六角堂外聞録 運び屋
 世を騒がせた盗人、石火の叉佐せっかのまたざ
 真夜中商家に押し入り、焼け石のように金品をかっさらっては、その家を食らいつくす。火を放つよりたちが悪いと評判の盗人。だが、どの役人もそいつの実態を知らない。そもそも、叉佐には特技があって、どんな場所にもてきする容姿を持ち合わせている。足は短く、手も短く、毛深くて、そのくせ頭の禿は隠しようがない。髭も濃く、不精で、着物の裾から見える汚いふんどしに、誰もが目を背ける。
 その現場近くで奴を見ても、奴の酔っぱらいの様は役人にも有名なほどで、誰も取り合わない。
 叉佐はそれを利用して、自ら家に押し入り、そして自らが仲間の囮となり、その隙に仲間は見事にずらかるのだ。
 叉佐の表向きの職業は物乞いだから、羽振りよく飲もうが、しけて飲もうが、それはその日によっても違うから、誰も、叉佐を疑わなかった。
 ただ一人は。
 六角堂。日本橋近くの通りに店を構える薬屋の女将詩乃。年齢不詳だが、見ようによってはまだ十四とも見えるし、色艶いい二十五、六の女にも見える。この界隈では有名な薬屋の店主だ。
 叉佐はたまたまその店に入った。暑かったのもあったし、店先を借りて涼んでいたのを、詩乃に声を掛けられたのもあったからだ。
 進められた冷たい水をくいっとのどの奥に追いやって、叉佐は詩乃を見た。
 高台に座り、浴衣の紺地に、赤い牡丹のそれを緩く着て、腰ひもだけで括り流し座っている様は何ともいい女だが、近寄りがたいのは変わりなかった。
「暑いね。お前様も大変だ。今度はどの店に押し入る気だい?」
 叉佐はぞくっと背筋に這うものを感じた。役所でも鼻のいい奴はいる。そいつらに何度同じ事場を言われても、これほどぞくっと冷ややかに感じたことはない。
 叉佐は詩乃を見て愛そう笑いを浮かべたが、詩乃は至って平静にキセルをふかした。その細く長いキセルの先がほのかに赤く燃え、すうっと吐き出す白い煙。
「暑さの所為かねぇ、何かおかしな事を言ったかね?」
 詩乃はそういって笑った。その顔はなにも知らない少女だ。
「否、なにも。ところで、何でおいらに声かけた?」
「さぁね、ただ、暑そうに、伊勢屋を見上げていなすったからね。あそこには、昨日当たり南蛮渡来の宝物が運ばれたって言うじゃないか。確か明後日将軍様献上の粗品だ。そんなものが入り込んだ店をあんな目立つところで覗いて居ちゃぁ、好奇心。そう、そんなものが存分にある輩は声掛けたくもなるだろうよ。」
 詩乃の言葉に叉佐は背筋がますます凍る思いをしていた。この女は当てずっぽや何かで言っているんじゃない。確かに叉佐を叉佐だと確信して言っている。
「ほぅ、あそこが噂の伊勢屋かい。」
「おや、ご存じなかったのかい。そりゃ、そりゃ。でも、この話を聞いたからって、どうなるわけでもねぇやな。何せ、あの店にはなにもないんだもの。ご丁寧に、派手やかに運んだ芝居を打っただけで、本物は別なとこに、ひっそりと保管されている。ってんだからね。」
 詩乃の言葉を信じるべきか、疑うべきか。所詮は小娘じゃないか。口からでまかせ、信じる予知はない。そういちがいにも言えない。そんな葛藤が叉佐を襲った。
 どうしたというのだ、何だってあんな小娘の言うことを信じようとするのだ。
 叉佐は強行を取った。つまり、伊勢屋に忍び込んだ。噂で聞く土倉のなかには何も無く、変わりに、役人が待ちかまえていた。
 叉佐は仲間のほとんどを犠牲にして、一人伊勢屋の外に出た。
 出て目に飛び込んできたのは、忍び戸を開けて詩乃が立っている姿だった。
「どうするね?」
 叉佐は盗人だ、大声を上げれば逆に押し付けられる。その勢いで六角堂に入った。しかし、それは思惑崩れた。
 六角堂に入るやいなや、詩乃の物凄い腕力で土間まで連れて行かれ、押し付けられ、いきなり「あたしの言うことを聞くか? それとも、役所に行って、張り付け獄門。いやいや、市中引き回しの上、さらし首かい? 火あぶりも悪かないね。それとも、五右衛門風呂と行くか?」と言った。
 叉佐はとうとう嫌な汗を額に吹き出した。
「お前、何もんだ? ただの薬屋じゃねぇだろ。」
「薬屋の女将だよ。ただ、今は、石火の叉佐を押さえ込んでいる、薬屋の女将、だがね。」
 詩乃はそういって叉佐の首を絞める。
「で、どうするね?」
「わ、解った。」
「そう、それはよかった。運び屋が居なかったんだ。助かったよ。てことで、お前はこれから運び屋だ。他の名はない。運び屋だ。いいね。」
 詩乃がそう言ったと同時に鎧戸が叩かれた。暫く叩かせた後、詩乃は欠伸をしながら戸を開ける。
「叉佐が入ってこなかったか?」
「叉佐? 誰だい?」
「匿うな!」
 どんと詩乃を押して、役人が入ってきたが、そこに居るのは、半べそをかいた酔っぱらいの「宗平」だった。
「何してんだ、お前。」
「こいつ、旦那の知り合い? 全く、酒の飲み過ぎで、肝臓ぼろぼろ。肝炎を引き起こし、上げくにこの暑さで土左衛門にでもなりかかってたんだよ。それでも酒をやめねぇって言うから、まぁ、世のため人のため、ボランティアってとこだね、こいつを改心さそうとしてんだけどもさぁ、」
 詩乃のほら話しに役人はすっかり騙され、辺りは一気に静まった頃、詩乃が一言言い捨てて叉佐を夜の闇に帰した。
「あたしはどちらでも構わないよ。でも、あたしには役人のお友達が居るし、お前よりも遙かに頭脳は上だ。あたしが死ねば必ず暴かれる遺産全てに、お前が叉佐で、お前が殺した。そう書いておくことも出来る。まぁ、ようく考えるんだね。」
 詩乃はそう言うと戸を閉め閂を下ろした。
 叉佐は身の毛もよだつこの数刻で、夏バテの倍の率で痩せてしまった。

 そしてすでに五年。
 叉佐は運び屋として今日も六角堂と薬屋の居る庵を往復しているのであった。
六角堂
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