真帆!」
 去年一緒だった京香が近づき、また同じクラスになったなどと話している。そして二年三組の教室に真帆を連れてきた。仲良し組みである真帆、京香、紗智子、奈津美は再び同じクラスになったようだ。
「よかったぁ。風邪治ったんだぁ。」
「うん。昨日ずっと寝てたらね。」
 真帆の言葉をさえぎる紗智子と奈津美の視線と小さな歓声。そのほうへと顔を向けると、見知らぬ男子が居た。
 綺麗な男子だ。すらっと背が高く、制服の黒がさらに彼をきりりと見せている。
「誰?」
「昨日転校してきた、吾妻 銀狼あがつま ぎんろう君。」
「銀狼……。」
「かっこいいよねぇ。」
 確かにかっこいいが、銀狼というな前のギャップに顔をしかめる真帆と対照的に、その名前がいいという三人。
「彼は、目が悪いの?」
 真帆の言葉に三人は顔を見合わせる。
「何で?」
「いや、犬がね。」
「犬? 何言ってんの? まだ、熱あるんじゃない?」
「……(汗)ははは、そうかも。」
 胸をどきりとさせられる始業のベルが鳴り、席に着く。早速といって実力テストが配られる。
 真帆は自席の二列隣に居るあの転校生を気にせずに入られなかった。みんなには見えない犬が見えるのだ。あれこそ銀狼といえるような大きな犬で、じっと真帆を見ている。
 昼休み、テストも済んで、誰が言うでもなくだらけた空気の中、銀狼のあの犬が教室を出て行く。
「あ。ちょっと、ごめん。」
 真帆はそのあとを追いかけた。階段を駆け上がるのについていく。それは昼で食堂へ買いだしに行く人の波と逆行している。
 真帆は怪訝そうにその入り口を見た。いつもならば鍵が厳重にかかっている屋上への扉が、外の日差しを入れてさんさんと光り開いているのだ。
 真帆はその光の中に出ると、ごく普通の、正しいままで一度として屋上に上がったことはないのだが、でも決して違いはないだろうと思われる屋上が現れた。そしてその屋上に銀狼の犬がフェンスそばに立っている。
「ねぇ、えっと、銀狼君のそばに帰ったほうがいいよ。」
「なぜ見える?」
「なぜ見えるといわれても……。犬がしゃべった。」
「答えろ。」
「ははは、いやぁ、やっぱり見えてはいけないものなのね。でも霊感なんて今までなかったんだけどなぁ。」
 と後退る真帆の背中に扉が当たる。扉はしっかりと鍵がかけられていた。
「なぜだ。」
「さぁ。わかんないよぅ。なんか見えるんだもの。」
 真帆はノブをガチャガチャと鳴らしまわすが、扉は開くどころかそれは錆び付き回る事すらない。
「お前は巫女ではないのか?」
「巫女?? 何よそれ。って、犬相手になにしゃべってんだろう。あたし。」
「犬ではない。銀狼だ。」
「それって、飼い主の名前でしょ?」
「人間の姿をしたものとわれとは同一。同じものだ。」
「……。解りません。」
 銀狼といった犬が眉間にしわを寄せうなり始めた。真帆はその威嚇に右足を一歩下げると、ふわっと顔をなでるような風が吹いて思わず顔を空に向ける。そこにあるのはただの空と雲と、そして小さな風の渦だけだ。
「なんだか、よからぬことになってませんか?」
 真帆が扉に振り返り、激しくドアノブを叩くがきっと誰も聞こえていないのだろう、応答がまったくない。
「ちょっと、誰か、助けてよ!」
 真帆は背中に殺気を感じて、咄嗟にそばに落ちていた棒を掴み、横に払った。するとものすごい断末魔が聞こえた後、棒は棒らしからぬ触感に変わった。
 断末魔をあげていたのは、全身青色をした赤い目の女だった。だがその最後の力を振り絞り再び真帆に飛び掛ろうとしたが、その体を食い破るように銀狼が飛びつくと、その女の姿は風に乗り消えた。
「な、何?」
 棒だったはずのものは、見たことのない刀に変わった。鍔に植えられた透明なもの。それは水晶や、ガラスとは違う。どちらかといえばプラスッチィク素材のような濁りある球体だ。だがそれはそんな材質よりも硬く、滑らかだった。
「まさか、剣使いだとは。」
 銀狼は真帆に近づく。その姿はすでに実体化しており、触ればその毛並みの良さが伝わりそうな感じだ。
「何、これ? どういうこと?」
「下を見るがいい。」
 真帆は怪訝そうに立ち上がりフェンスに近づき息を呑んだ。みんな倒れていて、そのまま動いてない。鳥も飛んでいる最中だし、雲も、そういえば辺りの空気や色もおかしい。
「危害を防ぐための手段だ。」
「危害? なんの?」
「お前がこちら側のものであるということなどすぐにばれる。だから、そのためにここが壊されないようにした。」
「時間をとめたとか、眠らせたとかってこと?」
「お前が私たちの世界を救えばもとに戻る。」
「待った。あたしに何ができるのよ。」
「さっきできたじゃないか。」
「ヤダヤダ、風邪治ってないんだわ。夢見てるんだ。」
 そういうと真帆は体のだるさも手伝ってそのまま倒れた。
 -----ああ、誰か、夢だといって……。

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