六角堂外聞録 傀儡師
 舶来の行き交う町長崎。異国情緒溢れるこの町で、男は生まれた。名前は幼い頃家を焼かれ、両親を目の前で殺されてから無い。
 ただ、奴隷として生きてきただけで、その時の呼び名はその主それぞれだった。
 例えば、わっぱ(童)。
 例えば、小姓。
 例えば、いい子。これは女の主で、よもやそこまで落ちようとは当の本人も思っていなかったが、女の汚物にまみれていたときだってあったし、男の何でもてあそばれていたこともあった。
 捨てられる理由はただ一つ。人形に飽きた。
 男はただ黙ってそれをこなし、それを受け、それに耐えていた。それは人形の他何もなかった。
 男は唯一喋る手段として、人形を持っていた。それが主を持たないときの生業だったし、それが唯一母親が残してくれたものだった。
「おや、傀儡だね。」
 男が見上げると、十を少し数えたぐらいの少女が立っていた。おかっぱで、妙に色気のある少女だ。
 こういう子の相手もする。また、どこぞの金持ちの娘なんだろう。
 男が目を伏せたのを、黒布の向こうで、その少女ははっきりと見ていた。
「気に入らないねぇ、何だろう、その目。あたしは人形にしか興味はないって言うのに。まるで、人買いにでも遭ったような目をしてさ。まぁ、この長崎じゃぁあたりまえなんだろうが、嫌な目だ。」
 黒子の衣装は、自分を隠すためにしているもので、目立つ気はない。実際にこの大通りの真ん中で傀儡を操っていても、誰も足を止めなかったのに。
「もし、気が向いたならおいで、あたしはあの旅籠に宿を取っている、六角堂の詩乃って言うもんだ。あんたは?」
 だが、男には名乗れる名前など無い。そのわけもいう前に、詩乃ははっきりと言った。
「お前は傀儡師だ。じゃぁね。」
 からんと下駄の音が鳴って、詩乃は目の前の宿に入った。
 あの下駄の音、あの声と、何よりも、自分を見る今までのどんな輩とも違う目。男は引き込まれるように宿に向かい、部屋に入った。
「以外に早く来たねぇ。もう少し考えるかと思った。それとも、今日の食いっぷちもないのかい?」
 男はふところから小銭入れを出し、持参金にしては有り余る金を落として見せた。
「で、なんだい?」
 呼びつけてとも思えるが、男は人形を床に置き、黒子の前布を取り外した。綺麗な顔立ちの頬には、火箸で焼かれたような二本の火傷が走っている。
 口もどこかひねているような感じだ。
「おいらを、雇ってください。こんな、おいらだけども。」
「何が出来るよ。」
 詩乃の言葉はあくまで冷静で、聞く気なんかさ程無いような言い方だった。
「どんなことも、たいていはやって来たから。」
「例えば、」
「例えば……。」
 子供に言っていいものか、と躊躇している間に、詩乃が言った。それは大人の男でも赤面し、それを想像するだけでもえづきそうなありとあらゆる、夜の営みの言葉だった。
 男が口に手をあてがうと、詩乃はまた普通に言い続けた。
「そんなことは必要じゃない。うちの店に必要なのは、情報を持ってくる奴だ。どんな姿にも化けることが出来て、その家に病人が居るか否か、どんな病状なのか、金持ちか、家計が苦しいか。それを探る役目が居るだけだ。お前さんがしてきたようなことは無駄だ、そんなことしかできないんなら、出ていっておくれ。」
「出来る。おいらは、女にも、男にも、子供にもなれる。」
 男はすっと立ち上がり、屏風の影にいくと、暫くして女、子供、全て顔かたちの異なるものに化けて見せた。
「面白いね。解った。いいだろう。江戸に連れて行ってやる。でも、これだけは約束だ、あたし以外の奴にその素顔を見せるな。例え、それが同じ六角堂の面子であろうともだ。黒子以外で居るときは、必ず変装していろ。それがお前に課する決まりだ。あとはお前の好きなように情報を集め、あたしのところに持ってくればいい。結婚だってしても構わないし、どこに住もうが、仕事のない時に何しようがお前さんの勝手だ。」
 男は女の姿で泣いた。床の、畳に額を擦って泣いた。
 詩乃は、相変わらず男を、傀儡師を変わりなく相手をする。それは他の従業員と変わりなくだ。運び屋が詮索をしてきたときも、詩乃の一喝で事は何もなかったように落ち着いた。
「人には、知られたくない過去ってものがあるんだよ。そうだろ、運び屋?」
 六角堂は不思議な店だった。六角堂に住み込んでいる番頭は、店の側の部屋。奥の大きな部屋は詩乃の部屋だが、閑散としていて、女らしさがなかった。
 ゆらりと、今日もいつものようにキセルをふかしている詩乃を、傀儡操りながら見過ぎるのが、傀儡師の日課でもあった。
六角堂
Copyright (C) Cafe CHERIE All Rights Reserved.



--------------------------↓広告↓ --------------------------
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送