海のクロッカス

〜30過ぎの女の決断〜


松浦 由香



*1 姉の恋人*
 よりによってこんな日に。
 藤村 奈津子はそういう目で隣の居間で正座している四人を見た。奈津子に背中を向けて座っているのは両親。その前に、奈津子の姉の芙由子と、その彼氏が座っていた。
 両親は、大人しくて人見知りの激しい姉に、いつの間にか彼氏が居て、それが結婚を前提としたお付き合いをさせてくださいと挨拶に来たのだから、驚かないわけが無い。
 それに加えて、その彼氏、杉谷 陽介が奈津子の会社の直属の上司だと解かってますます言葉がない。
 言葉が出ないのは奈津子の方かもしれない。親は何とか言葉を搾り出す努力をしているのだから。
 時に、今日はヴァレンタインだ。それこそ朝からチョコレートケーキなんぞ作ろうと起きてきた台所で、「今日はお客様が来るから、それはあとにして」と芙由子に言われ、無粋に座り込んでいたところだったのだ。
 ―あ、あたしがチョコをあげたい人―が目の前にいて、スーツを着て、まじめな顔をしている。
 いや、杉谷はずっとまじめな人なのだ。面白くないほどマジメだが、喋りは営業出身と言うこともあって物知りだし、よく動く。顔がそれほどいい訳ではないので、人気があるわけではなかったが、義理チョコを上げる側の意見では、悪い気のしない義理相手だという人。
 奈津子にとっては、入社以来ずっと姿を追いかけてきていた人。声を掛けられないわけではなかったが、用意に声を掛けて、あのマジメが「はしたない」と思う気がして、声を掛けなかったのだ。もう二年ほど―。
 このヴァレンタインを機に少しでも近づこうと。彼女の気配など微塵も無かったのだから、チャンスだと思っていたのに……。
 彼女が居て、それが姉など神様はかなり酷な事をする。などと思いながら、奈津子は台所の椅子に座ったまま身動きできずに居た。
 夕飯を食べて帰る様に言っているが、杉谷は営業特有の笑顔と柔らかい物腰で帰って行った。
「上司の方なのね。知らなかったの?」
 母親が片づけをしながら奈津子に聞いた。
 奈津子は頷き、台所に入ってきた芙由子を見上げた。
「なっちゃんの会社の人だとは言ってたのよ。でも、姉妹だと思わなかったって、藤村って割と居ない名前なのに」
「まぁ、天然炸裂の真面目人間だから」
 奈津子はそう言って芙由子を見た。そんなこと言わなくても芙由子の方が知ってるか……。と思うと、胸がちくりと痛む。
 夕飯はどこかぎこちなく進んだ。と思うのは被害妄想かもしれない。食事が不味くて咽喉を通らない。でも此処で思いを寄せていたのだとか、失恋したなんて事がばれるほうがもっと惨めで恥ずかしかった。
 黙ってテレビを見ながら、大して上手く感じない食事を放り込み、部屋に上がった。
「なっちゃん……」
 芙由子がそっと戸を開けた。
 ベットに打つむせに寝転がり、本を広げて読んでいた振りをする。今から感傷に浸ろうとしていたのに。
「何?」
「もしかしてよ。もしかして、なっちゃん、陽介……杉谷さんの事好きだった?」
「……何で?」
「だって、あんまり喋んないから。もしそうだとしたら、」
「そうよ。って言ったらどうするの?」
「……、」
 意地悪を言って困らせる気は無いが、あまりに図星を突かれるとどうしても言ってしまう。攻撃されるのは大っ嫌いだ。
「杉谷さんもなっちゃんのことが好きならば、」
「あのねぇ、……。辞めてよ。なぁんであたしがまたお下がりされなきゃいけないの? それに上司をお兄さんと呼ばなきゃいけないとか、彼氏連れてくるにもまったくの見ず知らずならともかく、毎日顔を突き合わせている上司じゃぁ、驚くに決まってるでしょ? どうせ会社にはまだ内緒なんだろうし、そんな気重な明日を抱えている身に、ごく普通のことをしろと言うのは酷よ。それに確かに優しいけど、あたしの好みじゃないわ」
 胸に雨が土砂降りで降っている。ぬかるんだ地面にすっころんで、奈津子は泥だらけになって傷心を味わっている。気分だ。
 奈津子は言い終わって芙由子の方を見て微笑む。
「まぁ、気が重いけどめでたいのだし、それにそういう重要な秘密を持っていると言うのは、やはりかなり嬉しい物だしね。で? 式とかはいつ?」
「そんな、まだ挨拶だけよ。そのあともう少し付き合って、」
「プロポーズされて、仲人立てて結納して? 何て古風なんでしょ。ふゆちゃんには似合いね。とはいえ、いいなぁ。そういうの。誰か居ないかなぁ?」
「すぐに見つかるわよ。なっちゃん美人だもの」
 美人はね、幸せ者の側では輝かないのよ。それが自分の好きな人を取った姉だったりするとなおさらよ。そういうことも知らないで、最初に好き合った人と結ばれるのね、最高に好いラブ・ストーリーじゃないの。でもそういうのって、お客は呼べない物よ。
 奈津子は何度目かのため息をつく。
 奈津子のデスク横の桃子―同期で、奈津子の親友―が眉を顰めて奈津子の方を見た。
「何?」
 その視線に気付き奈津子が聞く。
「何って言うのはこちらのせりふよ。何よため息ばかり」
 昼休みの近所のイタリアンハウスは大いに繁盛している。此処のカルボナーラが好きで、奈津子の定番だ。
「まぁ」
 桃子はそう言ったきりグラタンを頬張っている。
「驚いたよ。かなり」
 くるくるとスパゲッティーを巻くが、食べる気も無い。
「家、出ちゃえば?」
「はい?」
「杉谷さんを奪う気なわけ? ……、今は、出来るなら奪ってみようかとか。でもお姉さんを悲しませるのいやだとか、いいそうなことを考えてる?」
「何よ、それ」
「奪う気が無けりゃ、傷口に塩を擦りこむ様なもんじゃない。しかも自ら。そういう毛色があるのなら止めないけど、無いのなら、家を出たら? もういい年だし、そろそろ一人暮らしと言うものを体験したほうがいいわよ」
 桃子の言う通りかもしれない。―でも、もうちょっと彼を見ていたい―姉の恋人でなく、会社の上司である杉谷を。と思うことは邪な事なのだろう。
 奈津子はため息をつき、斜向かいにデスクがある杉谷のほうを見た。
 ―あ、白髪……―天辺に一本だけ白髪が見える。まぁ、男も三十五を超えればそれくらい見えて当たり前だろう。姉とはいい年の差じゃないか。自分だって大丈夫だと信じる。でも、あの横に姉が笑うようになる。
 帰りの電車の中、奈津子は大きくため息をついた。
 姉に嫉妬する気が起こらないのに、杉谷を諦めきれないで居る自分。このまま二人が順調に交際して行き、万に一つ自分に望が出てきたら、姉は一生自分を許さないだろう。それ以上に自分がそれを起こすかどうかも不明だ。
 天秤に乗った姉と杉谷。今はちょうどバランスよく平行のままだ―。
 三月期は年度末の申告やら、新入社員やらで会社は例月無くごった返す。忙しさの中杉谷への思いや、姉への思いを薄っすらと忘れることが出来ていたが、やはり顔を見れば思い出す。声を聞けば欲が出る。それにしがみ付くのは見っとも無いと解かっているが、
「少女じゃないのよ。もういいかげん大人じゃない」
 奈津子は呟く。
 給湯室のやかんが鳴る。
「一緒にいい?」
 入り口に杉谷が顔を出している。空になったコーヒーカップ。
「藤村さんが入れたのが一番旨いから」
 そう言ったのはもう三年前。それからの片思い。いい年してアプローチの一つも出来ずに姉に取られた恋。
 奈津子は微笑み手を差し出す。
「あ、……、その……。週末、家のほうに遊びにいってもいいかな?」
 見上げる奈津子に杉谷の顔は赤い。事情を知らない人が聞けば、二人はそういう間柄だと誤解されて必至だろう。
「食事、夕飯食べて帰られます? そのほうが姉も、父も喜びますから」
「お父さん……、いや、藤村さんも?」
「男の子が欲しかった人ですから。じゃぁ、そういう風に伝えておきますね。多分、すき焼きか何かだとは思うけど」
 そう笑って首をすくめた。
 杉谷に気持ちを悟られてはいけない。こんなマジメな男に思いが知れたらこの男はどうするか知れない。マジメがゆえに突拍子も無いことを言い出して傷を広げられるのも嫌だ―それでも僕は芙由子さんのほうが好きなんだ―とか……。
 ―マジメに、家出ようかな―
 奈津子が家を出ないのは、この辺りの人口密集度からいって空き部屋があるとは思えなかったことと、何よりも金がかかるからだった。
 姉が家を出ないのはなぜだか知らないが、それでも三十路の娘が家に居るというのは近所的にあまりいいことではないのかもしれない。―まだ嫁に行きそうも無いのよ、あそこのこ―放っとけ……。
「よし、今度の連休にちょいと気分転換するか」
 家を出るとか、杉谷への思いとか、姉への罪悪感を忘れ、とにかく小旅行へ出かけよう。
 奈津子はよく一人で旅行する。かなり無謀な旅もする。一人でぶらりぶらりと出歩いて、酷く怒られた。ちょっと出てくると財布だけで九州まで行ってたときには、かなり怒られた。
 今回もそのくらいすれば案外忘れるんじゃないかしら。杉谷のことも姉へのことも、そして何よりも息が詰まるような書類の山も。
 
*2 美津和村と言う村*
 ちょっと小旅行。と言って朝早くから電車に乗り、南下した。まだ少し寒いから南を選んだだけで、来た電車も南行きだったからだけで、選んだわけではない。そう、選んだわけではないのだ―。
「な、何?」
 山添をことこと―古い言い回しだが、電車の旅はことことが一番似合っていて平和だ―走っていたと思った途端、視界が開け、眼下に広がる、この時期見た海では一番綺麗な青い風景。
「降りちゃったよ。どこよ、此処……」
 美津和村波磨の駅と書かれた寂しい看板前で降りたのは、奈津子だけだった。
 ひょーっと風が駅を撫で過ぎる。
「なんちゅう寂しい場所」
「じゃぁ、帰れ」
 勢いよく振り返ったおかげで、駅から転げそうになったのを、とっさに誰かの胸に引き寄せられた。
 むせ返るような汗のにおいに顔を顰め、とりあえず頭を下げる。
「どうも」
「声を掛けたのはこっちだ、すまん」
 顔を上げれば、日に焼けた一見すればいい男じゃないかしら。と思うが、その両手も、服も土で汚れていた。
 奈津子は自分の服を見れば、お気に入りの薄いピンクのカーディガンに土がついている。助けてもらっていうのもなんだが、
「汚れたぁ」
 男は奈津子の服を見て何も言わずに向こうへ行く。
「ちょ、ちょっと謝ってよ」
「さっき言った」
「あ?」
 奈津子が顔を顰める。
 男は黙って駅の端の方へ行き、暫く佇んだあと戻って来た。
「今度ので帰るんだな」
「解かってるわよ。ったく、高かったんだから」
「ま、あと半日後だけど」
 男はくすくすと笑って駅から消えた。
「は、半日後?」
 振り返って時刻表を探す。
 一日に上下線二本。急行も、特急も停まらない。鈍行はこの辺りを利用する人数に比例している。
「う、そ……」
 寂しい木造の駅の中。ぼろぼろの木造ベンチに、いつ掃除したのか不明なトイレ付近。
 奈津子は駅を出て見える海を恨めしく見た。
 あの海に騙されて下りてきたのに。
「おや、珍しい」
 声に振り返れば、作業着の初老がほうきを持って立っていた。
「降りちゃったのかい、この駅に」
「ええ、あの海に惹かれて」
 初老は海を見て、頷いたが、奈津子の姿を見て怪訝そうな顔を向けた。
「声かけて来たんです。いかつい、体格も態度もでかい男が。驚いてよろけたのを助けてもらったんですけど、そいつの服に泥。謝れって言ったのに無視して消えて……。」
「ああ、桂樹のことかな?」
 奈津子は首を傾げる。
「それよりもその服をどうにかせんとね。花枝さんとこに行って着替えさせてもらろう」
 初老は高森と言って、昔はこの駅の駅長だったと言う。駅長の定年のときにこの駅も無人駅に変わったが、彼が日に二本の電車の停車時にはやって来たり、掃除をしているという。だが、無人駅は無人駅なので、あそこで休める場所はないのだと言う。
 高森は、この辺りは漁場で夏でも閑散としているのだとも付け加えた。
 駅から五分ほど道路ぶちを歩いた。道路は沿線の交通手段として大いに車が多かったが、人が通る気配は無かった。
 五分ほどの場所にあったのが「クロッカス」と言う喫茶店だった。寂しい場所にある。駐車スペースがとにかく広いのは、遠距離ドライバーのためらしい。二階建ての店の横に新しい平屋が隣接していた。
 カラン。
 とベルが鳴って「いらっしゃい」という弾んだ声がした。
「あら、高森さん、そちらは?」
「桂樹が嚇かしてこのとおり、ちょいと着替え場所を貸してあげられるかな?」
「あら、ほんと? まぁ高い洋服なのに。桂樹ったらそう言うところが気がきかないのよね、どうぞ、二階に上がって、着替え、ある?」
「え? ええ、一応」
「どうぞ」
 店の女将は高森と同じか、少し上のいい感じの伯母さんだった。髪をきっちりと結っていて、綺麗な薄化粧をし、まるで往年の女優のような美しさがあった。
 奈津子は女将、花枝のあとについて二階に上がった。
「年でしょ、なかなか上がってこないのよ。隣に家を建てたから特にね。窓を開け放してても、覗かれることないけど、カーテン閉めとくわね。ふらりと立ち寄ったみたいだし、次の電車まではかなり時間あるから、ここでゆっくりしていくといいわ」
「あの、」
「何?」
「ご親切に、」
「不思議? 街じゃぁ、見かけないくらいのお節介なのね」
 花枝はふふふと笑って降りていった。
 奈津子はカーディガンを脱いで、なぜ二階に通されたのか気付く。カーディガンだけじゃない。来ている服全てに泥がついていて、すでに乾いている。
「しんじらんない」
 奈津子はため息をついて鞄から服を取り出した。
 服を脱ぎ、ブラジャーだけになった頃―下はスカートを履いている―、風がカーテンをはらんだ。
 奈津子はぎょっとした。
 平屋の向こう側にある坂道を先ほどの「桂樹」が登っていて、多分、この昼間にカーテンを閉めていること、窓が開いていることで不信がったのであろう、見ていたのだ。
 さっと部屋の隅に身を隠し、服を手繰って慌てて着替える。
 適当に鞄に詰め込むと、階段を駆け下りた。
「あ、ありがとうございました」
 奈津子は慌てて靴を履き、カウンターからいそいそと出て行く。
「ありがとうって、どうする気?」
 花枝は手を伸ばし、それでどうにかなるわけではないのだが人はそうするようだ。
「バスでも、タクシーでも」
「無いわよ、此処は」
「でも、」
「無いのよ」
 花枝は奈津子の慌てぶりを沈めるような冷静で静かな口調で言ってコーヒーをカウンターに置いた。
「どうぞ」
 奈津子はすとんと椅子に座り、
「あいつがいたの、そこの坂を上ってて、裸じゃないけど、でも、見られて、嗚呼、もう厄日だわ」
 奈津子はそう言って頭を垂れる。
「あ、お世話になったことは決してそうは思わないんですけどね、あいつが……」
 奈津子の手を花枝が軽く叩く。
「気にしないで。とはいかないか。まぁコーヒー飲んで落ち着きましょ。それで、こんな辺鄙に一人旅?」
「いや、別にここにと言うわけじゃ。ただ、南下する電車に乗って、海があまりにも綺麗で、そしたら降りてて、」
「帰りのことを考えなかったのね?」
「まぁ」
 花枝は自分で入れたコーヒーを満足げに飲み込んでいく。
 奈津子もコーヒーに口をつける。馨しい匂いと、香ばしい味が絶妙に感じる。
「あの、此処って、バスもタクシーも無いんですか?」
「ないことは無いのだけど、それも村の中心地に行かなきゃ無いのよ。昔はこの辺りが中心地だったけど、目の前のその国道の所為で一軒一軒と家が減って、村の中心地はもう少し東にあるのよ」
「引っ越さないんですか?」
「あなたも言ったでしょ、この海の景色は、この場所が一番なのよ」
 奈津子はカウンターの椅子後と振り返り海を見た。
 初春の海とは思えないほどの濃くて澄んだ青色をしている。
「サーフィンとかするの?」
「いいえ、なぜです?」
「海がすきそうだから」
「サーフィンも、水泳も好きじゃないです。でも海は好き。こういう庇の中から真っ青な海を見るのが、時間を忘れちゃいますよね」
 奈津子と花枝は並んで海を見た。
「多分、いいえ、絶対に桂樹は謝らないから、代わりに謝っておくわね。あの子、素直じゃないから」
「花枝さんが謝ること無いですよ。悪いのはあいつなんだし、」
「おや? 見かけない顔」
 常連の中年が三人入って来た。
「なっちゃん。彼らは上中下」
「はぁ?」
「上岡さん、中村さん、下辺さん。で、上中下」
 花枝は笑いながらコーヒーと紅茶にブランデーを垂らした物、そしてミックスジュースを何も言わずに置いた。
「街の子?」
「まぁ―子って言う年じゃないですけど―」
「それで、何しに?」
「ごめんなさいね、こういう田舎だと、一人旅の女の子には花が咲くのよ」
 奈津子が苦笑いを浮かべる。
「多分、傷心旅行だね」
 ―鋭い―奈津子の笑顔が止まる。
「こんな美人を振る男が居るのかい? 世も末だねぇ」
 ―ははは、美人だってよ―
 奈津子は首をすくめると、カラン。と音を立てて扉が開き、桂樹が入って来た。
「あ」
 奈津子を一見して、桂樹は窓際の席に座った。
 奈津子が何か言いたそうな、でも何も出てこないような顔など気にもせず、桂樹は花枝が用意して出したランチを頬張り始めた。
 別に悪い顔をしているわけじゃない。だが何故か無駄に腹が立つ。
「で、なっちゃんは何時までいるの?」
 下さんの言葉に奈津子は上中下のほうを見た。
「何時って……」
 奈津子が時計を見上げるのと、桂樹が口を挟むのとは同時だった。
「すぐに出て行くさ」
 奈津子が桂樹を振り返る。
「おや、顔見知り?」
 中さんが聞くが奈津子は桂樹を睨むだけで返事をしない。
 上中下が花枝のほうを見る。花枝は微笑み首をすくめるだけ。
「さっさと帰れ、」
 桂樹はお金を置いて出て行く。
「あんたに指図なんかされたくないわよ」
 扉が、カランと音を立てて閉まるのと、同時だった。
「ムカツクー」
 奈津子はむっとしてカウンターに向かい、コーヒーを飲む。
「なんなのよ、あいつは!」
 カーッとなって怒鳴ったが、花枝の顔を見て黙る。
「なんです?」
「楽しそうだから」
「楽しくないです」
「そう? でも、桂樹は楽しそうだった。ねぇ?」
 上中下が同時に頷く。
「なんです、それ」
「さぁ?」
 同時に言われ奈津子は顔を顰める。
 奈津子は時計を見上げる。
「まだ、時間は十分あるわよ」
「海にでも行ったら?」
 奈津子はそう言われて店を出て、国道を横切る。
「まぶしい」
 まだ三月だよなぁ。と思いながら、その眩しさにしばし身動きがとれずにいる。
 ふっと翳り目を開ければ、いかにも汗や埃まみれの汚れた帽子が目の前にあった。横を見れば桂樹が野菜の入ったかごを片手に前屈していた。
「ほら、日除けにはなる」
 汚い。と思ったが、それを黙って受け取ると、桂樹はかごを持ち上げ、国道を渡ってクロッカスに行った。
 被るのは抵抗があったが、翳す事にして浜辺に下りた。
 荒波が打ち寄せるのは大きな石ばかりの歩きにくい浜だったが、そんなことどうでもよかった。
 適当な場所に座り、翳した帽子の中海を見つめる。
 波の音を聞き、風に髪を揺らされ、そして海を見つめる。まぶしい海に目がしみる。涙はその所為だ。と言い聞かせる。
 杉谷のことが本当に好きだった。でもそれ以上に芙由子が好きだから身を引く。そんな聞き分けのいい妹が悲劇のヒロイン的で素敵だと思ったが、だめだ。やっぱり好きに耐えられない。
「ほら」
 涙目で横目で見れば、オレンジジュースがあった。持っているのは桂樹で、少し外れの後ろに座った。
「ありがとう」
 桂樹は何も言わずにコーヒーを飲む。
「眩しいね、海」
「ごみが多くなって年々汚れてるけどな」
「これで?」
「昔はもっと綺麗だったし、ごみなんか無かった」
 桂樹は側に打ち揚げられたビニール袋を睨んだ。
「もしなんなら街まで送るぞ」
「何でそんなに追い出したいわけ?」
「街の奴は過ぎにここを出て行くじゃないか。いい場所だからって居座ったためしがない。居てもその理由が、電車が来ないとか、誰も迎えに来ないとか、此処を気に入っていたためしがない」
「あたしは、好きだけどな、此処―」
「……、そういう奴ほど出て行くのさ」
「あたしに根性がないと?」
「根性とかで居てもらわなくて結構だ」
 奈津子はむっとしたが、ふわっと風が帽子を煽って影が無くなり黙った。
「一人暮らしできる場所を探してるのよ。街に近くて、手ごろな場所」
「夜逃げか?」
「おいおい」
 桂樹は空いた缶を石の間に挟み、タバコを取り出した。
「タバコ嫌い」
 桂樹が奈津子の方を見る。
「お父さんが昔吸ってたのよ。あたしを膝に乗せて、ちょっと動いた瞬間足に落ちて火傷して、それ以来大っ嫌い」
 桂樹は加えたが、箱に戻した。
「で、何でこんな場所まで?」
「近場を探してたんだけど、無かったのよ。手ごろ価格って言うのが、通勤がしやすくって、手ごろな値段のマンションが。此処まで来ると仕事辞めなきゃいけないのよね。遠すぎるわ」
 奈津子は缶を空にしてため息をついた。
「男から逃げてんのか?」
「ずけずけと個人的なこと聞くわね」
「ま、こんな場所まで一人旅すりゃ誰だってそう思うさ」
 奈津子はむっとして顔を背けた。
「けーい」
 堤防から大声が聞こえ、奈津子と桂樹が振り返ると、大手を振っている奴と、三人ばかり影が走ってこちらに向かってくる。
「あんたか?」
 手を振っていた男が奈津子を見つける。
 怪訝そうな顔をする奈津子に、
「商店街の方までお前の話が広がってんだろ」
「クロッカスで住み込みすることになった、けいの彼女って」
「はぁ?」
 奈津子と桂樹が同時に発する。
「何でそんな話になって……」
 そこまで合わなくてもいいだろう。二人は黙ってお互いを睨んだ。
「誰がそんな話を?」
 桂樹が彼らのほうを見る。
 彼らは奈津子のことを舐める様に、といえばいやらしいがでも近い目でじろじろと見ている。
「おい、純太」
 桂樹の言葉に純太は、ああ。と返事をし、奈津子を眺めながら答える。
「上さんたちが話してた。でも、その様子じゃぁ嘘で、君は一人で此処に着たんだろ?」 身の危険を感じるような言葉に、奈津子はあからさまに嫌な顔をする。
「ああ、変な意味に取らないでよ。この村には若い娘が少ないのさ」
 純太は後ろの連中に相槌を求めた。彼らは力いっぱい頭を振る。
 つまり女に餓えてるって言うことでしょうが。奈津子が警戒を解かないのを見て桂樹を純太が見る。
「こいつに居座ってもらおうったって無理だぞ、こいつはすぐに出て行くさ」
 むっとしたが彼らの前で反論するのは身の危険を犯すと奈津子は黙った。 
「そうなんだ……。女たちは皆ここを離れる」
「あなたたちは?」
「家業を継いだから」
 純太は海を指差した。
「漁師?」
「ああ、女はみんな漁港を嫌う。魚臭いって。残ってないわけじゃない。でも絶対数が少ない。どうもさ、いい年になると、家のこととか、いろいろで、女を見ると、いや、だからね……」
 奈津子は失笑し、口ごもる純太を見た。
「大丈夫よ、そりゃ、子供をよく生みそうだ。って目で見られてたから警戒はしてたけど、怪しい人ではないだろうし、そうよね、見た感じいい年だものね。結婚してても」
 奈津子が少し曇った声で言うと桂樹は丘の方へと歩き出した。
「あいつ無愛想でしょ? 男には好かれるんだけどね、あ、俺は純太。こいつはサキ。本崎って言う苗字だから。こいつは誠。こいつはたっちん」
「奈津子よ。でも、さっきの話は嘘ね」
 純太が首を傾げる。
「あいつの女ではないし、ここに住み込みで働くことも、いい場所だけど、住み込みで働く場所はないわ。それに、いやだけど、あいつが言うように、あたしがここでやっていけるかどうか。いい場所なんだけどね」
 純太は満面の笑みで奈津子を見た。
「何? 住むって言ってないわよ」
「解かってる。嬉しいのさ、ここがいい場所だって、まぁ、街の女は必ず言ってはくれるけど、明日には電車に乗っていなくなるからね、奈津子さんの様に親身になって言ってくれないから」
「奈津子さん、か。多分、年は変わらないか、同じくらいだと思うけど」
 ふふふ。奈津子はそう笑って空を仰ぐ。
 ―あ、帽子、返し忘れた―
 手に持ったまま翳していた帽子。帽子の内側の布が黒ずみ、ゴムなんか伸びきっている。
 ―彼女か、母親にでもつけないしてもらえばいいのに。ずぼらな奴―
「クロッカスに行く?」
 奈津子は笑顔で頷いた。純太は年を言い、奈津子は笑うだけだったが、彼らより三つ下だった。純太は桂樹も同じだと言った。
 クロッカスに戻ると、アイスコーヒーが出された。
「すごく青くって、眩しくって」
 奈津子はそう言ってコーヒーを飲む。
「帰りの電車があと一時間だけど、どうする?」
「とは?」
 花枝に聞かれ首を傾げる。
「一泊しない?」
「どうしてそうやって引き止めたがるんです?」
「純太が居たんなら言ったかもしれないけど、」
「花嫁募集って話しですか?」
「まぁ」
「でも、あたし一人が居たって、相手できるのは一人ですよ、一妻多夫制度でもなけりゃ、ハーレムの女王にはなれませんて」
 奈津子の言葉に花枝はくすくす笑ったが、奈津子がカウンターに置いた桂樹の帽子をちらりと見た。
「いやですよ、絶対」
 奈津子はその視線に小さく言う。
「あら」
 花枝は舌を出した。
「でも、もう少し海が見たいなぁって。でも、タクシーもバスもなきゃ、ホテルとか、旅館も無いんでしょ?」
「うちの二階が空いてるわ」
「花枝さんの家でしょ?」
「二階に上がるのが嫌だって言ったでしょ? もっぱら向こうよ。ね? 今日は泊まったら?」
「そこまで甘えても、逃げちゃう物は逃げますよ」
「いいのよ、それでも」
 花枝はまた帽子を見た。
 桂樹のために残れと言われている気がする。なぜそこまで桂樹に固執するのか解からないが、でも、この海沿いの夜風に吹かれて一晩寝てもいいだろう。
「じゃぁ、一泊」
 奈津子の言葉に息を潜めていた純太たちが立ち上がり手を叩いた。
 純太達に花枝の視線の意味や、心情は解かっていないはずだ。彼らはどうすれば奈津子が居続けてくれるかの相談を始めたのだから。誰かを好きになれば居続ける。と言う安直も且つ短絡的な思考に真っ先に到着したらしく、各々が思う何かを探しにすっ飛んでいった。
「青春ね」
 花枝の言葉に奈津子は苦笑いを浮かべる。
「物珍しさでもてるのもこの数時間かも」
 奈津子はそう言ってコーヒーを口に含んだ。
 
 クロッカスは六時に閉店する。早いような気もするが、客は常連ばかりだからと言う花枝の言葉に閉店作業を手伝う。
 カウンターを拭き、テーブルを拭き、椅子を拭き、床を拭く。ガラスのコップを磨いて終わったのは八時前、花枝は、じゃぁねと言って出て行った。
 鍵を閉め、二階に上がる。
 テレビを見ようにもここまで来るとどのチャンネルが映るか知れない。もともとテレビはあまり好きじゃない。
「お風呂、入ろうっと」
 奈津子は着替えを抱え階段を下りる。
 風呂場は店へ下りる扉の横を左に折れた場所で、花枝の居る平屋の横にある―その奥にトイレがあったり、四畳ほどの畳の間、休憩室といえるだろうか、の部屋がある。
 風呂場は使っていないわりには綺麗だった。シャンプーもあったし、ボディーソープもあった。
 ふと、―あいつが使ってる?―と思ったが、今晩現れないところを見ればそういうことはなさそうだ。
 ごく普通の入浴時間で上がり、二階に上がる。
 窓を開け、夜風を受ける。
 やはりまだ春浅すぎて寒いが、風呂上りには気持ちよかった。
「波の音がする」
 心地いい音が耳を休め、時々通る車が妙にはらたつが、それでも五分ほど進んだ後、窓を閉め、濡れた髪を乾かし終える頃には眠気が襲ってきていた。子供の寝る時間だ。と思ったが疲れているのか、スーッと眠気に流されてしまった。
 
*3 コーヒーを出すタイミング*
 翌朝。と言うか、
「まだ、真夜中ですけど」
 奈津子は騒々しさに起きて来た。
 時計はまだ五時半を指している。
「この辺りは漁師町でしょ、五時ごろに最初に水揚げする船が帰ってきて、それからどんどんやってくる。ここに居るのは、その漁師さん。あと少ししたらその奥さん連中が来るのよ。だから、この店は朝が早いのよ」
 花枝はそう言って昨日の夜仕込んでいたドミグラスソースのいい匂いのするハヤシライスを次々に装った。
 奈津子は欠伸を堪えながら来る人来る人にそれを出す。
 漁師は食べるのが早い、五分とせずに奈津子を一通り褒めたあと、食べ終わりお代を置いて出て行く。それと入れ違いに沢山のおばちゃんたちがやって来た。
 みんな黙ってハヤシライスを頂く。べつの注文をとっていない。
「見かけない顔ね」
 漁師たちの人懐っこいのは、男で、奈津子が女だからのようだ。婦人たちは同じように厳しい目で奈津子の容姿を見る。
 漁師の妻。と言う格好から比べると、体の線の出る服に、ジーンズではそれだけで十分刺激的にでも思えるようだ。
「一人ぶらり旅の途中でここに立ち寄って、気に入ったって言うから、宿を貸してあげた、なっちゃん」
「な、なっちゃん?」
「あら、奈津子さんでしょ?」
「そうですけど、」
 ―なっちゃんなんて呼ぶと、帰り辛くなるじゃない―
 だが花枝がいくら無害だといっても、この村に若い娘が入ってくるのに抵抗があるようだ。
「なっちゃん」
 ―おい―
 純太が声高らかに、そして勢いよく入って来た。
「おはよ」
「これ、俺が釣ったさば。嫌いじゃなきゃ食べて」
「ありがとう」
 そのあとに、昨日浜であった連中が魚を手に手にやって来た。
「あはは、もてるね、あたし」
 奈津子は首をすくめ花枝と顔を見合わせた。
 花枝がハヤシライスではなく、定食用の盆に大根の煮物、おひたし、味噌汁。ご飯を装った時、桂樹が入って来た。
「何であいつだけ?」
 桂樹の前に盆を置いて帰ってきた花枝に小声で聞く。
「ずっとそうしているからよ。朝、昼、夜とね」
 花枝はそう言ってがっつくように食べる桂樹を微笑ましく見ていた。奈津子はその母性のような笑みに首を傾げる。
 店がひと段落着いたのは八時過ぎだった。誰も居無くなると、花枝は鼻歌を歌いながら店先の花壇に水をやったり、あれこれと動いていた。
「あたしも、何か見つけようっと」
 奈津子は側の雑巾を手に、窓に向かい、窓を拭く。
「あなたもじっとしていられない性分?」
「て言うか、じっとしてたら寝ちゃいます」
 花枝は笑い、CDを取り出した。
「あたし、本当はレコードのほうが好きなんだけど、もう無いから、」
 そう言って店にはジャズが心地よく流れて来た。
「いいですね、あたし好きです」
 花枝は微笑みガラスを手に取った。
 店が再び活気付くのはやはり昼近くだった。
 今度は朝の様にハヤシライスだけではなかった。長距離のトラックが駐車場に入ってきたり、朝とは違うそれでも常連が顔を揃えた。
「新しい子?」
「ただの手伝い。知り合いの子でね、ちょっと遊びに着ただけで、すぐに帰っちゃうの、手なんか出したら承知しないからね」
 花枝はそう言って奈津子を庇い、笑い、賑やかに昼は過ぎる。
 一時過ぎ、客がまばらになった頃またしても花枝が何も言わずに、朝と同じ盆の味噌汁、ご飯を載せ、野菜炒めと魚の煮つけを乗せた頃桂樹が入って来た。
 桂樹はまだ居る奈津子をちらりと見て席に座った。
「どうぞ」
 花枝は上中下と話をしているので、奈津子が桂樹に持っていく。
 桂樹は何も言わずに箸を割り、黙々と食べ始めた。
「頂きますとか、ありがとうとか無いの?」
 奈津子がむっとして聞いたが、桂樹は一瞬止まっただけで音を立てて味噌汁を飲むだけだった。
 その桂樹も帰り、店が再び静かになった。
「何であいつにだけ特別な物を作るんです?」
 奈津子の言葉に花枝は駅のほうを見た。駅を挟むようにしてクロッカスと同じくらいのところに桂樹の家があるという。
「あの子、一人身だから」
「一人身……、でも、自炊したり、彼女が、」
「どれが出来ればここには来ないわよ。でも、安心よ。ここに必ず姿を見せるのは、元気な証拠だもの。まぁ、いずれ彼女が出来ればここに来なくなると思うけど」
 花枝はそれは寂しいことなの。と笑ってコーヒーカップを棚に片付けた。
「今日も停まるのね、嬉しいわ」
 奈津子が時計を見れば電車が出た後だった。
「四時って、中途半端に忘れがちですよ。でも明日は帰らなきゃ、明後日仕事だし……、鬱だな、仕事」
 奈津子はそう言ってジュースの空瓶をケースに入れ外に出す。
 風はまだ冷たくて、それでも少し桂樹のことで頬が赤くなっていたのを覚ますには心地よかった。
「あ」
 声が上からして見上げれば、昨日桂樹が立っていた坂に朝婦人会の面々と一緒にやって来て、人一倍様子を伺っていた人が立っていた。
 この辺りでは珍しい。本当に若い女性を見ない村では貴重な女性。年は同じぐらいで、髪を一つで結び、野暮ったさのある服を着ていた。
「こんにちは」
 奈津子が言うと彼女は頭を下げるだけで坂を下りて来た。
「ねぇ、この上って何があるの?」
 奈津子が坂の上を指差すと、彼女は振り返り、
「お墓」
と答えた。
「お墓……、ねぇ、コーヒーはどう?」
 彼女は首を振る。
「あ、……あたし奈津子。同じ年の女の子を此村で見たの初めてだから、ごめん」
 彼女は首を振り、黙っていたが、
「碧」
 と言って駆けて行った。
 ―うぶ、なんだよねあれは? それとも、あいつが絡んでて話しかけてくれないのかしら?―
 奈津子が店に入ると、ドライブ中だと思われる街の装いのカップルがいちゃついていた。
 
 夜。店を閉めると奈津子は風呂に入り、足のむくみを取るように丹念にマッサージをする。風呂から上がり、それとなく携帯が目に入る。
「忘れてた、文明の利器」
 奈津子は携帯を手に取ると、自宅から着信が五件。芙由子から十件。更にメールが五件入っていた。
「連絡してなかったねぇ。でも、声聞くのもしんどい……」
―あたしは元気。疲れてるからメールにする。明日には帰るよ。じゃ、そういうことで―
 奈津子は送信を押すと、そのまま目を閉じた。
 波の音が遠くに聞こえる。ときどきどこかのトラックが走り去るが気にすることは無い。静かで、快眠できる。いい場所だここは―。
 
 朝が来た。やはり朝の早いのは辛い。店が賑わってきて煩さに目を覚まし、身支度する頃には漁師たちの一陣は帰っている。欠伸を噛み締めながら婦人会たちの相手を済ませると、純太たち最終の漁師がやってくる。
「今日も大量ね」
「そうでもなかった。少ないけど、なっちゃんにあげる」
 純太は身を乗り出して大振りの魚をカウンターに置いた。
「ありがと、純太さん」
 その響きに酔いしれている純太を、奈津子と花枝は顔をあわせて笑う。その視界に桂樹の姿が見えた。奈津子はカウンターの中に入り、花枝が用意していた桂樹の朝食の盆にコーヒーを載せた。
 カラン。桂樹が姿を見せ、それぞれと挨拶をしたあと、椅子に座る前に夏子が盆をカウンターに音を立てて置いた。
 桂樹がそれを見ると、奈津子が頷き、桂樹は盆を持っていつもの席に座った。
 奈津子は片付けられたコップを洗い始めた。
「あ、ねぇ」
 純太がカウンターに身を乗り出す。
「何で無言で渡せるの?」
「喋りたくないから。それに、花枝さんが用意して、姿が見えたら多分そうだろうなぁって。席まで持って行くのは嫌だったから、音を立てて持って行かせただけよ」
「喋りたく無かったって、」
 純太は黙って奈津子を上目遣いに見る。
「じゅん、」
 サキたちに肘を突かれ、純太は用事を思い出したようにぱっと顔を変えた。
「昨日と一昨日?」
「そ、けいとずっと居た?」
 純太は天井を指差す。
「いやね、あいつの軽トラが停まってて、ちょっと気になって」
「停まってたの? さぁ。知らない。九時ごろにはすっかり寝ちゃったし、それ以降に来たとしてもまったくね」
 奈津子はコップを濯ぎながら首をかしげた。
 そうなると軽トラはなぜにそこにあるのだと、みんなが桂樹を見る。
「今、早大根の収穫で、駐車場に車が止められないから、花枝さんに頼んで置かしてもらったんだよ」
「だって」
 奈津子はそう言って純太たちの前にコーヒーを置いた。
「あ、そう……」
「でも、何か用事だったのかしら? そんな夜に」
 純太たちは上目のまま黙ってコーヒーを飲んだ。
 奈津子と花枝は顔をあわせて首をすくめて微笑んだ。
「コーヒーがおいしい」
「そりゃ、給湯室で培った腕ですから……」
 奈津子は黙った。
 仕事に執着しているわけじゃない。結局主だった仕事はお茶汲みの様に思えて来た。楽しいわけじゃないのに、タイプ―古い―打ちや、コピーやお茶汲み。それのために戻るのはいやだった。
「でも、定期的なサラリーはやはり魅力的だしね」
 奈津子がこぼす。
「はぁ?」
「なんでもない。ただね、お茶汲みに戻るのいやだなぁって」
「じゃぁ、ここで、」
「そう言うと思った。でも、やはり定期的なサラリーは何よりの保証よ、たとえ、いつリストラされるかもしれないと思っていてもやっぱりね、月々にちゃんとしたお金が入るのと、上下が激しいのとでは、やはり安定を望んでしまうのよ。それしか知らないから、」
「でもさ、なれると、」
 純太はどうしても居させたいようで、奈津子は微笑んで口を開いたのと、
「どう言っても住めやしないさ」
 と桂樹の言葉と同じだった。
 むっとして奈津子が桂樹の方を見る。
「すぐ居なくなる奴に、仕事教えさせないほうがいい。任せた分、居なくなったら大変ですよ。花枝さん」
 桂樹はそう言うと盆をカウンターまで持ってきて、お代と一緒において出て行った。
「ちょームカツク」
 奈津子は盆を取ってカウンター内に戻ると、桂樹が使った箸を無碍にゴミ箱に捨て、盆ごと洗剤の入った水の中に突っ込んだ。
 花枝はくすくす笑ってその様子を見る。
 
 朝のラッシュは七時ごろには無くなり、それから暫くは静かな時間が流れる。
 奈津子が欠伸をするのを花枝が笑い、奈津子は首をすくめる。
「散歩でもしてきたら?」
「いえ、」
「帰りの電車の心配?」
「まぁ」
「帰るの?」
 カラン。
 誰も居なくなった店に桂樹が入って来た。奈津子はむっとしたが、
「連休だったから。それに、いくらお茶汲みでも仕事があるし……。でも、そんなにいうほど固執しなきゃいけない仕事じゃないんですけどね」
 桂樹は黙って花枝が置いたランチを食べ始めた。
「家にも連絡しなきゃいけないし、ね」
 奈津子は微笑んで花枝を見た。
「よかったらでいいけど、なぜあなたが一人旅に出たかを聞いていい?」
「なぜって、……。一人暮らしをする場所を探すため。今まで親と住んでたんですけど、姉が結婚しそうなんです。まぁ、姉たちはまだまだ先のことで、とりあえず付き合っていますって言う挨拶に来ただけなんだけど、その相手が、ね」
「……世間て狭いわね」
「片思いだし、別にこれと言った会話は無いけど、それが上司となると、家でも会社でも逢うのって、苦痛に思えてきて。でも、街にはそんな場所少ないし、そしたら南下する電車があって、ふらりと乗って、海の見事さにここに着ちゃった。てだけ」
「それでも、あたしはなっちゃんとこうしてカウンターの中に居ることが楽しいし、出来ればここに居ていいわよ。と言いたいけれど、あなたにだって都合はあるでしょうしね。いつか、またいらっしゃいな。そのときには彼しか、旦那様か、子供が居るかもしれなくても」
「花枝さん」
「そうだ、桂樹のところで取れた野菜をお土産にして、ここじゃ魚か野菜しかないから。桂樹、駅まで送ってあげてよ」
 桂樹から返事は無かった。
 花枝はそれでも、奈津子が持てそうな箱に野菜を詰め込んでいる。
 
 駅まで車で一分とかからない。そこに到着して、駅に桂樹と並ぶ。
「みんなによろしくと、」
「言わないほうがいい。言えば、いつか来ると妙に期待させる」
「解かんないじゃないそんなの」
「じゃぁ、来るというのか? 来れるのか? ふらり立ち寄ったここの名前と、この場所をお前はもう一度来れるか? こんな辺鄙な場所へ、お前、来れるか?」
 奈津子は黙った。
「遊びに来るなら来いよ。別に悪いことじゃない。でも、居座る素振りはするな」
「誰に対して居座る素振りをしちゃいけないのよ」
「みんなに」
「何でみんながあたしの動向に左右されるわけ?」
 桂樹は黙った。
 昨夜―。
 車を置いたのは駐車場が早大根でいっぱいだったのは本当だが、置けないわけじゃない。車を置きに行ったのは、純太たちが夜押しかけようと言う相談を小耳に挟んだからだ。集団で暴行するというような擦れた考えは無いだろうが、それでも夜に連中と女一人と言うのは想像しただけで不愉快だった。
「この村には女が少ないが居ないわけじゃない。あいつらがお前に浮かれるのを、この村の女はいい気分をしない」
「それは感じた」
「だから」
 奈津子は空を見た。
「でも、一番睨まれたのはあんたと無言でやり取りしたあとだったけどね。もてるのね、あなた」
 ふふふ。と桂樹を見て笑う。その不気味さに桂樹が顔を顰める。
「ま、あなたのことだからあたしが居なくなったらぼろくそ悪口でも言うんでしょうけど、そうね、もう来ないでしょうし、」
 ―イタ―杉谷が姉の恋人だと知ったとき以上のとげが胸に刺さる。いや、あれとは違うささくれ立ったとげだ。
「ああ、来るな」
「あまのじゃくよ、そう言われたら来るかも」
 奈津子と桂樹はまっすぐ前を向き、列車の枕木を睨んだまま続ける。
 電車の音が遠くからする。
 電車の前方。風が過ぎ、お互いが向き合う。
「ムカツク」
「かわいげのない女」
 扉が開くと、奈津子は箱を抱えて乗り込み、扉が閉まる瞬間に舌を出した。
 がたん。
 電車が動く。桂樹のむすっとした顔。離れるホーム。
 ―だめだ。泣きそう―
 だからと言って飛び降りることが出来ないのは、仕事があるから。そしてそれを片付けでもしなければ、ここに来ても、踏ん切りがつかないだろう。
 親にも説明しなきゃいけない。ここはすごくいい場所。でも、遠すぎる。ネックとなる村並を眺め、奈津子は家路に着いた。
 
*4 お義兄さんと上司*
「ただいまぁー」
 奈津子は玄関にどんと腰を下ろした。そして男物の革靴を見つける。
 ―来てるのか―
 家に上がると、居間では談笑に花が咲いている。
「ただいま」
「あ、お邪魔してます」
 杉谷だけが返事をした。
「何、それ?」
 芙由子が段ボール箱を見つける。
「あたしが住むと思われる候補の場所で取れた野菜」
 ―素直じゃない―
 奈津子は自分のことを心配もせず、ましてや、帰ってきても誰も相手をしなかったことにやきもちを焼き、住むかどうかさえ決めかねていたのにも関わらず、口走る。
「いい場所よ。ちょっと遠いけど」
 奈津子は洗面所に行く。
 変わりない洗面所。変わりない家の空気。床の色、天井の高さ。階段の傾斜。なのに、自分の居場所が無い気がする。
「おいしそうな大根」
「おいしかったわよ」
 桂樹の顔が浮かぶ。
 昨夜、花枝が大根の煮物を出してくれたとき、本当においしかった。花枝は、桂樹の畑で取れる野菜はおいしいのだと褒めていた。
 奈津子はむっとした顔を杉谷に向けて、慌てて笑いごまかす。
「それで、そこはどこ?」
「美津和村って、県境にある小さな漁村」
「県境の、」
「漁村?」
 親はおろか杉谷でさえあっけに取られている。
「解かってる。あそこに住めば仕事は続けられないし、この家にだってほいほいとは来れないし、きてもらうのにも、電車が日に二本しかないような辺鄙。いい場所なんだけど、それじゃぁ、今の生活にとってはよくない場所だって解かってるわよ」
 奈津子はそう言って椅子に座り、机に置かれたお菓子を口に入れる。
「美津和の漁港は有名ですよね」
 杉谷が思い出したように手を打った。
「そうそう、ふかが上がるんですよ。で、ふかひれ酒とか、有名ですよ。確か」
 確かに、村の看板にふかひれの村とか書いてあったような気がするが、ふかひれなんぞ無くてもいい場所なんだ。と言いたくて口は頑なに閉じている。言えば、今からでも戻って行きそうだった。
 仕事を片付け、もしかしたら他にいい場所が見つかるかもしれない。この近くにいい物件があれば、それに越したことは無い。
 口は貝の様に堅く、目はまっすぐに俯いていた。
 
「なっちゃん」
「帰ったの?」
 夕飯も過ぎ、こ一時間してから芙由子が奈津子の部屋に入って来た。
 芙由子は奈津子が寝転がっているベットに腰掛けた。
「どんな場所?」
「何が?」
「美津和村」
「辺鄙な、」
「いい場所だったんでしょ。案外、いい人でもいた?」
 カーッと全身が熱くなり、慌てて起き上がる。
「何を、」
「素直じゃないから」
 何も言えずに奈津子は枕を手繰り寄せ抱きかかえる。
「遠い?」
「半日がかり」
「住むの?」
「解からない」
 奈津子を抱くように芙由子が手を回す。
「寂しくなるから、行かないで。ね?」
 ずっと二人。遊ぶのも二人。学校に行くのも、寝るのも一緒。仲のいい姉妹。大人しい姉と、賑やかな妹。離れたら、寂しくはなるかな。
 芙由子が部屋を出て天井を見つめ思う。このままここに居ても別に不備は無い。時々来る杉谷にちょっと胸が痛む程度は……。
「何で、また」
 桂樹の顔が出てくる。
 杉谷のことを考えているはずなのに、思えば思うほど桂樹のあのむっとした駅での顔が思い出される。
 
「病気。ちなみにそれは恋と言います」
 桃子に話すと、きっぱりと言い切った。
「そういうのじゃないわよ。あいつが突っかかってくるから、」
「そういうのを恋の初段階と言うのよ。あたしはいいと思うわよ。遠くに行っちゃうのはどうかと思うけど、でも、そうすれば杉谷主任のことを忘れるだろうし、何より、そんなハーレム状態な場所にあんたが居れば、遊びに行けば楽しいでしょ」
「あのねぇ」
「でもいい出会いじゃない。ふらりと行った場所で知り合った男と恋に落ちる。映画としてはいい感じじゃない」
「あのねぇ」
 桃子は続けざまに燃えるような? と本人が言っているのだからそうなのだろう筋書きを立て並べる。
「街の男には無い筋肉質な体。その腕に抱かれたときからあたしはあなたが……、いいじゃない、それ」
「あのねぇ。ほんとに」
 桃子の妄想に呆れながらも、最初に桂樹に逢った時のあの逞しい腕は忘れてなかった。ホーム―と言っても子供でも飛び降りれるほどの幼稚な高さだが―そこから落ちそうになった奈津子をしっかりと引き寄せてくれた腕は、見るからに営業と事務―現在の部署―しか居たことが無い杉谷には見られない。脱いだところは知らないし、あれでも姉一人ぐらいは支えられるのだろうが、桂樹のような太さは見られない。
 奈津子はため息をついた。
 
 どうしてこうも桂樹ばかりを思うのか、桃子の言うように好きでなければ考えないのだろう。だからと言って飛んでいけるほどまだこちらの片付けは終わっていないし、行ったところで、桂樹の言葉ではないが所詮街で生まれ育った物があそこでやっていけるかどうか、不安や、恐れがある以上、今の現状に留まっておくのが懸命の様に思える。
 ―でも、海の音が無い―
 窓を開けても、波の音が聞こえないばかりか、車と、近所の騒音しか聞こえない。
 ベットに腰掛ける。畳の上で直敷の布団など、ありえないと思っていたが、今ではあれも気持ちよかったと思える。
「住宅情報誌で探そう、」
 あそこではない場所を―。奈津子は電気を消し天井を見上げる。仕事をして疲れているはずなのに、まったく眠気が襲ってこない。
 ―やな、感じ―
 
 週末。帰ってきてからと言う物、妙な神経の疲れで朝遅く目が覚めた。笑い声がして、一瞬クロッカスにいる錯覚を覚えたほどだった。
 見覚えのある部屋の内装に憂鬱にため息をつき、扉を開ける。
 うちは、週末の朝あんなに明るい家庭だっただろうか? 奈津子が耳を澄ませば、どうも―主任……―が来ている様だった。
 パジャマで出て行くのは悪いし、起きているのに挨拶が無いのも悪い。
 カーディガンだけ羽織、ぼさぼさの頭を手櫛で解いて降りて行く。
「おはよ」
 小さく言ったが、杉谷ははつらつで答えた。そして奈津子の様子を見て慌てて、
「ごめん、起こしちゃったんだね」
 と気遣った。
「いや、いいっす……。あれ? あたしの朝ごはん……」
 奈津子の言葉に返事を返す者は居ない。
「あ、そ」
 身支度を済ませ、家を出たが、声を掛けても返事は無かった。
 帰ってきて一瞬間。空を仰いだが、美津和村のあの色に劣る空の下の町は、住み慣れているとはいえ、やっぱりどんより感を感じる。
 近くの喫茶に入ったが、流れているのは最近の曲が流れる優先で、働いている女給―ウェイトレス。と言うにはあまりにも無愛想な女の子だ。大学生ぐらいだろうが、暇だから金儲けをする。と言った感じを受ける―は若いだけで退屈だった。
 コーヒーもなんだか味気ないし、何よりも、出入り口の「カラン」と鳴る鈴や、その時開け放った扉から流れてくる潮の匂いと、不機嫌そうな顔が無い。
「おいおい……、あ、どうも」
 ウェイトレスがコーヒーとサンドイッチを置こうとして思わず独り言がでた。首をすくめ黙って窓の外を見る。
 良く通る道だが、観察することは無かった。あのビルの入り口にあんなポストはあっただろうか? 昔この近所に犬を飼っていた家があって、どうしてもその犬が怖くて走って通ったっけ……。懐かしいが、それだけだ。
 サンドイッチはどこかパサつき、ぼったくられたような気がしながら金を払って店を出る。
 家に帰っても杉谷はまだ居るだろう。父といずれなる義理息子は早くも仲良しだ。
「家に帰るの、なんかヤになってきた」
 夕方、どこをほっついていたのか解からないが、古本屋や、古着屋、どっかで食事をして帰ってきてはじめて親は奈津子が出て行ってたことを知ったようだ。
「言ったけど、誰も返事しなかったじゃない」
「そう?」
 母は気にしていない。父も、別に気にしていない。芙由子だけが、階段を上がる奈津子を気にして視線を送っている。
 ―こりゃ、早いとこでなきゃ、被害妄想もいいところだわ―
「なっちゃん」
 芙由子が顔を出す。
「杉谷さんが気にしてたわよ、追い出したんじゃないかって、」
 ―当たらずとも遠からず―「別に、そんなわけ無いじゃん」
「そう? ……、あ、今日杉谷さんがね、なっちゃんも好きだって言ったらかぼちゃのプリンを買ってきたの、」
「明和堂の?」
「そう」
「おいしいよね、あそこの」
 芙由子が微笑む。
 杉谷は、芙由子が好きだから買ってきたのだ。奈津子の好みを知ったところでわざわざ買ってなどくれる物か。
「優しいね、ほんと」
 芙由子の誇らしい頷きと微笑に胸がささくれ立つ。
 
「でちゃいなよ」
 桃子は同じことしか言わなくなった。
 最初こそそんな気など無かったくせに、週末ほとんど入り浸られては奈津子も出ようかと心が動く。
 でも簡単にここを離れられないのも事実ある。
 新人教育は桃子が担当になったのでその分の責任からは逃れられたが、その代わり、桃子が手の空かなくなってその分が回って来た。
 キーボードを無言で打ち込む。以前なら目の保養にと杉谷へと目を動かしていたが、今は見ていてもなんとも感じない。
「どう?」
 誰かの声に顔を上げる。
「この前行ったグアムの写真。すごく綺麗だからパネルにしたの、いいショットでしょ」
 海の絵は奈津子に焦燥感を植え付けた。―行かなきゃ―行ってどうするという葛藤が目眩の様に襲う。
「病気ね」
 桃子はそう言ってコーラーを口に含んだ。
「だと、思う」
「もうすっかり杉谷主任のことは無いんだ」
「無いわけじゃない。でも、見てても、声を聞いても、前ほどどきどきしないし、ああ、あれはおねえちゃんの。と思えば前は無理していたような我慢がさらりとできる。諦め? それとも、村に行きたいからなのかさっぱり」
「もう一度行ってみたら?」
「村に?」
「そう、で、行ってみて今と同じなのか、逆に二度目だから冷静に見れるんじゃない? やっぱりここがいいとか。あまりに新鮮すぎてよかっただけかもしれないじゃない」
「……そうね」
 
 奈津子は杉谷の机の前に立った。
「金曜から、有給?」
「ハイ。忙しいの解かってるんですけど、今のまま仕事が出来なくて、」
「……、まぁ、金曜だから、何とか、……」
 杉谷の何か言いたげな目。「僕が、お邪魔するの、気に入らないのかい?」と言い出しそうな顔だ。
「別に主任が悪いわけじゃないんです。家を出る場所の再確認にどうしても金曜からじゃないと、無理して出るのも変だって思うけど、主任を一日でも早くお兄ちゃんと呼ぶにはなんとも早いので」
 奈津子は小声で言って舌を出した。
 杉谷はそれ以上の詮索はせずに奈津子に金曜からの有給をくれた。
 ―主任からお兄さん。か……言えるもんだね、お兄さんて……―
 奈津子はトイレの個室で体を抱きしめ壁にもたれる。小さなことだが、とってもイタイ。でも、涙は出なかった。
 
*5 クロッカス*
 半日掛けて美津和村に到着した。村の名前を思い出すのに数分かかるくせに、電車に乗って、目の前に広がる海を見るとすっかり思い出した。
 無人の駅を出て、目の前に広がる海。
「お……」
 奈津子が声の方を見れば、桂樹がタオルを首にかけ、トラックに空箱を乗せている所だった。
「何しに、」
「確認よ。確認。それよりあんた何やってんの?」
 桂樹は奈津子の声に横を見た。
 駅の壁に沿うように造られた花壇に花の苗が植わっている。
「あれ、あんたが栽培したの?」
「高森さんに頼まれたのさ……」
 桂樹がそのあと続きそうな言葉を切った。
「なっちゃん」
 視線を送れば高森が立っていた。作業用のズボンは土で汚れ、肩にかけたタオルで汗を拭っている。
「戻ってきたんだね?」
「確認しにきたんです。で、これ高森さんのアイデア?」
「ああ、なっちゃんが帰ってくると信じて明るくしようと思ってね。ダリアなんだ。花の種の袋、あの写真を見た瞬間、なっちゃんだ。と思ってね。桂樹に言って苗にしてもらったんだよ」
「ダリア、あたしが? またすごい買いかぶり」
ダリア
 奈津子はそう言いながら花壇の側にしゃがみこみ、まだ若い青い葉を指で触った。
「この花は? そろそろ咲きそうだけど」
 隣の花壇に植えられている花を指差す。
 桂樹が振り返ると高森はすでに遠くにスコップを洗いに行く最中だった。
「ねぇ?」
「あ?」
「この花、」
「イカリソウ。女のくせに花の名前もしらねぇのかよ」
イカリソウ
「偏見よそれ。男が皆がみんな車だの、バイクだの、飛行機だのに精通していないのと一緒で、女だからってみんなが皆花を知っているわけじゃないわ」
「その割りに、花束が欲しいとほざくじゃねぇか」
「あたしは要らない。花束なんてぜんぜんお腹張らないもの」
「色気より食い気か」
「ええ、百本のバラの花を買うお金があるなら、どうぞ豪華な食事がしたいわね」
 奈津子はそう言ってイカリソウのふっくらとしてきている蕾を触った。
「そうそう、花言葉は?」
「しらねぇよ、そんなの」
「あるんだよね?」
「しらねぇ」
 奈津子は立ち上がり、さて。と気合を入れる。
「確認て何の確認だ?」
「内緒」
 奈津子はそう言ってクロッカスに向けて歩き出した。
 海風が冷たく、今日は海の色が悪い。
 カラン。
 この音。と思いながら扉を潜れば、
「いら……、なっちゃん」
 花枝の明るい声が店中に広がった。
「帰ってきたの?」
「遊びに着ただけです。でも、ここに居る二日はまたお手伝いさせてもらいます。無賃停泊する予定ですから」
「あぁ、そう。また帰るの……。でも嬉しいわ。さ、座ってコーヒー入れるから」
 上中下も、純太も居て、店が急に活気付いたようだった。
 いや、奈津子は居なくなっている間のことを知らないので、花枝がそう笑っているのを少しくすぐったく受け止めるだけなのだが。
 閑散時に花枝は村の中心部にある商店街へと出かけた。奈津子は一人でカウンターの中に座りそこから店を、そして大きな窓から抜けて見える海と空を眺めていた。
 暇だし、時間をもてあましているのは大嫌いなほうだったが、目にしみるほどの海の青さを見続けることは苦痛じゃなかった―とはいえ、今日は色が悪いのだが―それでも、すっと胸が透過されていくのがよかった。
 目の前を白の軽トラが横切り、店の東側―駐車場は東側に大きくある―の私用駐車場となっているような場所に停まり、裏口―通用口―から桂樹が入って来た。
「花枝さんは?」
「買い物」
「お前一人?」
「あたしのコーヒーじゃ不満?」
「いや」
 桂樹は黙って定位置に座る。窓際の一番隅、一人掛けのテーブル。二人掛けなのだろうが、向かいに椅子が無い。いつもそこに座り、誰もそこには座らない。
「はい」
 奈津子はカウンターにコーヒーを置いて再び椅子に座った。
 桂樹はむっとしながらコーヒーを取りに来て、定位置に座った。
 視界をさえぎるように数台車が行過ぎたが、あまり気にならない。時間だけがゆっくりと流れ、花枝が遅くなったわね。と帰ってきたのは、花枝が出て行ってから五時間後だった。
 そしてすぐに閉店作業に入る。
 閉店間近の多分他所では混雑時の五時から六時はここでは桂樹ぐらいしか客は来ない。それも花枝が用意するので、奈津子はコーヒーだけを盆に乗せればいいのだ。
 シャッターを下ろし、窓にブラインドを下げ、桂樹が食べ終わり通用口から出るまで、奈津子はカウンター内で明日のハヤシライスの下ごしらえをする花枝を手伝う。
 桂樹が帰るのは七時を少し過ぎる頃。花枝も隣の平屋に行き、それからが奈津子の一人の時間になる。
 今までならば、テレビを見て、面白いテレビがなければベットに寝転び雑誌を見ながら音楽を聴いたり、携帯メールや、電話で話しをする。が定番だったが、ここでは一切無い。
 今まで見ていたテレビもあるが、ここで見るようなことはない。
 ここでは、風呂上りの洗いざらしの髪のまま窓を明け夜風に吹かれる。五分ほど冷ましてから頭を乾かし布団に入るだけだ。
 九時。それが早すぎる時間だと解かっていてもその時間になると眠気が襲ってくる。あれだけ家で眠れなかったのに、ここは安心できる。
 
 翌朝。
 一陣めの漁師たちの前に初めてと言っていいほど奈津子が顔を出した。早起きしたからなのか不機嫌で座っているので誰も話しかけない。
「眠い?」
 花枝の優しい声に、繁盛記を過ぎ、朝も七時になっていたことに気付く。
「いや、……、皆帰ったんですね。すみません、ボーっとしてて」
「何があったの?」
「何も、いや、なんかね夢なんだと思うんですけど、でも、なんかね、変な疑似体験と言うか」
 奈津子の言葉に花枝が首を傾げる。
「私に逢いたいって人が居たんですよ。あなたに会いたいから来てくれって。で、そこの坂を上るんですけど、行ったこと無いでしょ? だからまったくどこへ行くのか、ただただ坂を上っていくような、でも、会いたいと言われて行かなきゃって、そしたら夢の中で筋肉痛で」
 奈津子は笑って太ももを叩く。
 花枝は暫く奈津子を見たあと、冷蔵庫から冷やしておいたらしいケーキを取り出した。
「帰ってきたら、食べましょうね。これを、坂の上にある赤い布のかかったお墓に持って行ってくれる?」
 墓に赤い布? 水子の墓だろうか? と言うか、
「誰のお墓か解からないのに、私が行っていいんですか?」
「足が悪い私の代わり」
 花枝はそう言って微笑みかけ、決まっているのだろう奥に片付けていたお皿にケーキを一切れ乗せて奈津子に手渡した。
 通用口から出てすぐの花枝の家の前のとおり、坂を上がる。舗装されていないのは、使う人がこの辺りの人間だけだからだろう。
 坂を上ると、更に上がる道と、墓地が広がっていた。墓地は海を臨み、クロッカスを見守るような感じに南に向いていた。
「赤い布、赤いぬ……の」
 桂樹が赤い布のかかった墓の前で手を合わせている。線香の煙がもうもうとしているので先ほど来たのだと解かる。
 砂利玉の音に桂樹が振り返る。
「なんだ、お前」
「何? 線香と、水は用意しててもお供え物ないじゃない。ちゃんとお供え物しなきゃ」
 奈津子は墓にケーキを置く。
「それ、」
「花枝さんの。足が痛いからって代行よ」
 奈津子は桂樹の側に座り手を合わせる。
「ご先祖様?」
「あと、両親と、」
「……と?」
「妹」
 奈津子は、ごめん。とつぶやき手を合わせた。
「ケーキ好きだったのね?」
「年頃だからだろ」
 坂を一緒に下りる。
「病気? いや、ごめん」
「……自殺」
「ごめん」
 奈津子はクロッカスに、桂樹はそのまま海のほうへと向かった。
「ありがとう」
 花枝がそう言って笑顔を向けたが、奈津子の顔は今にも泣きそうな顔だった。
「なっちゃん……」
「妹さん……」
「桂樹に会ったの?」
 奈津子が頷く。
「不幸な事故よ」
「自殺だって、……、人の傷を知るのってよくないね、もう聞かない。あいつにだって暗い過去が合ったってだけでちょっと、動揺してる」
「付き合い方を変えるの?」 
「そんなことしたら余計に傷付けるだけよ。そうね、更に陰湿になるのなら別かも」
 奈津子はふざけてそう言って、奥の間で一休みすると上がって行った。
 一階奥にある四畳ほどの畳の間に寝転ぶ。宴会しても大丈夫なようにテーブルが立てかけてある―でも、四畳ほどの宴会場所って?―。横臥して蹲る。
 花枝はわざとあの墓に行くように言った。それはあの墓が桂樹の親族の墓だったから。それがどういう意味か深く考えないで置こう。でも、解かるのは、あの墓の人が自分を呼んでいたのだと解かった。空気と言うか気配と言うか。自分にそんな霊的思想があるわけではないが、呼ばれたのは事実で、呼んだ彼らは自分をどう見たのだろう。
 
 ヒヤッとして目を覚ますと、茜色の中に桂樹がむすっとしゃがんでいた。
「お前、何してんだ?」
「あれ?」
 時計は五時を回ろうとしている。茜色なのは夕暮れなのだ。
「寝てた?」
「そうなんだろ?」
「疲れかな?」
「坂、上ったぐらいでか?」
 奈津子は天井を見上げる。
 暫くして桂樹は出て行った。
 奈津子も立ち上がるとふいにふっと何かが解けた感じがした。背中を何かが抜けたような、身が軽くなったような、
「昼寝すると健康にいいって言うしね」
 奈津子はそう言って店に出た。
 
 日曜日の朝。
 日曜日でも漁に出る人はいる。その人のために店は開く。でも平日よりは人は少なくて、普段は静かな午後のほうが賑わう。
 奈津子は荷物をすでに駅に運び、駅の花壇の側で土をいじっていた。
「何やってんだ?」
 振り返れば桂樹が立って陰が出来ていた。
「植え替えの手伝い。店は午後忙しいって言うし、今暇だから。それに、電車を待つにもここは便利がいいから」
 奈津子はそう言って土を触る。
「確認は済んだか?」
「……、どうかな。解からなくなった。といったほうが正解ね」
「何を戸惑ってる?」
「いろいろ」
「街のほうがいいじゃないか。何でもあるし、便利がいい。ここは不便なだけで皆出て行く」
「そうね、不便は不幸に通ずる気もする。でも街に無い魅力は相当数ある。街なんて物が本当にいい場所なのかどうか、あたしには解からない。生まれて住んでいたけど、その価値観が変わる瞬間は誰にでもあると思う。それが私の場合今だったのかもしれないだけ。それを逃したところで私に不利に働くとも思えない。何を基準に幸せだとか不幸だとか決めるのかさえ解からなくなってる。一生の決断ではないのだからと思っても、そんな曖昧でここに住むことを私自身が許さない。だから、解からなくなったのよ。どうしたいのか」
 土をいじると心が癒され、本心が見えると言われる。言ったことを自分で理解しているかといえばまったく理解していないかもしれない。とにかくどこが自分の居場所かといわれると、便利な街を捨てる勇気も無ければ、辺鄙な場所に骨を埋める勇気もない自分が腹立たしいだけなのだ。
 どちらかしかなかった。他の場所を選ぶという選択肢はとうに無くなり、この村か、実家かしかなくなっていたのだ。
「あと少し決定打となる何かがあれば、違うんだろうけどね」
 奈津子は立ち上がる。
 頭一つちょっと高い桂樹が黙って奈津子を見つめる。
「さ、とにかく帰るわ。じゃ」
 近くの水道で手を洗い、荷物を持って駅に入る。
 桂樹は首から下げているタオルで顔をなでた。
 妙な胸騒ぎがする。止めに行かなくても、いい。そんなざわざわの中電車は通り過ぎて行った。駅に奈津子が残っている気配は無い。
「勘が鈍った」
 桂樹はつぶやきクロッカスに向かった。
 
*6 決定打*
 家に帰ると夕飯を皆が食べていた。
「あら、食べてくると思ってた」
 と母に言われ、インスタントラーメンを片手鍋で煮る。
「食べるんなら連絡してよ、」
「うん……」
 台所の、調理代の椅子を引き出し、薄暗いそこでさっさと済ませようとする。
「あ、こっちで食べたら?」
 杉谷がそう言ってきたが、奈津子は、お構いなくと手を振る。
「実は、ちょっと話しがあって、」
 杉谷が改まって正座する。
 インスタントラーメンを咀嚼しながらその様子を黙ってみる。
「これはふゆちゃん―姉を杉谷はそう呼ぶ―には話してないし、僕の一人の考えなんですが、結婚したならここで暮らしたいんです。僕の家はマンションで同居すると言うことは無理です。かといってこの後時世、他に家を借りるにしろ、買うにしろどうしても郊外になる。会社に遠くなるのはデメリットです。ここならば近いし、ある程度の資金が出来れば、家を購入し、いや借りるかな……、車を買い、郊外でも住めるようにします。それまでここに住まわせていただきたいんです。もちろん、奈津子さんも一緒ですよ。いや、奈津子さんが出るからこの計画を思い出したわけじゃなく、だって、お父さんは奈津子さんが出て行くのを寂しがってますから、」
 一堂が呆気に取られた。この男はどこまで考えているのか定かではないが、誰もが言葉を呑む中、
「それって、プロポーズじゃないの? まだ結婚は先よ。とか言ってたのに、そんな具体的なこと、しかも親の前でいっちゃぁ、結婚するしかないんじゃない?」
 奈津子はそう言って麺をすする。
 両親はその考えに賛成で、奈津子も皆一緒に住むんだ。と言う理想郷のような目をしているが、奈津子の心は決まった。
 ―出る―
 一緒に住むだと? そんな拷問誰が用意した? ふすま一枚で新婚夫婦の会話をいやでも盗み聞きすることと、海の側の寂しい場所なら安静を取っても海の側だ。
「あたし、場所決めてきたのよ。実は。言い出しにくかったけど、爆弾発言のついでに。この前言ってた村の喫茶店で住み込みで働くの。気に入られて、本当は今日だって帰れそうになったんだけどね。よかったじゃない。あたしの部屋も使えば広々と使える」
 杉谷は自分が言ったばかりに奈津子を追い出したと負い目を感じているのだろう、慌てて、今すぐではない。などと言っていたが、奈津子はすでにそう言う方向で話しは動いていて、こちらの仕事が片付き次第行く予定だということを告げた。
 寂しがっていたのは、父よりも母よりも芙由子だった。
 
 奈津子は明かりを消して窓辺に座り、―思わぬ決定打だ―と思いながら月を見上げた。
 おぼろげに雲がさして虹の輪が見える。
「こんなことなら、帰ってこなくてもよかったかしら?」
 膝を抱えた瞬間のほんの一瞬波の音と、あの墓場が色鮮明に見えた。
 体を起こせば時間は一秒と過ぎていない。
「来い? 来るな?」
 どちらにせよ、あの幻想に悪寒は感じなかった。
「あたしはいつから霊感に頼る女になったのだろう? 三十を超えるとなんにでもすがるのね、きっと」
 奈津子はため息をついて布団にもぐった。
 明日からは辞める為に仕事をする。早く片付けて、家を出よう。決心が鈍らないうちに。
 
 最後の就業日になって初めて退職を明かし、送別会をしなくていいから、金をくれと笑わせ、最後に桃子と近くの居酒屋に入った。
「寂しくなるが、一生逢えない訳じゃないから」
「遊びにおいでよ。と言って気軽な場所じゃないけど、泊めてあげるし」
「その、くそ腹立つ農夫さんも見てみたいしね」
「逢いに来る価値無いって」
「出し惜しみかな?」
「違うわよ。本当に適当な顔をしてるから」
「まぁ、主任がカッコイイと言う点で、見る目がないものと知ってるよ」
 笑ってチュウハイを飲み干し、妙にしんみりとして別れた。
 
 引越しの日は大騒動だった。業者に頼んだおかげで荷造りなどなどは簡単だったが、父親が思いのほか手こずるような駄々をこね、母親を困らせているのを横目に、奈津子は杉谷が用意したレンタルカーに乗り込む。
 芙由子も母親も一緒に行くと言ったが、荷物が多いと断り、美津和村へと向けて出発したのだった。
「お姉ちゃんをよろしく。ついでにお父さんとお母さんも」
「無理して出て行くことは、本当に無いんだよ」
「いいの。好きだった人をお兄さんと呼ぶのは苦痛だし、あ、今はそんなこと思わないわよ。でも、新婚生活の邪魔はしたくないしね。それに、本当にいい場所なのよ、そこ」
 杉谷は意外な告白に戸惑ったが、奈津子が黙って窓の外を見るのを邪魔しないように黙った。
 
「ただいまー。これからよろしくお願いします」
 奈津子がクロッカスの扉を開け、大声を出すと、花枝の笑顔と、純太たちの奇声と、拍手が沸きあがった。
 ―なんか、絶対幸せになれそうな予感がする―
 奈津子は坂の方を見る。
 ―ここに居ると、霊感が強くなるのかしら? ここが喰いっぱぐれたら、占い師にでもなるか―
 奈津子の荷物を業者よりも純太たちが慌しく片付けていく。
 海風が白い軽トラを連れて来た。
「一週間」
「一生よ、偏屈」
 桂樹と奈津子はお互い顔をそむけあって離れた。
 これからここで何があるのか予測は出来ない。あの無意味な時間を退屈と感じ出て行くかもしれないが、今はそれすら楽しみに思えてしょうがない。
 奈津子は久々に新しいものを取り入れる子供のようなわくわく感を感じていたのだった。
 
   
 
 
 
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