ギーゼルベルトはギルバート先生の部屋を訪れていた。レディー・アンから指輪を受け取ってすでに二週間が過ぎていた。 ギルバート先生の用事などで、個人的に部屋を訪れたのが今日になってしまったのだ。 ギーゼルベルトは黙ってギルバート先生の机にレディー・アンから受け取ってきた指輪を置いた。 「彼女はまだ十四歳で子供です。こんな高価な物を送るなんて。」 ギルバート先生は黙ってギーゼルベルトを見上げた。その目には、なぜ君が持ってきたのかという意味と、君にそう言われる筋合いは無いという意味が込められていた。 「私が誰に何を贈ろうと勝手だ。」 「しかし、レディー・アンはまだ子供で。」 「君は何を心配している? 私が彼女をどう思っているのかも知らぬくせに。」 「知っていますよ。この指輪で解りました。あの川原ですぐにレディー・アンに駆け寄った瞬間も、どこにいてもあなたはレディー・アンを見ている。彼女を子供や生徒ではなく、一人の女性として。」 ギーゼルベルトはそう言って顔を赤くして黙った。ギルバート先生の意味は外れていないだろう。しかし、なぜそれをギ−ゼルベルトが解りわざわざ直にいいに来たのかの真相を探られる。彼こそレディー・アンをよく見ているではないか。と言われたら、反論できないような口調だったのだ。 「ギル。君は頭がいい。すべてを語らずとも解るはずだ。だが、まだ時期ではない。言えない理由すら言えないのだ。だがこれだけは言える。もし君にどう言われようと、それはレディー・アンが持っているべきものなのだ。」 「解りません。俺には、全然。まったく。」 ギーゼルベルトは部屋を飛び出ていた。 解っているのだ。十分。見当は外れでないはずだ。ギルバート先生はレディー・アンを女性として見ている。そう解ったときから、彼はギーゼルベルトにとって恋敵なのだ。 そう、そしてギーゼルベルトはレディー・アンに対する自分の気持ちを知るのだ。 伝えて応えてくれるほど、彼女は俺に好意を抱いているように思えない。喧嘩したり、口論したりする相手にそう言う気持ちは抱き難かろう。 ギーゼルベルトは指輪を見ながらため息を付いた。 ハロウィンが済むと途端にクリスマスの計画で賑やかになる。授業などから解放される瞬間でもあるから、一際華やかな話題だったりするのだ。 「クリスマスもここ?」 レイチェルが嫌そうにレディー・アンに聞く。 「ええ、ここしか行く場所無いもの。レイチェルはまた家族旅行?」 「今度は家で過ごすの。」 「確かフィアンセも帰ってくるのよね?」 キャリーがレイチェルの身体を軽く押しながら言うと、レイチェルは顔を赤くさせた。 「フィアンセ?」 レディー・アンが驚いてレイチェルを見る 「それは親が決めた事よ。私たちはただの幼なじみだと思っているわ。」 「その割りには血色が良くてよ。」 「もう!」 「フィアンセなんて居るの。素敵ね。」 「あら。キャリーなんか、ここを卒業する来年そうそうに式を挙げるのよね?」 「ええ、そのつもり。」 「まぁ! 初めて知ったわ。お相手は誰?」 「田舎に居るの。あまり格好いい人ではないわ。」 キャリーはそう言って写真を見せた。 レディー・アンは妙に華やいだレイチェルとキャリーを見た。確かに、レディー・アンよりも三つ年上だとは言え、まだ子供だと言える歳だ。その彼女たちがもう結婚の話題を出している。 「レディー・アンは? ギルバート先生から何かをプレゼントされていたようじゃない。」 「え? ええ。でも、あれは間違いだろうと思うから、お返ししたわ。」 「もったいない。何だったの?」 「指輪。」 「指輪ですって! それはもうプロポーズじゃない。」 「まさか、先生と私って、二十は歳が離れているのよ。」 「愛に歳の差なんてないのよ。」 レディー・アンは、レディー・アンとギルバート先生の話題で盛り上がるレイチェルとキャリーを見ていた。 (本当にプロポーズなのかしら? あの名前はじゃぁなに?) レディー・アンは一人で校舎内を歩いていた。意味もなく歩いているが、誰も変だと思わない。それに構っているような時間ではないのだ。休み時間は。 レディー・アンはふとバイオリンの音を聞き聖堂に向かう。そこでギーゼルベルトがバイオリンを弾いていた。 「練習? 熱心ね。」 ギーゼルベルトは振り返ると指輪を机に置いた。 「君のだ、持っていた方がいい。」 「やはり、プロポーズなのかしら? じゃぁ、名前はなんなのかしら?」 「ギルバート先生に聞けばいい。」 「何を怒ってるの?」 「別に。」 「怒ってるわ。何をしたって言うのよ!」 「怒っていない。俺にきかずにギルバートにでも聞けって言ってるんだ。」 ギーゼルベルトがそう叫んで、ギーゼルベルトはバイオリンをケースに入れて出て行った。 一人残されたレディー・アンはむっとしながら、でも残った指輪を見てため息を付いた。 「どういう意味ですか?」 それが聞けたら、このため息は出ないだろう。 レディー・アンはその指輪を引き出し奥深くに終った。 火曜日のあしながおじさまへ 私には今謎が二つあります。 一つはギルバート先生がくれた指輪と。ギーゼルベルトがなぜあれほど怒るのかです。 ギルバート先生に返すには、私から返しにくいだろうからと言ってくれたのはギーゼルベルトです。 なのに、今はそのことすら怒っているようで、指輪を返してもらってから彼は私と話そうともしません。 ギルバート先生はこれをどういう意味で贈ったのでしょう。 レイチェルやキャリーは来年には結婚するという話しです。そう言う意味なのでしょうか? 先生は私にプロポーズをしているのかしら? おじさま? おじさまなら解るかしら? ギーゼルベルトの元に手紙が届いた。主はイツァに住む両親からだった。 ギーゼルベルトは校庭のベンチに座り、雪があちらつき始めた空を見上げていた。 「ギル?」 ノーマがショールを掛け直しながら近付いてきた。 「風邪引くわ。」 「ノーマ。父さんが収容所に入れられたそうだ。」 「なぜ?」 「反戦運動をしたからだと言っていたそうだ。」 「でもお父様は皇帝の側で働いている。、」 「頭が良くて、戦争に不向きだからこそ、反戦運動をしたと言って捕虜となるのだろう。」 ノーマはギーゼルベルトから受け取った手紙を見た。そこにはなんの変哲も無い文面が綴られているが、親子で決めた暗号文が書き記されていた。抜き取られている文面は、励ましを含めている有名なほんの一文だったり、有名な思想家の言葉だが、それの意味するところは、「父反戦家として捕虜となる。」というものだった。 ギーゼルベルトは膝で握り拳を作った。 「イツァに帰りましょ。私たちが側に居なきゃお母さんが。」 「行ってしまえば尚更だよ、ここをどこだと思ってるんだい? イツァの敵国だよ。そこから帰国した、その国で恩恵を受けていたオレ達が帰って、果たして周りは尋常にオレ達を見てくれるか?」 ギーゼルベルトはノーマを見上げた。ノーマの顔は俯いて影を落としていた。 「中に入ろう、風邪を引く。」 ギーゼルベルトのポケットにはもう一通の手紙が入っていたが、ノーマには何も言えなかった。 「うう、さむぅ。」 レディー・アンは寮から校舎への渡り廊下を歩いていた。その前をノーマが荷造りして横切る。 「どこ行くの?」 レディー・アンが声を掛けると、さんざん考え、泣きつくしたようなノーマの顔が振り返った。 「イツァに帰るのよ。」 「帰る?」 「ええ、ここに居ても捕虜となるのは変わらないのなら、イツァに帰るの。ほとんどの生徒がそうしてるわ。ギルだけはここに残るようだけど。」 「一緒にここに居れば、」 「居てどうにかなって? 不安や怖い思いをするなら、イツァに帰った方がいいわ。親の側がいいに決まってるでしょ。」 「じゃぁ、ギルも説得しなきゃ。」 「あなた馬鹿じゃないの? ギルのような有名人がただの捕虜になると思う? 普通の収容所に行けると思う? 彼はきっと、最前列で銃を持たずバイオリンを弾けって命令されるわ。それがどう言うことか解る? これが戦争よ。」 「ノーマ。あたしあなたとお友達になりたかったの。」 「ええ、あたしだって、あなたのような人の側に居たかったわ。でも、今は無理。もっと平和なときに逢いたかったわ。」 「逢えるわ。すぐに戦争は終わる。そうしたら絶対に逢えるわ。そうでしょ?」 「そうなることを願ってるわ。」 「さようなら。」 「さようなら。よいクリスマスをね。」 ノーマとイツァからの留学生のほとんどはクリスマス前に出て行った。 所々に空席のある食堂は淋しく感じられてしょうがなかった。 まだ戦争が始まっていないのだけど、こんな苦痛を味わい、これ以上の苦しみを受けるのなら、戦争などない方がいい。 レディー・アンは空席となった同級生の席を見て回った。 クリスマスを明日に控えてビクトリエンス校も少しは華やかになっていた。 いくら戦争だとは言え、クリスマスは特別である。 飾り付けがすすむ聖堂。教室。廊下。部屋。ありとあらゆる場所がクリスマスに変わる。 そんな時だった。ギーゼルベルトはギルバート先生が保健室から出てきたところを見た。 ギーゼルベルトは保健室にはいる。 「ミス・シューマン。ギルバート先生の、」 「ああ、お薬ね、渡しそびれてしまったの。取りに来てくれたのね。ありがとう。」 保健婦はそう言って薬をギーゼルベルトに手渡した。 ギーゼルベルトはその薬袋を持ってギルバート先生の部屋を訪れた。ノックをするが、返事がない。確かに部屋に居るような音はする。 戸を開けると、ギルバート先生が椅子に寄りかかり、蒼白した顔で息苦しくしている姿が見えた。 「閉めてくれ。」 ギーゼルベルトは戸を閉め近付く。 「薬? 済まない、水。」 ギーゼルベルトは薬を手渡し、水を汲みに行った。水を手渡し、ギルバート先生は粉薬を飲み、暫くして顔に赤みが戻ってきた。 「一体……。」 「肺に穴が開いているらしい。昔、タリアの炭坑で働いているときに作った穴だ。」 「先生?」 「もう長くはないんだ。薬で生き延びている。そんな状態だ。」 「レディー・アンには?」 「言ってない。年が明けたら、私はここの年季が終わる。臨時講習だからね。また逃げるよ。あの子から。」 「先生?」 ギルバート先生はギーゼルベルトの手をしっかり握りしめ首を振った。(それ以上は、何も言わないでくれ)と言っているようだった。ギーゼルベルトはそれを理解して頷いた。 「クリスマスに、あの子に言えたらどれほどいいか知れない。だが、今更名乗ってどうする?」 「けじめは、付けなきゃいけないですよ。偉そうには言えないけど。」 「じゃぁ、あの木の池にでもいこうか?」 「呼び出しておきますよ。」 「済まない。」 「いいえ、俺も、言いたいことがあるから。」 ギルバート先生はギーゼルベルトを見上げたが、ギーゼルベルトは顔を背けてギルバート先生を椅子に座らせて出て行った。 |
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