le Souhait




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魂魄の夜明け

1 蒼天の風

 年のころは十四、十五、六といった少女が、永久に続きそうな荒野の中を走っていた。追いかける物は全身が緑の色をした魔獣と呼ばれる生き物だ。真っ赤で大きな目と、大きく裂けどくどくとよだれを流している赤い口。その長い牙が刺さりでもすれば肺出血を起こしそうなほど長い。彼女は転げそうになりながら走った。
 しかし、体力と、それ以上の暑さと、荒野の砂が彼女のか細い足を捕らえ、彼女は倒れてしまった。すぐに体制を整え起き上がろうとしたが、すっかり魔獣の影は彼女を捕らえている。彼女はのどを鳴らして振り返り、そしてにこっと笑った。
「遅いよ。」
 その屈託がなく、不安も、恐怖も無い声に魔獣は一瞬動きを止めたが、すぐにその恐怖を自分が感じていた。
 かちりとなる音。このあたりでは有名な音だ。退魔用に作られた銃。それを操れるものは一人だ。魔獣は大きく咽喉を鳴らして振り返った。そこに居たのは褐色に焼けた肌の青年だった。髪は陽と汗に焼け灰色を帯びていたが、さらさらと荒野の風になびいている。細く威嚇した緑の目が魔獣を睨み、その鼻先に銃口を向ける。ベレッタM92SBと呼ばれる、それほど大きくも無いはずの銃に魔獣はおびえ、腰をついて逃げようとする。その格好は人間と同じだ。
「わりぃな、今、すんげー機嫌ワリぃんだぁ。」
 彼はそう言って引き金を引いた。カチッと空音がして、少女がくすくすと笑い、彼の腕にすがりつく。魔獣はその空音を聞いて唖然と彼らを見上げた。
「ったく、どこ行ってんだよ。馬鹿。」
「そういわないでよぅ。お兄ちゃん。」
 二人は魔獣などほうっておいてそのまま歩き出した。その方向には小さな村がある。
 二人に馬鹿にされ、コケにされたと気づいた魔獣は怒りに体にある筋肉を隆起させる。そして風のような速さで彼らに飛び掛った。
「無理すんな。」
 荒野に響く銃声。魔獣はモザイクに変わり風に吹かれて消えた。
 彼は左腕と体の隙間から撃ち放った銃を腰に差し込んだ。

 ミーナとジンは小さな村に着いた。ここには食料と、一時の休憩に寄っただけだ。彼らの職業は、村と村を行き交う商人の護衛。前金で必ず送り届ける。
 それはジンの持つ愛銃の所為でもあった。彼らの一族は昔から銃工が得意な山岳地帯の民だった。村に伝わる伝説では、魔銃を打ち払える唯一の銃というものがあって、それを狙って魔獣は必ず村を襲うといわれていた。だが、それもその銃のおかげで村は安泰だった。ただ、あの日、面白がって村の宝物庫から銃を持ち出さなければ、村は今でも平和にそこにあったはずだ。
 村の悪ガキのリーダーだったジンは、数人の子供を引き連れ、宝物である銃を手にし、村はずれの川原で撃つまねをしていた。
 その銃は重たかったが、想像していた、ライフルや、バズーカーといった大物ではなかった。
「これが本当に魔獣を撃ち払えんのかな?」
 そんなことを話していたときだった。山を揺るがすほどの絶叫が村のほうで上がり、子供たちは走った。ジンは銃を握り締め、どくどくと血の流れを感じていた。
 新緑若い木々の陰を縫って走り、村が見渡せる丘まで来てぞっとした。大きな大きな魔獣だ。一匹の魔獣が村を喰らい尽くしていた。家は無い。人も無い。最悪なのは、今まさに噛み千切ったのがジンの母親だったことだけだ。
 ジンはそのときの衝撃や衝動を覚えていない。ただ、そのとき咄嗟に銃を魔獣に向け構えた。弾は装填されていなかった。それは先ほど川原で空に向けて空音を鳴らしたジンがよく知っている。マガジンの中も空だった。だが宝物庫に弾はなかった。役に立たないその宝物を魔獣に向ける。
「ぜってぇ、ゆるさねぇ。」
 ジンが引き金を引くと、青く発光し光の帯を道づれた銃弾が魔獣に突き刺さり、魔獣はモザイクとなり風とともに消え去った。
 仲間だった子供たちはすっかり村の様子に我を失いどこかに走り去ったようだ。遠くのほうで、普段ならありえないような場所、この村の近辺には底なし沼と、高すぎる滝が存在している。そのほうから絶叫が聞こえ、消えていった。
 ジンはひざを突いた。食い千切られた姿の母のそばにはいけなかった。壊れた村に足を入れることもできなかった。村は昼時を迎えようとしてただかすかに昼食の匂いが漂うばかりは、あの不幸な少年たちの声も聞こえなくなってしまった。
「おにい、ちゃん。」
 ジンが顔を上げると、妹のミーナが居た。大事な金髪の人形を抱きしめ、全身に血を浴びている。
「ミー、ナ。」
「お兄ちゃん。」
 ミーナはジンの抱きついた。心細さと、恐怖から開放されていく。ジンは銃を腰に差し込み、立ち上がると、ミーナの手を引いて荒野に出た。最初こそ盗賊のなりそこないだったが、ある日商人を魔獣から助け、それ以来ジンは商人の用心棒となった。

「ジン、少しは安くしろよ。常連だぞ。」
 小太りの商人がそういいながら紙幣をジンに手渡す。
「常連だから高いのさ。初めてのお客にはこれからもよろしくしてもらわなきゃいけないからな。で、今日は、車十台なのか? いやに多いな。」
「ああ、ウィクトンスの国王命令で、黒龍の印のあるものを早急で集めろといってきてな。」
「何で黒龍なんだ?」
 ジンが、すでに荷車のひとつに腰を降ろしているミーナに呆れながら聞くと、商人は首を傾げるだけだった。 「黒龍。忌み嫌われの闇の門番。魔よけか?」
 ジンはそう言って商人が用意した馬にまたがる。馬を飼うと金がかかる。馬は商人たちに用意させる。それも条件の一つだ。
 十台の車が一路大都市国家ウィクトンスへと向かって動き出した。

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